小説「15歳の傷痕」−4
- 元気なブロークンハート -
1
入学式の翌日、午後から1年生全員が体育館に再び集められて、部活動説明会が開催された。
俺は吹奏楽部1択だったから、他の部活の説明は殆ど聞いてなかったが、体育系は激しそうで、俺には1日とて耐えられないだろうなぁと思った。
吹奏楽部の説明をしに登壇されたのは、3年生の先輩だった。
若本と名乗ったその先輩は、絵に描いたように真面目そうな先輩で、楽器はトロンボーンを担当しているとのこと。
俺は早く吹奏楽部に参加したくて、ウズウズしていた。
その日の終礼が終わると、村山と待ち合わせて急いで音楽室へ向かった。
なぜこんなに慌てているのかというと、一つはこの高校はベビーブームに対応して新設された高校で、吹奏楽部の楽器も新しい楽器が多く、中でも顧問の先生はサックス専門とのことで、各サックスは一流メーカーのものを揃えている…と、中学の竹吉先生に聞いていたからだ。
もう一つは今更言うまでもなく、神戸千賀子よりも早く入部する、これが目的だった。
だから何なんだ?と言われると、大した意味もないのだが、初めて会う先輩方に、意気込みをアピールしたいというのもあった。
「失礼します!1年生の上井です!バリサク吹かせて下さい!」
俺は音楽室に乗り込むや、すぐに顧問の先生や先輩方が居並ぶ前で、猛烈にアピールした。
先生や先輩方はみんな、まさかこんなに早く新入部員が来るとは…というような驚きの表情をしていたが、さっき体育館で見た部長さんとは違う先輩が、
「ありがとう、君が1年生第1号だよ。体験期間中だけど、もう正式入部でいいの?」
「はい、もちろんです!バリサクを吹きたくて、入部したいと思った経験者です!よろしくお願いします!」
「では、ようこそ!早速、入部届書いてくれるかな?」
と言ってくれた。
どうやらさっきの先輩は3年生になったため引退され、4月から部長が2年生に引き継がれるとのことだ。
4月で引退?
と思ったが、それは3年生次第で、大学受験の勉強に専念したい者は引退してもよし、まだまだ楽器をやりたいと思えば、夏のコンクールまで居座れる、そういうシステムのようだ。
但し部長とかの幹部は、2年生になった段階で引き継がれていくということらしい。
俺に声を掛けてくれた先輩は、2年生でチューバ担当の須藤先輩だ。昨日、入学式の演奏を行った後、役員改選を行い、部長になられたとのことだ。いわば今日の部活動説明会が、3年生の若本先輩の、部長としての最後の仕事になっていたのだった。
俺は早速須藤先輩から紹介され、サックスの先輩に挨拶出来た。
パートリーダーは2年生のアルトの沖村先輩、他にテナーの前田先輩がいて、どちらも女子の先輩。仮引退の3年生に男子の村田先輩という方がいるとのことだ。
「よろしくお願いします!上井純一と言います!」
「よろしくね。バリサクが第一希望って聞いたけど、なかなかそんな子おらんから、助かるわ。ところでねえ上井君、芸能人の見栄晴に似てるって言われたこと、ない?」
早速沖村先輩に指摘された。
「先輩、なんでそんなに早く見抜かれるんですか!そうです、中学3年間、あだ名はミエハルでした」
「やっぱり!じゃあ高校でもミエハルって呼んでいいかな?」
「はい、むしろ嬉しいです♪」
「ノリがいいね、ミエハル君!バリサクで正式決定しちゃうよ。いい?」
「是非!お願いします」
あっという間に、高校でもバリトンサックスを吹けることになった。元々バリトンサックスを吹きたがる人間は、そうはいない。だから他の楽器はともかく、バリサクは競合者もいないだろう。
ところで村山はどうなったのか心配だったが、体が大きいだけあって、チューバやトロンボーンの先輩が勧誘している。だが本人は音楽室に向かう途中、
「俺、トランペットに憧れてんねん」
と言っていたので、まずは本人の希望を尊重してか、トランペットを体験しているようだ。
トランペットのリーダーの先輩を見ると、思わず1年生?と思ってしまうような小柄で可愛い女子の先輩だった。
村山と比較すると、体型だけは学年が逆のようだ。
一応神戸千賀子が来ているかも確認してみたが、やはりクラリネット希望で来ていた。
俺は気付かれないように、クラリネットの先輩から説明を受けている神戸千賀子をしばらくバリトンサックスの準備をしながら、遠くから眺めていた。
お母さんの言葉が思い出される。
『悪いことしたって思ってるのよ、あの子…』
たった1年前には神戸千賀子と同じクラスになった!と言って喜び、クラスでも吹奏楽部でも屈託なく会話していたのに、1年経つとこんなに相手を憎むようになってしまうのか。
「ミエハル~、早速じゃけど音出してみて」
不思議な感傷に浸っていたら、沖村先輩に呼ばれて現実に戻った。
「あっ、はい。スイマセン、ボーッとしてました」
「えー、もうボーッとしよったん?アンタ、大物になるわ」
沖村先輩はケラケラと笑った。
さてと、中学校の吹奏楽部を引退してから久しぶりに吹くバリトンサックス。
11月に引退したから・・・5ヶ月ぶりか!大丈夫かなと心配しつつ、思い切り腹式呼吸で息を吸い込み、低いドを吹く。おっ、無事に出た!
「おーっ、いきなり低いドで来たね!バリサク吹くの、いつ以来?」
「中学で引退して以来なので、5ヶ月ぶりだな~って、自分でも思ってたところです」
「そのブランクで低いドが一発で出るんなら、すぐ4月の演奏会にも出れるじゃろ?」
「4月に演奏会があるんですか?」
「そう。近くの商店街の春祭りに、毎年呼ばれとるんよ。1年生は初心者だと、その時期はまだ基礎練段階で、曲を吹けるレベルじゃなくて、出ずに見学ってパターンが多いんじゃけど、ミエハルなら即戦力よ。いや~バリサクが空いたところへ、丁度いいタイミングでルーキーが来たね」
「そ、そうですか?ありがとうございます」
「で、その依頼演奏で吹くのはこの8曲なんよ。もう他の部活に逃げたりせんじゃろ?早速本番まで日もないし、すぐ曲練してね」
はっ、8曲!?
俺が今まで経験してきた一回の演奏会での最多演奏曲数は、中3の文化祭での6曲だ。
それも秋の体育祭以降、必死に練習してやっと仕上げたレベルだ。
それが、今日は4月9日だから、精々で20日ほどで8曲を仕上げないといけない!
俺はこの瞬間だけ、吹奏楽部はやめとけばよかったと思ったが、しばらくすると逆に燃えてきた。
(やってやるよ!神戸千賀子に負けてられるか!)
動機は不純だが、俺は新たな環境で、新たな決意を胸に秘めた。
2
高校の吹奏楽部初日の練習が終わったのは、6時半だった。
中学でも一番長くて6時までだったので、流石高校は違うと思った。
中学までと違うのはもう一つ、部活終わりにミーティングをやることだった。
各パートからの報告、部長からのお知らせ、先生からの伝達事項などを、毎日話し合うのだ。
須藤先輩が眼鏡の位置を調整しながら、教壇に立った。
「えーっと、皆さん、お疲れさまでした。今日から新一年生の体験入部期間と言うことで、2年生の皆さんも大変かと思いますが、なるべく多くの1年生に入ってもらえるよう、頑張りましょう。そして今日早速体験をすっ飛ばして、正式入部してくれた1年生も5人います。1年生の紹介は、体験入部期間が終わった後、改めて行いたいと思いますが・・・。早速今日、一番に駆け付けてくれた1年生の上井君に、感想を聞いてみたいと思います。上井君、1日過ごしてみてどうでしたか?」
えっ、いきなり喋ろって?ちょっと、急に指名されても…ええい!
「はい、今日から正式入部させて頂いた上井と申します。パートはサックスで、バリトンサックスを吹かせて頂きます。えっと感想は…。5ヶ月ぶりに吹いて、音が無事に出てホッとしています。あと先輩方に早速ミエハルと呼ばれ、感無量でした。以上です」
周りからはちょっとした笑いと拍手が起きた。とりあえず、ホッとした。アチコチで先輩方が、ミエハル?おぉ、似とるかも…と話しているのが聞こえた。
「お前、やっぱ喋る才能あるわ。アドリブだろ?俺、お前みたいには、よう喋らんわ」
横に座っていた村山が話し掛けてきた。
「いやいや、ド緊張だってば。あれ以上は何も出てこないよ。ところで村山も正式入部にしたんじゃろ?」
「そりゃあ、竹吉先生やお前にも宣言しとるしな。希望通りトランペットになれるかどうかは分からんけど、どんな楽器でも挑戦してみるって」
「じゃあ俺と村山の2人が確定で、あと3人の正式入部者は誰かな?」
「お前には辛いかもしれんけど、まあ神戸は正式だろうな。残り2人は、他の中学からの1年生じゃないんか?パッと見、そう思うけどな」
そんな2人の会話を、離れた所から神戸千賀子が見ていた。
(アタシ、いつミエハルくんと話せるようになるのかな…。一杯お話ししたいことがあるのにな…。でもきっとまだ、アタシのことは避け続けるよね)
ミーティングも終わり、下校の時間となったが、俺と村山は須藤先輩に呼び止められた。
「ねえねえ上井君と村山君、早速正式入部してくれた2人にお願いがあるんじゃけど」
「え?いきなりなんですか?先輩」
「まだ今日が体験入部の初日だけど、やっぱり男子が少ないんよね。そこで、まだお2人も入学したばかりで人間関係とかもよく分かんないかもしれないけど、是非楽器に興味を持ってそうな男子とか、捕まえて来てほしいんだ」
「なるほど、そういう話ですか。うーん、難しいけど頑張ってみます。では失礼します」
俺がほぼ1人で喋っていた。
「誰かアテはあるんか?」
帰りながら村山に聞かれたが、アテはない。
「まあ、社交辞令みたいなもんだよ。とりあえず、クラスで喋れるようになった俺の前と後ろの席の男子に声掛けてみるけど、多分無理じゃろ」
と、2人で宮島口駅を目指して帰っていたが、朝の登校と違って帰りの下校は下り坂なので助かる。
電車に乗って自宅に帰ったら、夜7時半だった。
「お帰り~。なんでこんなに遅くなったの?」
「今日から部活が始まったから。吹奏楽部に、また入ったよ」
「そうなの。じゃあ毎日こんな遅くなるんだね」
「そうだね。今日は初めてだから分からなかったけど、こんなもんだと思っててよ」
「そうなのね。他に一緒の友達とか、いないの?同じ中学だった友達とか」
「あ、村山が一緒に吹奏楽部に入ったよ。それと、まあ、女子の神戸って子」
「そうなんだね。お母さんね、入学式のあと、教室で神戸さんのお母さんから、中学時代はウチの娘が息子さんに大変な迷惑をお掛けして…って挨拶されたんだけど、何かあったの?」
「なーんにもないよ!中学の吹奏楽部で部長しとったから、その…社交辞令みたいなもんじゃない?」
俺は神戸家と違って、殆ど学校で起きたことは家では喋っていないから、俺が神戸千賀子と付き合い、フラれたことは、母親は全く知らない。
「とりあえず疲れたから、先に食べたい。ごはん、ある?」
「アンタがこんなに遅くなるなんて思わなかったから、もう冷めちゃってるけど、作ってあるよ」
「お、唐揚げだ。ありがとう」
貪るようにして夕飯を食べ、風呂に入ったら、もう何もする気力が無かった。
高校生活ってこんなにハードなのかぁ…。
3
翌朝も、高校の吹奏楽部は中学よりも朝練をしっかりやると聞いたので、朝練に出るために家を6時半に出た。
流石に眠かったが、宮島口で下車して高校方面へ歩き始めると、目が覚めた。
神戸千賀子がいた。
幸い車両は別だったからか、気付かれていない。俺は迷った挙句、宮島口駅の待合所で5~6分ほど時間を潰して、神戸と時間が被らないようにしてから、高校へ向かった。
村山はまだ楽器が正式に決まっていないからと言って、朝練は出ようにも出れないと言っていたので、今朝は一緒ではない。そのまま登校していたら完全に神戸と2人きりの状態が発生しただろう。
となると、何も喋らないわけにはいかない。
そんなのは避けなくてはいけない。
俺自身、神戸千賀子のお母さんにまで謝られて、そんな変な意地を何時まで張ってるんだ?と思わないこともなかったが、まだ神戸千賀子と話したくないし、話せる自信もなかった。
高校へは、ややゆっくりしたスピードで向かったので、神戸と一緒になることは無かった。
既に先輩達が来て練習していたので、朝の挨拶をして、バリサクを吹いていた。
その後須藤先輩がやってきて、昨日の件頼むよ~と言われたが、期待せずに待っててくださいとしか返せなかった。
とはいえ何もしないのも先輩に失礼だ。
朝練を終えてクラスに戻ってから、俺は前の席と後ろの席にいる男子に声を掛けてみた。
まず前にいる男子、伊東克之に声を掛けたら、
「実は俺、サックスに興味あるんよ。カッコええじゃん。そんな動機でもええんかの?」
と、思わぬ好感触だったので、動機なんてなんでもええんよ、とにかく一度音楽室に行ってみようよと誘ってみた。
そして後ろの席の、大村浩二にも声を掛けた。例によって左からではなく、右側から後ろを向いてだが。
「吹奏楽部かぁ。俺、何部に入ろうか迷ってはいたんだよね。中学の時陸上やっててさ、でも3年の大会で、陸上を高校でも続けるのには致命的な怪我しちゃって、運動系の部活は無理だと思ってたんよ。でも楽器吹くとかなら、陸上で鍛えた肺活量が生かせそうだね。吹奏楽部って、ジャズとかもやるん?」
「じゃ、ジャズは分からんけど、とりあえず何でも可能性はあると思うよ」
「俺、トランペット吹いてみたいって気持ちはあるんよね。一度見学してみよっかなぁ」
と、こちらも思わぬ好感触。
その日の放課後、共に音楽室に行くことにしたのだが、これが新たな事件の火種になるのだった。
(次回へ続く)