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小説「15歳の傷痕」76〜歯車

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― リフレインが叫んでるⅢ ―

広電の原爆ドーム前電停で、反対側にいたのは、大村と神戸だった。大村が叫んだ。

「上井ーっ!彼女が出来たの?」

ん?俺に彼女が出来た事を、神戸は大村に伝えていなかったのか?

「そうだよーっ!」

俺も叫び返した。

「可愛い彼女じゃね!やっと上井に彼女が出来て、俺も嬉しいよーっ!」

「ありがとーっ!」

そこへ広電の広島駅前行きが来たので、大村と神戸はその電車に乗ったようだが、大混雑していたので、車内のどの辺りにいるのかは反対側からは分からなかった。

やがて反対側の電車は発車し、次の紙屋町へ向かった。

「いや、びっくりしたな〜」

「先輩、今のは誰ですか?」

「あ、今のは同期で、吹奏楽部で副部長だった大村って男子と、その彼女さん」

俺は昨日、神戸と話したばかりで、今日は大村は予備校の模試だと聞いていた。だから大村の顔を見た時はビックリした。

「だから!なーんか何処かで見たようなお2人だなと思ったんです。今やウチの高校で一番名物のお2人ですよね!」

だが大村が俺に声を掛けた時の神戸の顔が、とても複雑な表情をしていたのに、俺は気付いていた。

俺は女性については、深く言わなかった。ましてや中3の時の元カノで、酷いフラレ方をした相手だなんて言ったら、裕子も瞬間沸騰する時があるので、どんな行動に出るやら分からない。

もしかしたら模試が終わる時間に待ち合わせて、ミニデートでもしていたのだろうか。

「そうだよね、吹奏楽部以外の人にも、先生方にも知られてるらしいし」

「凄い知名度ですね…。アタシと先輩は、そこまで有名になりたくないな。先輩はどうですか?」

「そりゃ、周りの人には少しずつ知ってほしいけど、学校中に知られるのは嫌だよね。ましてや俺と裕子は、生徒会役員だから」

「そ、そうでした!アタシ、先輩と付き合えたのが嬉しくて、生徒会役員だってこと、忘れてました!体育祭で仕事あるんでしたよね、アハッ」

「ハハッ、俺達は役員だから、その点は気を付けようね」

「はいっ!」

何本か電車を見送った後、やっと宮島口行がやって来た。

案の定、かなり混んでいるが、仕方ない。俺は裕子と手を繋いで、車内に乗り込み、後ろの方へ移動した。

「ま、その内座れるよね」

「そうですね。でも先輩と手を繋いでいるから、安心です、アタシ」

裕子は繋いだ手に力を込めた。俺も力を込め、離さないよと合図したつもりだった。

電車はゆっくりと動き始めた。


大混雑した広電広島駅前行がやっと終点に着き、ドッと車内からお客さんが吐き出される。

大村と神戸も、その群集の中にいた。

「ふえー、呼吸するのも大変じゃったね。通勤ラッシュみたいじゃ」

「そうね…」

神戸はさっき原爆ドーム前電停で見掛けた、上井と彼女の仲睦まじい光景を思い出していた。
2人で会話していて、上井が大体先に何か言って、それに対して彼女が照れたり、笑ったりしていた。

(どうしてあそこで出会ったりしたんだろう。神様のイタズラ?)

元々は大村の模試が終わるのが昼2時頃だから、その頃に広島駅前で待ち合わせて、軽く歩いてデートしようという提案に乗ったのがキッカケだ。

(アタシの存在はなかったように、男2人で会話してたなぁ…)

なんだか悔しくて、神戸は勝手に涙が一筋、頬を伝った。
大村はそれには気付かず、いつものように左腕を神戸に向けた。
腕を組もうという合図だ。
神戸は仕方なく、その腕に自分の右腕を絡ませた。

「チカちゃんは、上井に彼女が出来たって、知っとった?」

「え?」

ここで神戸が、本人から聞いて知っていた、なんて答えたら、途端に大村の機嫌が悪くなるのは目に見えて分かる。だから答えは一つしかない。

「アタシも知らなかったよ」

大村くん、貴方よりも2日前には知ってたんだよアタシは…、という心の声を押し殺して、そう言うしかなかった。

「やっぱり?俺も全然知らんかったけぇ、一度詳しく聞いてみたいな。この前のコンクールの時は、まだ上井に彼女なんておらんかったよね?」

「いや…あの女の子は吹奏楽部の女の子じゃなかったから、コンクールの時にはいてもおかしくないんじゃない?」

神戸は9月1日の始業式の日から付き合い始めてるのを知っていたので、敢えて知らないふりをして、そう答えた。

「でも、それなら彼氏の晴れ舞台だよ。普通なら観に来るんじゃない?あ、でも俺達が気付かなかっただけかもしれないしな」

そう言いながら、2人ともJRの切符を宮島口駅まで買った。

日曜日の夕方は、やはり列車を待つ列が長い。

「ヘタしたらもう一本待たなきゃいけんね」

と大村が言ったが、神戸は

「えーっ、出来るだけ今から来るのに乗ろうよ」

と返した。珍しく、大村の言いなりにはならないことを示したつもりだったが、大村に押し切られた。

「広電でもぎゅうぎゅう詰め、JRでもぎゅうぎゅう詰めは嫌だよ。座れそうもなかったら、次のにしよう」

「…うん、分かった」

これが上井だったら、多分神戸の意思を尊重して、じゃあ頑張って乗り込んで、神戸さんの居場所を確保するよ、とかジャンケンして決めようとか、言ってくれたんじゃないかな…と、神戸は胸の中で思った。

しばらく待ったら、岩国行の列車が入って来た。降りる客と乗ろうとする客で、騒然となる。

(ここで組んでる腕を離したら、どうなるかな…)

と神戸は思ったが、実行する勇気はなかった。
前の人に続いて列車の方へ向かうが、その動きももう少しで列車に乗れるところで止まった。

見ると、確かに満員だった。前の人も、次の列車にしようと決めたのだろう。当然大村も足は止まっていた。

「チカちゃん、やっぱりダメだ。次の列車にしよう」

「…はい」

無理すれば乗れないことはない。実際列の後ろから何人か、今来た列車に乗ろうと、列から離れて乗り込んでいた。

(歯車って、一度噛み合わないように感じると、治るのかな、治らないのかな…)

横の大村の表情を見ても、何を考えているのかよく分からなかった。

(こんなモヤモヤするなら、無理に今日空いてるなんて言わなきゃ良かった…)

無言で次の列車を待ちながら、神戸は思っていた。


広電宮島口行は、途中まで混んでいるが、廿日市付近を過ぎると空いてくる。
座席も少し空いてきた。

「裕子、座る?」

「あ、はい!あそこ、空きましたね」

「じゃ、座ろうか。疲れたじゃろ」

俺と裕子は、空いた席に並んで座った。

「裕子はどこで降りる?」

「うーん、家に真っ直ぐ帰るなら田尻なんですけど、先輩をちゃんと見送ろうとしたら宮島口ですね。どうしようかな?先輩はどっちがいいですか?」

「え、そこで俺に聞く?」

そりゃあ少しでも長く一緒にいたいから、宮島口まで来てくれたら嬉しいが、意外と暗くなるのが早くなってきた。車窓を見ても、もうこんなに太陽が見えなくなるのか、と思った。

「裕子と長くいたいけど、宮島口に寄ったらかなり遅くならない?」

「…実はそうなんです…。アタシの悩みのタネなんです。宮島口からアタシの家方面のバスがあればいいんですけど…」

「田尻からはあるもんね、確か。N高校方面って便が。というか、森川家に近い所まで行くのかな、アレは」

「そうなんですよ。だから迷っちゃってるんです…」

「そしたら…。今日は田尻でお別れにしようか…。俺も寂しいけど」

「そうですね…。寂しいですけど、今日は1日先輩と一緒だったし、また明日会えますもんね」

「そうそう。あっ、昼は雨じゃなければ、屋上でお昼食べようね」

「はい!明日の屋上を楽しみにして、帰ります!」

電車は田尻へ着いた。

「先輩、また明日会いましょうね!…バイバイ」

裕子は少し照れながら、バイバイと手を振りながら言った。俺は別れる時の決まり、頭ポンポンをやってから言った。

「うん。気を付けて帰ってね。丁度いいバスがあればいいね。バイバイ!」

裕子が車掌さんに料金を払って、下車した。

(あっ、最後の電車代まで払う約束してたのに、しまった…)

一応俺は謝ろうと、ホームで手を振る裕子に、両手を合わせてごめんね、と伝えたつもりだが、裕子はなに?と、キョトンとしていた。

(また明日、言えば伝わるだろう…。でも本当に可愛いなぁ、裕子は…)

俺は田尻から宮島口までの一区間で、今日1日を思い出していた。ボーリングして平和公園へ行って、裕子手作りの弁当を食べたこと、眠り込んだ裕子をおんぶして電停まで歩いたこと、ベンチに座らせるタイミングで思わずパンツが見えてしまったこと、最後に大村&神戸と出会ったこと…

(盛り沢山だったよな…)

唯一引っ掛かるのは、神戸の心中だった。
電停では時間が無かったのもあって、大村としか話せず無視するようになってしまった。
昨日、一昨日と少しずつ互いの気持ちを話しているだけに、無視する形になってしまったのは、明日へ引っ掛かる材料になってしまった。

『終点、宮島口です。料金は改札口でお渡し下さい。ご利用ありがとうございました…』

かなり暗くなってきた。裕子と田尻で別れたのは、正解かもしれない。
俺は電車代を改札口で払い、広電からJRの宮島口駅へと歩いた。

すると、宮島口駅の入口に、何となく見覚えのある女性が立っていた。

「あっ、上井くーん!」

「えっ、神戸さん?」

JRの宮島口駅の入口に立っていたのは、神戸千賀子だった。軽く俺に向かって、手を振ってくれた。

「どしたん?1人で…。大村は?」

「大村くんは帰ったよ」

「そしたらもしかして、ここでわざわざ途中下車して…」

「うん。まあ彼と帰って来る時は、一度宮島口で降りるんじゃけど。今日は上井くんと出会わないかな、と思ってね」

「そうなん?いつも?面倒でしょ、デートの度に宮島口でイチイチ途中下車せんにゃならんって…。でも上手く大村を巻いたね」

「ちょっとね、トイレに行きたいからって言って、先に帰っていいよって言ったら、意外に彼も疲れてたのか、分かったよって言って帰ったの」

「トイレに?お腹、大丈夫?変なモノ食べたとかじゃなくて?」

「大丈夫よ。本当に行きたかった訳じゃないから。でも、さすが上井くん、優しいね。大村くんは、お腹大丈夫?なんて、言ってくれなかったし…」

「いや、ま、とりあえず座ろうか…」

俺は少し照れながら、待合室のベンチへ神戸を誘った。

「俺を待ってたんなら、結構待ったんじゃない?広電は遅いけぇ…」

「それがそうでもないんだよ。JR1本分位かな。だから逆に上井くんが予想より早く現れてビックリしたけど」

「まあ神戸さん達は遠回りした感じじゃもんね。その分、差が縮まったのかな。でもさ…原爆ドーム前の電停で出会うなんて、偶然にも程があるよね」

「そうよね。上井くん達は、何処に出掛けてたの?」

「ボーリングと平和公園。平和公園でお昼食べて遊んどったら、あの、か、彼女が寝てしもうてね。恥ずかしかったけどおんぶして、電停まで歩いたんよ」

「上井くん、照れてるね。あの子をおんぶしたなんて、なかなかやるじゃん。格好いいよ!でもまだアタシに、新しい彼女について話すのは、抵抗ある?」

「そりゃあ、中3の15歳で初めての彼女だもん初めての彼女と仲直りして友達関係になっても、やっぱり、昔の事が頭をよぎるよ」

「そんなもんかなぁ」

と言いながらも、神戸は満更でもなかった。

「逆に神戸さんが、俺と付き合っとった事が何かの拍子で頭をよぎることって、ある?殆ど無いじゃろ」

「えっ、そ、そんなことないよ…」

曖昧な答えをしてしまったが、最近は大村といる時も、上井ならこうしてくれるはず、と考えてしまう場面が増えている。でもそこまでは、言えなかった。

「そう言う神戸さんは、大村に呼び出されたん?今日、予備校で模試があったんだよね?大村は…」

「うん。模試が2時頃終わるから、待ち合わせて軽く本通りでも歩こうって言われてね」

「何というか精力的だなぁ、大村は。で、デートは楽しかった?」

「…うん。…楽しかった」

「あまり楽しくなかったんじゃね」

「上井くんには隠せないか、やっぱり」

神戸は、広島駅前で待ち合わせた後、駅ビルの喫茶店に入って大村のランチに付き合い、その後は電車に乗って八丁堀まで行って、本通りをウィンドウショッピングし、平和公園で一服してから原爆ドーム前電停へ行き、広島駅へ向かおうとしたところ、反対側で俺と彼女を見つけたのだと、訥々と語った。

「本通り歩いて、何か良い店とか、あった?」

「うーん、大村くんに合わせて歩いてるから、アタシの好みの店はあまり見てないんだよね」

「なんか、全然楽しくないね…。でもごめんね、神戸さんが納得してるなら、悪いこと言っちゃった」

「ううん、楽しくなかったから、いいよ」

神戸は遂に本音を吐いた。

「神戸さん、大村と付き合って2年以上になるじゃん」

「うん…」

「付き合ってて、楽しかった!って時、何回かあった?」

「そ、そりゃあゼロじゃないよ。付き合い始めた頃は、凄いマメで優しかったし、デートも凄くプランを練ってくれて…。上井くんにはごめんなさいになるけど、初めて彼氏と付き合ってるって実感が持てたんだよね」

「ま、まあ、俺にない魅力を大村は持っとるけぇね。俺はオクテだったから、彼氏だってのに、神戸さんに声掛けるだけで精一杯だったし…」

「そうだったよね、中3の時は。だから、付き合い始めは大村くんに夢中になっちゃった。最初は上井くんや真崎くんに悪いことしてる…って思って遠慮気味だったけど、その内に…。恋は盲目だって、よく言ったものだよね」

「それが今や、学校中に知れ渡るカップルになっちゃった。俺の手の届かない存在になったなぁって思ってたよ」

「…でもアタシは、彼が体を求めるようになってから、ちょっと引いてる部分はあるんだ」

「体ねぇ…。まあ今の俺等の年代だと、男子は女子の体に興味津々じゃけぇね、ハハッ」

「アタシは手を繋ぐとか、腕を組むとかは抵抗なかった。あと、キスもこれだけ付き合ってるから、正直言うと、何度も交わしてるの」

俺はキスという言葉を聞き、少し動揺した。俺はつい最近、若本と交わした別れのキスが、初めてのキスだってのに。

「歌とかでもよくキスとか出てくるし…。2年付き合えば、そりゃあキスくらい当たり前でしょ」

俺は精一杯強がってみせた。まだ彼女になった森川裕子とも、キスを交わしてないというのに。

「ただ、最後の一線までは許してないから。信じて…って上井くんに真剣に言うのも変なんじゃけど」

「でも大村はやりたがってるんじゃない?」

「…うん。でもアタシは高校生の内は、そこまで進んじゃダメだと思うから、必死に断ってる」

「大学生になれば、いいの?」

俺は意地悪かもしれないが、そう聞いた。

「いや…。そういう訳でもないよ。やっぱりお互いに責任とか取れるようにならないと…。何か起きてからでは、取り返しがつかないもの」

「慎重なんだね」

「だって、そういう事になった時、傷付くのは女だから。勢いで、好きだから…で、最後の一線まで超えるのは、相手に責任を持てるようになってからじゃないと…。アタシって、古い女かなぁ」

「いや、それくらいでいいんじゃないかな。そんなことより、受験勉強しろってところでしょ、今は」

「そうね。そうだ上井くん、広大法学部の推薦とか、調べてみた?」

「いや、全然」

「一度、末永先生に聞いてみればいいよ。上井くんが受けたいって言ったら、きっと先生は全力でサポートしてくれると思うし」

「そうだね…」

何事にもシッカリした自分の考えを持っている神戸が、すぐ隣に座っているのに、とても遠い存在に思えた。

(俺はこの先、どういう人生を歩むんだろう…)

単なる雑談か、大村の愚痴を聞くくらいかと思っていた俺は、明確な人生設計をしている神戸と話し、将来の自分について否応なしに考えざるを得なくなってしまった。

<次回へ続く>






















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ミエハル
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