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小説「15歳の傷痕」67〜before コンクール

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― 夏の終りのハーモニー ―

8月に入り、夏の吹奏楽コンクール本番まで、残り少なくなってきた。

〘目指せ!ゴールド金賞!〙

という貼り紙も黒板に貼られ、コンクールまで残り○日というカウントダウンも書き込まれている。

新村部長の意気込みが凄いので、山中達と計画していたもう一度プールに行こうという計画も、コンクール後に延期せざるを得なかった。

ちなみにコンクールは、8月28日日曜日が本番だ。会場は広島県厚生年金会館、出番は割と早く、午前中に終わる。
その日は高校A部門のみなので、全員で最後まで聴くことにしていた。

俺にとっては、5年間の吹奏楽活動の締め括りであり、なおかつ若本、森川という2人の後輩女子と今後どういうスタンスで向き合うことになるのか、コンクールの結果に運命が委ねられていた。

そしていよいよ黒板に書かれたコンクールまで残り〇日という書き込みが、『1日』となった本番前日、ミーティングの後に新村が言った。

「これまでずっと練習してきた結果を出す日が来ました。明日はゴールド金賞を狙うのは勿論ですが、後悔が残らないように、皆さん、演奏して下さい」

新村ももう何の心配も要らない部長になった。俺自身、明日がラストステージになるが、去年の今頃、新村のような立派な言葉を、部長として部員に投げかけていただろうか。やたらと金賞、金賞とばかり言っていたような気がする。

「後悔が残らないように」等、言える余裕は無かったような気がする。自分自身が即席栽培されたティンパニのことで頭が一杯だったからだ…。

そんなことを考えている内に、トラックに楽器を積み込む時間になった。

率先して男子が、重たい打楽器を運んでいく。チームワークもバッチリだ。俺はノンビリとバリトンサックスのケースを持ち、トラックへ向かった。

「先輩、明日大丈夫ですか?」

「えっ?」

歩きながらそう声を掛けてくれたのは、打楽器のアネゴこと宮田さんだった。宮田さんは打楽器の小物が入った箱を持っていた。

「なんか先輩、明日が本番なのに、元気が無いようにみえたけぇね、心配になって」

「あっ、ああ、多分明日で引退だから、かな。そう見えたのかもしれないね…」

「本当にそれだけ?アタシ、これでも先輩とは1年間近くにいたから、何となく分かるんよ。引退する寂しさの他に、先輩、何かまた悩みを抱えてる…。違う?」

「…アネゴは鋭いなぁ。隠せそうもないね」

「やっぱり。アタシが相談相手になれるような内容?」

「んーっとね、なれるような、なれないような…」

「なんか微妙な話?もしかしたらまた恋愛のトラブル?」

「アネゴは俺のことをよく見てるね。そんな感じで悩んでるように見える?」

丁度トラックに到着し、俺はバリトンサックスのケースを、宮田さんは打楽器の箱をトラックに積んだ。大体大物は積まれたようだ。

俺はゆっくりと音楽室へ戻りながら、宮田さんと話し続けた。

「うん、先輩は隠してるつもりでも、長く先輩のことを見てるから、先輩はどんな精神状態か、読めちゃうよ」

「アネゴは凄いなぁ。心理学者になればいいよ」

「えへへっ。今の所、ミエハル先輩限定じゃけどね」

「まあ、明日の今頃には、その悩みもどうすべきか、分かるはずたから…。アネゴに相談することの無いように頑張るよ」

「ん?何かコンクール絡みの恋愛の悩み?何だか人間関係が複雑に入り組んでるような気がするよ?まあ、アタシで良ければ何時でも話し相手になるけぇ、声掛けてね!」

と、宮田さんは俺の背中をパーンと叩いて、音楽室へ向かった。

(明るさは変わらないな、アネゴは…)

俺は音楽室で最後の明日の確認をして、下駄箱に向かった。


「先輩、いよいよ明日になったね」

若本がそう言った。
夏休みの部活帰りは、ずっと若本の家までは若本と2人で帰っていた。
傍目にはカップルのような感じだし、実際若本から告白は受けているが、それは明日のコンクールでゴールド金賞を受賞したら、正式に告白するという、予告付き仮告白だった。

「ああ、早かったね〜。去年も早かったけど、今年も早かった」

「先輩も…引退だね」

「うん。全然実感がないけどね」

「アタシは先輩がいなくなったら、寂しいよ」

「そう?」

「だってアタシが入部してから今日に至るまで、一番濃いお付き合いしたのは…ミエハル先輩だし…ね」

「そっか、ホンマにね。サックスの先輩後輩から、なんかじゃれ始めて、俺が告白したら玉砕して、地獄に落ちて」

「地獄…すいません、今更ですけど。でもあの経験は、アタシには凄い貴重な経験になりました。先輩と和解するまで、アタシも地獄みたいなものでしたし」

「まあ、客観的に見てても、村山と付き合ってて楽しそうには見えなかったんよね」

「アタシも、突然ミエハル先輩と喋らなくなったからみんなから怪しまれて、実は村山先輩と付き合ってるって自白した時の、みんなの目が冷めてたのが忘れられないですよ」

「そんなに歓迎されんかったん?」

「なんで?ってのが一番だったかなぁ…。ミエハル先輩と話ししてた時、物凄い楽しそうだったのに、なんで村山先輩を選んだん?って明らかに戸惑われましたから」

「そっか!まあ、そんな時代もあったねと〜だね。ちょっと無理がある?」

「アハハッ!やっぱりアタシは…ミエハル先輩とお話しするのが、テンポよく喋れるな。ねぇ先輩、明日、ゴールド金賞取れるよね?アタシ、先輩に正式に告白出来るよね?」

「勿論!今日のゲネプロの通りにみんなが息を合わせて、ちゃんと演奏すれば絶対大丈夫だよ」

若本はそれでも、不安そうな表情を見せた。ゴールド金賞を取れなかった場合、若本は告白は諦める、と断言していたからだ。
その場合、森川さんが絶対的有利になる。
そんな状況になるのが、考えられないのかもしれない。

もうすぐ若本家に着く前に、公園に俺たちは立ち寄った。
前にも一度立ち寄り、若本の本音を聞いたことがある公園だ。

その公園でベンチにどちらともなく並んで座り、俺は何となく不安な気持ちになっている若本の肩を抱いた。

「ミエハル先輩…」

「正直、自分自身も凄いプレッシャーがあるよ、明日のコンクール…」

「……」

「最後のステージってこともあるし、その結果で若本とより親密になれるか、サヨナラになるのか…ってのもあるし」

「…ミエハル先輩とサヨナラなんて、嫌。嫌だよ…」

若本はより一層、俺の方へ身体を寄せて来た。若本から、女の子ならではの香りがする。

「俺も金賞以外考えてもないけど、万が一、百万が一ってこともないとは言い切れないじゃろ」

「…うん」

「だから…抱きしめてもいい?」

「えっ?」

俺は自分でも考えられない行動力で、横に座っている若本を、抱き寄せた。
「あぁっ…先輩…」
若本も最初は戸惑っていたが、すぐに応じてくれ、俺の背中に手を回してくれた。

しばらく抱き合っていたが、その内若本は、囁くように
「キス…して…先輩」
と伝えてきた。

「いいの?キスなんて」

「万が一…百万が一だけど、先輩とこんなこと出来なくなったら嫌だから…」

「じゃ、いい?」

「うん」

俺は目を瞑っている若本の唇に、俺の唇をそっと当てた。温かい若本の唇と俺の唇が重なり合った。

ただ唇を合わせるだけのキス。だが若本の気持ちは唇を通して十分に伝わってきた。

どれだけ唇を合わせていただろうか、かなり時間が経ってから、どちらからともなく唇を離した。

若本は俺の顔を見て言った。

「アタシの初めてのキスなんだよ。ミエハル先輩が相手で良かった…」

その表情は少し安堵したようだった。

「初めてだったの?」

「…うん。何度も言わせないでよ、先輩…」

「俺も初めてって言ったら?」

「えっ?先輩も初めてだったの?本当に?」

「こんな大事な事で嘘は付かないよ」

俺の最初のキスの相手が若本になるとは、想像もしていなかったが、唇を合わせるだけでこんなに相手が愛しくなるとは思わなかった。

「…逆にアタシが、先輩の初めてのキスの相手になったんだね…」

「お互いに初めてだった、そういうことだね」

「アタシ、ミエハル先輩は神戸先輩と半年お付き合いしてたと聞いてたから、てっきり神戸先輩とキスくらいは済ませてたかと思ってたよ」

「神戸さんとはキスどころか、手も繋がない清すぎる交際だったよ。中3だしね、そんな妄想はしてたけど実現はしなかったよ」

「そうなんだ…。例え明日の結果がどうでも、今夜のミエハル先輩とのキスは、アタシ、忘れない。絶対に…」

そう言ってお互いに再び抱き合った。


俺は久しぶりにバリトンサックスを持って、ステージ横に待機していた。
今日はいよいよ昭和63年夏の吹奏楽コンクール、広島県大会本番だ。ただでさえ重たいバリトンサックスが、今日はより一層重たく感じる。

緊張しながら前の高校の演奏を聴いていたら、福崎先生が、俺に話し掛けてくれた。

「ありがとうな、上井。お前のお陰で吹奏楽部は生き残ってきた。今日は思い残すことなく、バリサクを吹いてくれ」

「先生…」

「出来たらお前や3年生がこれで引退じゃなくて、次のステージに進めたらええんじゃがの。流石にそれは難しいかのぉ」

「中国大会ですか。夢ですよね…。本当は普門館が夢でしたけど」

「まあ、悔いのないように吹いてくれ。頼んだぞ」

「はい、分かりました。ありがとうございます」

福崎先生は俺の肩をポンと叩いて、指揮者用スタンバイ位置へと移った。

そんな俺に、アルトサックスを持った若本が、目で合図を送ってくれた。

(頑張ろうね、先輩!)

(もちろん!頑張るよ!)

その内、前の高校の演奏が終わり、会場内が拍手で包まれた。

「ふうーっ」

俺は自分に気合いを入れ、ステージへと向かった。

自分の位置を確認し、客席を見渡す。

大村と神戸さんの2人が来ているのが見えた。他にも村山が来ている筈だが、俺の場所からは分からなかった。

ステージの照明が切り替わり、パーッと一気に明るくなる。

「プログラム6番…」

アナウンスが終わり、福崎先生がタクトを上げた。さあ、最後の夏の始まりだ!

<次回へ続く>


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