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小説「15歳の傷痕」45

<前回はコチラ>

- Take Five -

高3の夏の吹奏楽コンクールをティンパニで出るか、バリトンサックスで出るか?

上井の決断一つで吹奏楽部内の状況、雰囲気も変わりかねないこの問題について、上井は顧問の福崎先生にしばらく休部して考えたいと申し出ていたが、いつまでも結論を先送りして、部活を休むわけにもいかない。

竹吉先生の自宅に泊まらせてもらって、神戸千賀子とも歴史的和解をし、自宅に戻った上井は、結論を日曜日の夜に心の中で出した。

どっちの答えになろうとも、ティンパニで出てほしいと言ってくれる宮田、バリサクで出てほしいと言ってくれる若本、どちらかの後輩には迷惑を掛けることになるが、仕方ない。

6月最後の月曜日、上井は久々に部活に参加し、まずは音楽準備室にいる福崎先生を尋ねた。

「先生、しばらく部活を留守にしてしまいすいませんでした」

「おぉ、上井。待っとったよ。結論は出たか?」

福崎先生は、ちょっと安堵した顔で俺を出迎えてくれた。

「はい。自分の中では、どっちで出るか決めました。でも先生も、俺にコンクールで担当してほしい楽器は決めてあるって仰っておられましたよね。だから、先生のお気持ちと、俺の結論が一致したらベストなんですけど…」

「そうか。じゃあ、俺と上井、同時に決めた楽器を言うか?」

「わっ、先生、俄かに緊張しますよ」

「まあまあ。もし違ってても、俺はお前が決めた方を優先するから。じゃあせーの、で同時に言ってみるか」

「分かりました。じゃ先生、掛け声をお願いします」

「よし、いくぞ。せーの…」

『バリトンサックス!』

なんと、俺の結論と福崎先生の希望が一致していた。俺は先生と顔を見合わせ、一瞬の間の後に笑い合った。

「そうか、お前もバリサクで出る、にしたか」

「はい。やっぱり俺の原点ですし、なんでこの高校の吹奏楽部を目指したかというと、セルマーの高級バリサクを吹きたいからというのが元々の希望でしたから、最後の夏には原点に帰ろうと思いまして。もし打楽器が人員不足が続いているならティンパニで出ますけど、打楽器は自由曲では人が余ってるほどですから…」

「そうか。実は俺もお前に似たような思いで、バリサクで出てもらいたかったんよ」

「え?似たような感じと言いますと?」

「お前は去年1年間、本当に大変な環境の中、部長として自分を殺して精一杯頑張ってくれた。いくら退部者が出たからといっても、バリサクを吹きたくてこの部に入ってくれたお前が、部長の責任として打楽器に移籍すると申し出てくれた時は、俺は心の中で詫びたんだよ。でもお前はいつもみんなの前では明るく元気に振る舞ってくれて、お陰で残ったメンバーは楽しい、楽しいと言って部活に来てくれとる。お前の力は大きいよ。今の1年生の中にも、お前が部活紹介で面白おかしく喋ったから、明るくて楽しい部活だと思って入った、って言ってる部員もいるしな」

「せ、先生、過大評価です…」

「いや、本当にお前には感謝しとる。生徒会役員に無理やりならされた後も、部活優先で来てくれたしな。個人的に辛い出来事もあったように聞いとるが、大丈夫か?」

「あ、もうその辺りについては、俺はそういう世界に向かない人間だと思って諦めてますから」

「そうか。お前なら女子の1人や2人、密かに恋い焦がれてる子がいてもおかしくないと思うけどな」

ふと俺は生徒会の森川さんと、同じクラスの大谷さんを思い出した。だが2人とも今は暖簾に腕押し状態だ。

「まあそんな訳で、俺としてはお前の最後の夏は、1年間慣れない打楽器で頑張ってくれたお返しに、お前の原点のバリトンサックスで有終の美を飾らせてやりたい、そう思ったんだ。まあ宮田には俺からも言うけど、もし出来たらお前からも宮田、そして若本と出河に、バリサクで出るからと一言言ってくれるか?」

「はい、それは勿論です。納得してくれればいいんですが…」

「お前なら、大丈夫だよ。じゃ、今日の部活で言ってみてくれるか?」

「分かりました。宮田さんの了解を取りますよ」

俺は音楽準備室を辞し、部室である音楽室へと入った。


「ミエハル先輩じゃ!お久しぶりです!」

と、先に集まっていた後輩達が挨拶してくれた。

「しばらく出れなくて悪かったね~。新村、大丈夫だった?」

ユーフォニアムの準備をしていた新村部長に声を掛けた。

「はい、ちょっと文化祭後遺症みたいなので、先週はちょっとダラケ気味な部分もありましたが、何とか立て直してきたつもりです」

「そっか、良かったよ」

ところで…と俺は打楽器スペースに目を向け、宮田さんを探した。

「アネゴ!ちょっといい?」

「あっ、ミエハル先輩~。久しぶりですね。どこに消えてたんですか?」

「色々と忍術を使ってね。って、それより、アネゴと2人で話がしたいけぇ、屋上でも行かん?」

「え、屋上ですか?もう、変なことしちゃいやですよ?」

「するわけないじゃろ!話だってば、ハ・ナ・シ」

と言って宮田さんを連れ出すと、打楽器の1
年生が楽器の準備をしながら何となく不安げな顔をしているのが見えた。

この高校は、屋上へと誰でもすぐに上がれるので助かる。

俺は誰からも話を聞かれないよう、なるべく入り口から遠い場所まで宮田さんを案内した。

「先輩、こんな遠くまで…。やっぱ変なことするつもり?」

「変なことってなんだよ、本当に。アネゴこそなにか変なことしたいの?」

「ま、まさか!ですよ…」

本題に入る前に宮田さんを動揺させてしまった。

「ところで本題なんじゃけど…」

「先輩、夏のコンクールの話、でしょ?打楽器かバリサクか、決めたんですよね?」

「えっ、もう分かってた?」

「だってアタシと2人きりで話するなんて、それしかないじゃないですか。まさか部活中に告白とかするわけじゃないだろうし」

「まあそうなるよね」

「先輩、アタシは先輩が出した結論、どっちでも受け止めますから」

「えっ…」

「勿論、打楽器で出て下さるのがアタシは嬉しいけど、バリサクは先輩の原点です。もしバリサクを選んだとしても、受け入れます」

「そんな風に言われるとかえって言いにくいけど…」

「ミエハル先輩が打楽器で出るか、サックスで出るかで凄い悩んでるのは、伝え聞いて知りました。で、色んな人…福崎先生にも意見を求めてるってのも聞きました」

「凄い情報網だなぁ。俺は誰にも言ってないのに」

「先輩が相談した誰かが、ポロッと漏らしたんですよ」

今まで無風でちょっと暑いくらいだった屋上に、そよそよと風が吹き始めた。

「悩んでたのは、事実だよ。本当に体が二つほしいと思ったし、課題曲と自由曲でそれぞれバリサク、打楽器と掛け持ちして出ようかとか考えたりもしたよ」

「……」

「結論、伝えるよ」

「…はい」

「俺は最後のコンクール、バリトンサックスで出ることにしました」

「……は、い…」

「アネゴ、いや、宮田さんにも申し訳なく思ってるし、打楽器の1年生のみんなにも悪いと思ってる。だけど、最後だけ、俺が吹奏楽を始めた最初の楽器、バリサクで出るっていう我儘、許してほしい」

「……は、はい…」

宮田さんの顔は紅潮し、両目から大粒の涙がポタポタと零れ落ちていた。

「ごめん、アネゴを泣かせたりして」

宮田さんはスカートのポケットからハンカチを取り出して涙を拭いながら言った。

「……いえ、アタシの体内の水分が、勝手に、目から出てきただけなので、先輩は気にしないで下さい」

「気になるって。元気なアネゴを泣かせた悪代官になっちゃうし」

しばらく俺は、宮田さんの涙が止まるのを待っていたが、少し落ち着いた頃に話し始めてくれた。

「…先輩、アタシの本音を、聞いてくれますか?」

「うん、勿論」

「先輩の最後のコンクールってことは、先輩と一緒に演奏できる最後のコンクールなんだよね。この1年、ミエハル先輩が打楽器にいてくれて、アタシは本当に嬉しかった」

「……」

「だからね、最後のコンクールもミエハル先輩と一緒に打楽器で出たかった」

「……」

「でもね、先輩はバリサクを選んだとしても、コンクールに出るのを辞める訳じゃない。コンクールには一緒にこの高校のメンバーとして参加出来るんだ、そう思うようにしたの」

「…ごめん、アネゴにそんな辛い思いさせて…」

「ううん、さっきアタシの体内から出てった水分が、アタシの嫌な部分を持ってってくれたから。それと、ちょっと早いけど来年の定演!先輩、定演には打楽器で出てくれる?お願い!」

「もう定演の話かいな。OK、定演は打楽器で出るよ。これは約束するから」

「ありがとう、先輩。1年生の子にはアタシから話して、楽器の分担決め直すから。でも先輩みたいに課題曲のティンパニ、上手く叩けるかな…」

「アネゴなら大丈夫だよ。応援してるよ」

「ふう、ミエハル先輩?」

「ん?何?」

「夏のコンクールに関して、アタシに2回も涙を流させたお詫びしてね」

宮田さんの顔を見ると、いつもの顔に戻っているようだった。

「お詫び…。そうだよね、文化祭の初日、夜にわざわざ俺を探してくれて…。うん、了解だよ」

「アハハッ!冗談だよ、ミエハル先輩!いつかアイスでも奢ってくれたらそれでいいからね。なーんて。じゃあアタシが先に音楽室に戻るから、先輩はちょっと待ってから音楽室に来た方がいいよ」

「本当にありがとう、アネゴ…いや、宮田さん」

「名前で呼ばなくてもいいよ。先輩に名前で呼ばれるとくすぐったいよ。じゃあ、お先に!」

宮田さんは吹っ切れたように、音楽室へと小走りに戻っていった。

確かに俺はしばらく待ってから音楽室に向かった方が良いだろう。
次はサックスのメンバーに受け入れてもらえるかどうか、だ。
若本は熱心に俺にバリサクを勧めてくれたが、それはサックスパート全員の総意なのか?
パートリーダーの出河は?1年生のみんなは?文化祭は出なかったがコンクールは出たいと行っていた末田、伊東の2名は?
果たして俺を受け入れてくれるのだろうか…。

そんなことをしばらく屋上で考えていたら、そこへ俺を探しにやって来たのが、同期の太田さんだった。


「ミエハル、まだ屋上におったんじゃね。宮田さんは戻って来たのに、ミエハルが戻ってこんし、もしかしてまた屋上で悩んでるのかな?と思って、探しに来たんよ」

「あっ、太田さん。悪いね。宮田のアネゴと話しして、その後ちょっと考え事してて…」

太田さんは薄っすら汗をかいていた。すぐ屋上に来たようなことを言っているが、実はアチコチと俺を探したんじゃないだろうか。

「打楽器はもう、担当楽器の割り振りの変更をしてるよ」

「えっ、もう?」

「うん。1年生の子達は、ミエハル先輩がバリサクで出ることになった…って言って、寂しそうにしてたけどね」

「じゃあサックスのメンバーにも自然と伝わってるのかな、俺がバリサクで出ることにしたって言うのが」

「サックスはね、肝心の出河くんと若本さんがまだ来てなくて、1年生しかいないのよ。だから、ミエハルがバリサクで戻ってくると聞かされても、ピンと来てないみたい。ミエハルがバリサクなんて吹けるのか?って感じじゃないかな?」

「まあそうだよね。今の1年生は完全に俺を打楽器の人間だと思っとるじゃろうし。じゃあ太田さんは、何となく音楽室の様子を、俺に教えに来てくれたの?」

「まあね。アタシも、ミエハルはバリサクにしたんだ…って思って…」

しばらく2人の間に沈黙が流れたが、俺は誰かにバリサクに決めたものの何となく心に澱んでいる気持ちを吐き出したくて、太田さんにもう少し一緒にいてほしいと頼んだ。

「太田さん、時間大丈夫?少し話し相手になってくれないかな」

「うん、いいよ。広田のフミからミエハルの相談相手の役は引き継いでるから」

「あ、なんか前にそんなことも言ってたよね」

とりあえず俺はずっと立ったままだったので、太田さんを促して、ベンチに座ることにした。

「ちょっと汚れてるね」

俺はハンカチを出して、太田さんが座る辺りに敷いた。

「ミエハル…。優しいね、前と変わらずに」

「えっ、そんな大したことじゃないよ」

「その大したことじゃないことが出来ない男子が、多いんだよ」

太田さんはポツリと意味深にそう言い、ありがと、と言いながらベンチに座った。

「前にさ、屋上で太田さんと話した時、太田さんは俺に打楽器を勧めてくれたよね」

「あの時はね」

「改めてさ、太田さんが打楽器を勧めてくれたのはなんでだったっけ?」

太田さんは遠くを見るような感じで喋り始めた。

「うん、あの時は単純に、コンクールの曲をミエハルはもうティンパニで練習してたし、サックスは人が十分いるし…で、そんなに深く考えて勧めたんじゃないんだ」

「そうなんじゃ?」

「その後にね、ミエハルしばらく部活休んでたでしょ?授業とかでは姿を見掛けてたから、ミエハルが部活を休むってのは相当なことなのかもって思って、アタシなりに同期に聞いてみたんよ」

「へ、へぇ…」

「広田のフミが言うには、本当はバリサクで出たいんじゃないかな?って。去年、打楽器の1年生が一気にいなくなって、ミエハルが責任取る形で打楽器に移籍したじゃない?それ以来、アタシ達には普通に接してたけど、バリサクを譲った若本さんとも一時険悪な仲になったじゃん。だから、ミエハルの心中は物凄く複雑なはずだし、文化祭でもドラム叩いてキャーキャー言われてたけど、本音はバリサクで最後を締め括りたいと思ってるはず、そう言ってたよ」

「広田さんがそんなことを?」

「うん。そうだよ」

「そこまで分析してくれてるんだ、なんか恥ずかしいような…」

「あとはね、大田くん」

「え?大田にも聞いてくれたの?」

「聞いたよ〜。大田くんは、ミエハルはバリサクで出た方がええ、打楽器は無理しとる、だって」

「なんか大田らしいな〜」

「あともう1人。神戸さんにも聞いてみたの」

「神戸さん!?」

長年の断絶から、やっと仲直りしたばかりだが、太田さんが聞いてくれたのはいつだろう。

「そう。ミエハルとは因縁の相手になるよね。アタシ、中学の時にミエハルと神戸さんが付き合ってて、高校に入る直前に別れたっていうの、最初は知らなかったから、初めて聞いた時はビックリしたよ。そんな点でも、ミエハルは辛かったじゃろ?大村くんといつも一緒だし、去年はまさかの副部長カップルだったし」

「ま、まあね。去年はね…」

「そんな因縁の相手だけどさ、神戸さんとしては、上井くんはバリサクがいい、そう言ってたよ」

「えっ、そうなんだ…」

「そうなの。去年のドタバタやトラブルって、ミエハルが全部責任取って背負っちゃって、副部長以下の役員には何もなかったようにしたじゃない。その事とか、もっと力になって上げれたら良かったんだけど、なかなかアタシには話してくれないから…って、言ってたよ」

「そうなんだね。去年はまだ心に壁があったから…」

「だから、何もしてないし何も言える権利はないけど、最後くらい上井くんの好きなようにしてほしいって言ってたの。きっと上井くんはバリサク吹きたいはずだから、って」

この太田さんの話からは、仲直り前か仲直り後のいつ聞いたかは分からなかったが、仲直り前だとしたら、いや、仲直り後だとしても俺のことをしっかり見ててくれてんだと思い、改めて長い間神戸さんとの仲を断絶状態にしていたことを申し訳なく思った。

「でも太田さん、そんなに俺に気を使ってくれるのって、どうして?別に放っといてもいいのに」

「うーん、なんでだろうね。ミエハルって、いつも頑張り過ぎとるけぇ、助けたくなるというか、母性本能をくすぐるというか」

「母性本能⁉️」

思いもしない言葉にビックリした。

「そうなんよ。だから、ミエハルのことを嫌いっていう女の子はいないと思うよ」

「そんなこと、ないでしょ。確かに部長してた時は、部員から嫌われたくなくて、万人受け…したかどうかは微妙じゃけど、駄洒落とか下らん話とかして、部員にも声を掛けて、部の雰囲気維持に努めとったけど」

「それなんよ。じゃけぇ、アタシだって恋愛感情抜きにしたら、ミエハルのこと、好きだよ」

「そ、そりゃどうも…」

恋愛感情抜きにしたらという余計な言葉がなければなぁ。

「太田さん、恋愛感情云々だけど、突然じゃけど山中とは上手くいっとるん?」

「えっ、山中くんと?そ、そうね…。まだ別れてはないよ」

その含みのある言い方が気になった。

「なんかあまり上手くいってないみたいに聞こえるけど…」

「まあ、最近彼は文化祭に掛かりっきりだったし。アタシが我慢してれば文化祭も終わるし、また元に戻ると思っとったけど…」

「もし何かあれば、2人の仲を取り持つから、言ってね。俺ばっかり太田さんに話を聞いてもらってばかりじゃ、申し訳ないけぇ」

「ありがと。やっぱりミエハルって、優しいね」

俄に太田さんの表情が曇った。あまり聞かない方が良いだろうな。

「あ、屋上に向かってくる足音が聞こえる」

太田さんがそう言った。俺には分からなかったが、確かに数秒後、屋上に新たに現れた吹奏楽部員がいた。

「じゃ、アタシはコレで音楽室に戻るね。若本さんと話しんさいね」

そう、次に屋上に現れたのは若本だった。

「ミエハル先輩!」

<次回へ続く>


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ミエハル
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