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小説「15歳の傷痕」-16

- I  D o n ' t   K n o w ! -

昭和62年4月、俺は高校の吹奏楽部の第4代目部長となった。

須藤先輩の部長としての最後の仕事、新1年生に対する部活説明会でのトークが上手かったのか、結構吹奏楽部には沢山の体験希望者がやって来ていた。

だがその中には、去年の俺と同じように、体験はすっ飛ばして、すぐ正式入部でいいという経験者も多かった。

中でもサックスは、俺と同じくバリトンサックスを吹きたい!という女子、中学から自分のアルトサックスを持っているという男子が、早々に正式入部の用紙に記入し、早速サックス希望です!とやって来てくれた。

「はじめまして。ようこそ、サックスへ。何、出河くんはマイアルトを持ってるんだって?」

と俺が最初に話し掛けたのは、男子の新入部員、出河だ。
アルトの末田が、中学でも同じ吹奏楽部だったそうで、出河は

「はい、実はそうなんです。末田先輩、お久しぶりです」

と挨拶していた。

対して末田は、

「出河が来たら、アタシの出番なくなるよ~。それぐらい上手いんじゃけぇ」

と警戒心を露わにしていた。

もう一人のバリトンサックス希望の女子は、髪の毛も一見男子に見えるほどのショートヘアーで、若本と名乗った。

「実は私の兄が、2期生で部長だったんです」

「えっ、若本先輩の妹なの!?」

真面目を絵に描いたような、あの若本先輩の妹とは…。

と思ったが、よく見たら似ている。

流石兄と妹だ。

「でもバリサク吹きたいんじゃろ?」

「はい!でも上井先輩が今は担当なんですよね」

「まあね。実は俺も去年、このバリサクが吹きたくて、この高校を選んだくらいだから」

「うーっ、アタシと動機が一緒じゃないですかっ!」

「でも、女の子でバリサク吹きたいなんて、珍しいんじゃない?」

「アタシも最初は中学校で、騙されてバリサク担当になったんですけど、吹いてる内に愛着が沸いてくるんです。重たいし目立たない割に」

「本当にそうだよね!同意同意!」

「だから、高校でも是非吹きたいなと思って…。上井先輩、譲ってくださいよ~」

「いや、俺も愛着あるしね。簡単には譲れないなぁ、ハッハッハ」

等と、いきなり楽しく話していたら、遅れて伊東が姿を見せた。

「あっ、はじめまして!」

2人が声を揃えて伊東に挨拶すると

「おぉー、俺も先輩になったんか」

と、半分驚き、半分ジョークを交えた言葉で返してきた。

「じゃあ、今のところはこれで仮の全員だね。サックス希望者はまだおるかもしれんし、今日は来てないけど、3年生の先輩もおられるし。ちょっと1年生とかどういう状態か、音楽室を確認してくるから、後は末田さん、伊藤くんに何でも聞いてね」

「え?あっ、はい?」

1年の2人は不思議そうな顔をしていたが、練習場所から音楽室へ向かおうとする俺の背中に、末田が、あの上井君って人が部長なんだよと説明しているのが聞こえた。


音楽室に行くと、結構な数の1年生が来ていて、それを捌いてくれていたのは須藤先輩だった。

「須藤先輩、スイマセン!」

「いいよいいよ。俺の最後のボランティアだから」

逆に俺も来年、須藤先輩のように、混乱する新2年生を上手くリードし、体験に来ている1年生を捌かねば、と思った。

「一応、第1希望の楽器を聞いて、そのパート練習してる場所を案内してるだけだけどね」

「俺が本来、やらなきゃいけないことですよね…」

「だから、今日は気にしないこと!上井君が初めから全部掌握してたら、俺のほうがビックリするよ。ここは俺に任せて、各パートを回ってきたら?どんな状況か…」

「はい、ありがとうございます!そうします!」

俺は順番に各パートを回ることにした。

フルートは同期が1人だけで、3年が抜けたら1人だけになってしまうところだった。そこへフルート希望者が5人も来ていたので安心した。ただ経験者と初心者がいるので、経験者は即入部、初心者は口の当て方を教えている感じだ。

「龍田さん、何とかなりそう?」

「あ、上井君、お疲れ~。早速経験者ちゃんには、正式入部してもらったよ。で、初心者の子に教えて上げてもらってるところ」

「そうなんだ。あ、1年生の皆さん、はじめまして。部長の上井と言います。よろしくお願いします」

すると新1年生が一斉に立って、俺の方を見てよろしくお願いします!と、女子ばかりなのにかなり大きい声で挨拶してくれるので、照れてしまった。

次にクラリネットを見に行った。

流石にクラリネットは人気で、人数がパッと数えられなかったが、中に男子が2人いたのが珍しかった。

まあクラリネットは神戸さんがいるから、任せておいて大丈夫だろう。

その次は金管ブースに行った。

金管は毎年、トランペットが大人気で、トランペットを諦めて、それでも吹奏楽をやりたいという1年生を、トロンボーン、ホルン、ユーフォ、チューバで奪い合う感じになっている。仕切りは山中と大田がいるから大丈夫だろう。

今年もトランペット希望者が多いようだが、第1希望がトロンボーンという1年生がいた。

「ミエハル先輩、お久しぶりです」

そう声を掛けてくれたのは、同じ中学出身で、中学でもトロンボーンを吹いていた、橋本さんだった。

「橋本さん、来てくれたんじゃね。ありがとう~」

「アタシも先輩に会えて、嬉しいです。中学校の吹奏楽部、先輩が引退した後、すごく厳しくなっちゃって、その割にコンクールでも銀賞止まりで、部内の雰囲気も暗くなっちゃって、あまり楽しい思い出がないんです。だから、ミエハル先輩がいるこの高校なら楽しく吹奏楽ができる筈と思って、入りました!」

「本当?石本は俺が緩い対応してると思って、厳しめにしたのかな…」

石本とは、俺の中学校時代の後継部長である。もともと練習熱心で、不真面目な練習態度の部員には露骨に嫌悪感を示していたが、部長になって部全体の引き締めを図ったのだろうか。
もしかしたら俺も、石本の内心では、もっと厳しくやれ!と思われていたかもしれない…。

「橋本さん、それならもう正式入部でいい?」

「はい、もちろんです。よろしくお願いします」

「ありがとう。あとね、俺、高校でも部長になっちゃったから、よろしくね」

「部長?もうこんな早い時期に決めちゃうんですか?」

「高校はやっぱり違うね。文化祭も6月だし。何もかも早いよ」

「そうなんだ…。でも、ミエハル先輩が部長なら、安心です♪部活も楽しみです」

「そう言ってもらえると嬉しいよ。ありがとね」

俺はそう言って、次に打楽器を見に行った。
打楽器も、俺らの同期は1人、松下弓子しかいないので、沢山1年生が入ってほしいパートだ。
今日も3年生の中田先輩が、助っ人に来ていて、打楽器を見学している1年生に説明していた。

「松下さん、どんな感じ?」

「ブラスやりたいけど、吹く楽器はちょっと…っていう1年生が多いよ。まあアタシもそうじゃったけぇね、気持ちはよく分かるから、入ってもらえたら仲良くできそうだよ」

「それならいい感じだね」

「あと経験者の子もいるから、是非とも入ってほしいわ」

「じゃあ、俺からも一押ししなきゃね。みんな、打楽器をよろしくね〜」

上井がそう言うと、1年生は戸惑いながらも、はい!と返してくれた。

(あ、俺が何者か分かってないか、失敗だぁ…)

と後悔しつつ自分のサックスパートに戻った。すると

「ミエハル先輩、お帰りなさい!」

と、1年生の2人が合唱してくれた。え?さっき見栄晴に似てるとか、話したっけなぁ…?

「上井君、ちゃんと見栄晴に似てるからミエハル先輩と呼ぶようにって教えておいたよ」

末田が言った。

「えーっ?…いや、いずれ知れ渡るのも時間の問題だよね。今日のミーティングのネタにしようかな」

「ミーティング?部活の後に会議やるんですか?」

若本が聞いてきた。

「俺も最初は面食らったけど、クラスの終わりの会みたいなものかな。逆に高校では、6限目が終わったら終わりの会も何もないけどね」

「えー、そうなんですか。やっぱり中学までとは違いますね」

興味津々で色々と尋ねてくる若本は、とりあえずテナーサックスを吹くことになり、俺が引退したら即バリサクを奪うことになったようだ。

あっという間に時間が過ぎ、6時のチャイムが鳴った。5月までは、6時が部活の時間で、6時半までに下校しなくてはならない。

「じゃあ片付けて音楽室に戻ろうか」

「はい!」

1年生の2人を見ていると、自分は去年、あんなに初々しかっただろうか?と自問自答してしまう。

ただ、初日すぐに沖村先輩と前田先輩に、「見栄晴に似とる」と指摘されたことは覚えているが…。

音楽室に戻ると、昨日までとは活気が全然違っていた。

1年生は所在なさげに立ったままだったが、ミーティングをやるので、どこでも座っていいよと呼び掛けた。

俺は前に立って、パーッと見渡してみたが、パッと見で分かる同じ中学の後輩は、さっきもちょっと会話した、トロンボーンの橋本さんだけだった。もう少し後輩が来てくれることを信じていたので、ちょっと寂しかったが、まだ体験初日なので、もしかしたら他の部に体験しに行ってるのかもしれない。

「では!ミーティングします。まず俺の自己紹介。俺は、1年生のみんなが部活説明で見た部長さんとは違う人間だけど、部長の上井です。もう先に言っときますが、1年生の皆さん、俺のことは『ミエハル』と呼んで下さい」

するとドッと笑いが起き、1年生の間からは、ホンマじゃぁ、似とる~という声が起きた。

その後は部の説明をし、役員の紹介をし、この日のミーティングは終わりとした。最後に、去年俺がやられたように、新1年生で早速正式入部した1年生に感想を聞いてみることにした。
誰にしようかと迷ったが、同じサックスで会話した女の子、若本さんを指名した。

「えーっ、アタシの感想ですか?そうですね…。アタシはバリトンサックスを吹きたくてここに来たので、打倒ミエハル部長を目指して頑張ります!」

音楽室内がまた笑いに包まれた。いい雰囲気になっている。

「えー、何とか倒されないように細々と頑張りたいと思います」

また笑いが起きる。こういう雰囲気を作っていきたい、俺は。

「では、今日はここまでです。今日来てくれた1年生のみんなが、明日もまた来てくれることと、そして更に多くの1年生が来てくれることを祈って、終わります」

一旦締めた後も、別の中学校で先輩後輩関係だった1年生と2年生が再会して話していたり、パートリーダーに挨拶しに行く1年生がいたり、賑やかだった。

村山も一言言いに来てくれた。

「なかなかええデビュー戦じゃん。俺はやっぱり部長にならんでよかったよ」

「でも何かを変えたかったから立候補したんじゃろ?落ち着いたら色々と話して、いい部活にしようや」

と話していたところに、サックスの1年生、若本さんがやって来た。

「ミエハル先輩、さっきは失礼なこと言って、ごめんなさい!」

と、深々と頭を下げるので、

「いやいや、全然構わないよ。盛り上がったし、いいじゃん」

「本当ですか?ミエハル先輩、心が広すぎます~」

「いやいや、裏では何考えとるか分からんよ?」

「わーっ、じゃあ逃げます~。お先に失礼します!」

「はーい。また明日ね」

若本さんはそう言って、音楽室を後にした。

「早速ええ子が現れたじゃん。お前とウマが合いそうな気がするよ」

「まだまだ早いよ。確かに初日であんなに親しく話してくれるのは嬉しいけどさ」

と村山には言ったが、完全に止まっていた、俺の女子に対する恋愛感情がグラッと震度2ほど揺れたのは間違いなかった。

だが、そのために後々凄まじい事態を招くことになるとは、この時点では誰も思わなかった。

(次回へ続く)


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ミエハル
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