見出し画像

小説「年下の男の子」-14

< 前回はコチラ ↓ >

第16章-1「黎明」

井田は、トイレに行きたくなって目が覚めた。

ベッドの隣には、原田朝子がスヤスヤと眠っている。

(寝顔も可愛いなぁ💕)

時計を見たら、深夜1時前だった。
多分2人とも眠りに落ちたのが11時半頃だったと思うので、井田は1時間半ほど寝たことになる。

そっと朝子を起こさないように、静かにベッドを降りると、みんな寝ているはずなので、静かにドアを開け、忍び足で2階のトイレへと歩いた。

念のため、誰もいないだろうとは思いつつ、トイレのドアをコンコンとノックした。

すると中から「入ってるよ~」という声がしたので、井田は驚いて、「ス、スイマセン」と言ってしまった。

でも他に入っているとしたら、妹の裕子しかない。中から聞こえた声も女性の声のようだった。

(いきなり開けないでよかった…。な、なんかマズイよな…。出直すか…)

井田が部屋へ戻ろうとしたら、水洗の音が聞こえ、トイレのドアが開いた。

「正史くん、どうぞ。空いたよ。我慢は体に良くないよ」

やはり裕子だった。そんなに井田がトイレにやって来たことは気にしてないようだった。

「ご、ごめんなさい、女の子がトイレに入ってるのに気づかないで…」

「ううん、正史くん、ちゃんとノックしてくれたじゃない?そんな所も、合格だよ」

井田は朝子が言っていた、礼儀がなってなくて体ばかり求めてきたという裕子の元カレを思い出した。
今、合格だよ、と言ったのも、井田がトイレのドアをノックしたのが、ちゃんとマナーを心得ている男だ、と思ってくれたということだろう。

「ありがとう、裕子さん。じゃあトイレ、借りますね」

「うん。どうぞ。ごゆっくり…」

井田はトイレに入り、用を足して、中で手を洗い、水を流して外へ出た。

すると、裕子がまだ部屋に戻らずに待っていた。

「あれ?もう一回?さっき慌てさせちゃったからかな、ごめんなさいね。どうぞ、どうぞ」

「違うの。アタシ、せっかくだから、正史くんと少しお話してみたくって…」

「え?俺と?」

裕子はコクンと頷いた。

「まさかもしかして、ずっと俺が部屋から出てくるのを待ってたとか?」

「ううん、そこまではしないよ、お姉ちゃんの彼氏だもん。でも偶然同じタイミングでトイレで鉢合わせしたから、せっかくならほんの少しでもお姉ちゃんの彼氏とお話してみたいって思ったの」

「そっか。じゃあ、夜も遅いし、少しだけ…」

「いい?じゃ、アタシの部屋で話そっ!」

裕子はそう言い、井田を裕子の部屋へと招き入れた。


第16章-2

「わあ、朝子…いや、お姉ちゃんの部屋とはちょっと違いますね」

「言い直さなくていいよ。正史くんが呼びやすい方で、お姉ちゃんのことを呼んでね」

裕子の部屋は、ピンクを基調にしていた朝子の部屋とは異なり、スカイブルーを基調とした部屋だった。

だが若干姉の朝子と違っていたのは、意外に大雑把な感覚だ。

H高校の制服とスカートが脱いだままになっていたし、その横には体操服とブルマが鎮座している。
更にその横には、風呂上がりの際に巻いていたバスタオルが置いてあった…というより、無造作に放置されていた。

机の上も勉強道具から漫画、バレーボール雑誌が乱雑に並んでいたりして、男子みたいな部屋だな、と井田は思った。

「アタシ片付けが苦手で、ゴメンネ、部屋が汚くて」

「ううん、気にしないよ。でも体操服だけは、ちょっと隠してほしいかも…」

「あー、ブルマでしょ。コレ、男子から見てどう思う?みんな穿いてるからあたしも穿いてるけど、どう考えても悪徳教師の陰謀のように見える形なんだよね」

「そ、そこまでは考えないけど…」

「まあでもスポーツの時は動きやすいし、バレー部でも色違いの穿いてるし、寒いときは毛糸のパンツ代わりになるし、便利でもあるんだよね。男子はいいよね、スカートじゃなくて」

「ズボンでも冬は寒いですよ。生地が薄いから」

「そうなの?へぇ、聞いてみて初めて分かることってあるんだね」

「あと体操服も…。男子の短パンも、結構ヤバいですよ」

「うん、知ってる」

「え?なんでです?」

「体育座りさせられてる男子の前を通ったら、短パンの隙間から、色んなものが見えてカラフルだったもん。男子は気づいてないのかな?って思ったけど、正史くんは気付いてたんだ?」

「そうですね。だから体育の時は緊張の連続ですよ」

「また敬語に戻ってるー!アタシと話すのに、敬語なんか使わなくていいよ。もう正史くんが礼儀をわきまえた人だってのは、十分分かってるから」

「そ、そうです?ありがとう…でいいのかな」

「そうそう。で、アタシが聞きたいのはね…」

裕子は、井田の隣に座り直した。

「お姉ちゃんのどこが好きで、付き合い始めたの?ってことなんだ」

「へ?朝子…さんの?」

「うん。お姉ちゃんって、中学時代はアタシの姉?ってぐらいカッコよくて、グイグイと女子バレーボール部を引っ張ってた、男勝りの女だったじゃない?だから恋愛なんて興味ないんだろうなーって思ってたんだ。で、バレー続けるためにN高に入ったのに、お姉ちゃんの話ではS中一派に潰されて、バレー部を辞めなくちゃならなくなって。そしたらアタシも驚いたけど、吹奏楽部に転身して、今また部長やってるでしょ?正史くんは中学時代に見てた男勝りのお姉ちゃんと、今の吹奏楽部でほどほど女の子らしくなったお姉ちゃんと、両方知ってるわけじゃない?」

「うん…確かに」

「アタシに言わせると、両極端過ぎって思うんだよね。どっちがお姉ちゃんの素顔に近いのか…。そこで、正史くんがお姉ちゃんを好きになったポイントを聞きたいな、と思って」

「うーん、付き合い始めたのは高校に入って、更に吹奏楽部に入ってからだから、女の子って感じのお姉さんとしか会話してないしなぁ。男勝りの中3の頃は、男子も女子も、崇め奉る存在だったよね?俺は何か話しかけられても、ありがとうございます!としか答えてなかったような気がする…」

「そうよね。アタシは中学時代、よくお姉ちゃんと比較されたから、ちょっと悔しかった時もあったし、同じバレーボール部なんて止めときゃよかったかなって思ったこともあるんだ」

「へぇ…。裕子さんも悩み、苦しんだんだ…」

「でも、我が家はバレーボール一家だから。今は県外の大学行ってるお兄ちゃんも、バレー部だったしね」

「そうなの?じゃあバレーボールやることは宿命みたいなものなんだね」

「うん。小さな頃から、お兄ちゃんやお姉ちゃんと遊ぶっていったら、バレーボールだったからね」

「ご両親もバレーボールをやってたとか?」

「いや、そんな話は聞いたことがないの。だから、お兄ちゃんが元祖みたいな感じじゃないかな」

「そうなんだね」

そこまで話すと、一瞬2人の間に沈黙が走った。井田はそろそろ潮時か?と思って、立ち上がろうとしたが、裕子に止められた。

「待って、正史くん。肝心なことをまだ聞いてないよ」

「え?」

「あの…。お姉ちゃんの何処を好きになったか、何がキッカケで付き合ったのかって話」

「あぁ…。そうだったね。キッカケはね、なんとお姉ちゃんからの告白だよ」

「エッ?本当に?」

「うん」

「ウチのお姉ちゃんから正史くんに告白したなんて、信じられないなぁ…。あっ、ごめんね、正史くんに対する変な意味じゃ無いから。アタシと一緒で恋愛にオクテだったお姉ちゃんが、正史くんに告白するなんて、って意味だからね」

裕子のいう恋愛にオクテという意味は、変な彼氏の存在が影響しているのだろうと思うと、ちょっと心が痛かった。

「うん、大丈夫だよ。でも、お姉ちゃんに告白するよう仕向けたのは、自分かも…」

「エーッ!?となると、正史くんがお姉ちゃんのことを好きになって、告白するように仕向けたの?」

「いや、それは偶々の流れでそうなっただけで、もしかしたら俺から告白してたかもしれないしね」

そして井田は、部活初日に起きた、列車乗り過ごしからの喫茶店でのエピソードを話した。ただ喫茶店内でお互いにファーストキスした部分は省いたが。

「そうなんだ…。正史くんって、やっぱり優しくていい人なんだね」

「そう?よかった、やらしくてエッチな人って言われなくて」

と井田が言うと、ふと横に座っていた裕子の目から、一筋の涙が流れた。

「アタシも…正史くんみたいな彼氏が…欲しかった…ウゥッ…」

井田は戸惑った。特にパジャマにハンカチなども用意してなかったので、とりあえず裕子の目から零れ落ちた涙を、指で拭った。

「裕子さん…。ゴメン、実はお姉ちゃんから、裕子さんには辛い出来事があったっていうの、さっき聞いたんだ。だから俺に対しても、ちゃんとした男なのか?っていうのを凄い気にしてるんだって」

「正史くん、ありがと。もう、お姉ちゃんに聞いたんだね。そうなの…。アタシの初彼は、とんでもない男だったんだ。アタシの体が目当てみたいでね…。最初告白された時は、アタシも嬉しくて、すぐOKしたんだけど、おとなしかったのは最初の2ヶ月だけ。夏休みになったら、やたらと一緒にプール行こう、海に行こうって言い出して。そりゃアタシも彼氏とプールに行けたら嬉しいけど、バレー部の大会で忙しかったから、なかなか日程が合わなくてね。そしたら態度が豹変してね…」

「急に態度が変わったの?」

「うん…。お前がバレー部を優先するから、プールに行けなかったじゃないか!って。なんでそんなにプールに行きたがるの?って聞いたら、彼女なのに、水着姿も見せてくれないのか?って」

「な、なんだソイツは…」

「アタシ、そんなつもり全然無かったのにね。それ以来、やたらとアタシの体目当てみたいな態度になっちゃって…。アタシもせっかくの初めての彼氏だからさ、辛かったけど、キスとペッティングまでは許したの…」

「ペッティング…。何処まで許したの、そんな奴に」

「…体育館の倉庫で、体操服姿にならされて、胸と、その…大事な部分を触らせちゃったの」

「大事な部分って…。それは…ダメだって…」

「それでももう我慢できなかったのか、クリスマスイブに会った時、遂にセックスを求められてね。アタシ、そんな軽い女じゃ無い、って言ったら、アタシに平手打ちして、もうお前とはサヨナラだって言われて…」

裕子は突然思い出しのか、号泣した。

「裕子さん…」

「…ゴメンね、泣いたりして。正史くんが、ソイツと同じ、男性だとは思えなくってね。お姉ちゃんが彼氏出来たって教えてくれた時、アタシみたいな酷い男じゃ無ければ良いなって思ったの。で、今日会ってみたら、中学の時のバレー部の後輩だった井田くんじゃん!?って思って。井田くんなら大丈夫って思ったけど、色々話してる内に、やっぱり凄い素敵な高校生に成長したんだなって思ったんだ」

「あ、ありがとう、裕子さん。最初から俺の事、気付いてたんだ?」

「そうだよ。最初のうちはね、正史くんがアタシのこと気付くかな?と思ってたけど、なかなか気付いてくれないだもん。まあアタシも中学の女子バレー部時代は、髪の毛は男子と一緒みたいなもんだったし、お姉ちゃんほど目立ってなくて部長をしたわけでもなかったから、分からないよね」

「でもこうやってお話してると、お互い色々あって、今こうやって裕子さんの部屋で会話してるのって、すごい不思議な因縁だなって…」

と井田が言うと、裕子は覚悟を決めたような表情で言った。

「正史くん。ね、今一瞬だけで良いから、アタシを抱きしめて…。お願い…」

井田は躊躇した。いくら褒められても、自分はあくまで、お姉ちゃんである朝子の彼氏なのだと。返事をするまでちょっと時間を要してしまったが、井田はこう返した。

「…ゴメン、裕子さん。それは出来ない…。俺は朝子に誓ったんだ、絶対大切にするって。だからいくら妹の裕子さんの頼みでも、これだけは勘弁して欲しい」

「…うん。合格!」

「えっ?」

裕子は涙を流しながら、井田に言った。

「やっとお姉ちゃんのこと、アタシの前でも、朝子って呼んだね。正史くん、お姉ちゃんと絶対、絶対に仲良く付き合ってね。もし今、アタシを勢いで抱きしめたら、ぶん殴ってたよ、アタシ」

そう言いながらも、裕子は涙が止まらなかった。本意から出た言葉ではないことは、井田にもすぐに分かった。

「最後に、これはアタシが勝手にやることだから、正史くんは気にしないでね」

裕子はそう言うと、井田の頬にキスをした。

「裕子さん…」

「…正史くん、これからもよろしくね。じゃ、じゃあ、そろそろお兄ちゃんの部屋に戻って、お姉ちゃんを抱きしめてあげて。おやすみ!」

「うん、裕子さんの分も、大事にするから。朝子のこと」

「頼んだよ、正史くん」

「任せて。大丈夫だから」

井田は最後にそう言って、裕子の部屋を出て、部屋に戻り、井田は、そっと朝子が寝ているベッドに戻った。

時にして2時頃だ。

スヤスヤと寝ている朝子に、井田は話しかけた。

「裕子ちゃんの公認をもらえたよ。朝子…、大事にするからね。これからもよろしく」

井田はそう言って、寝ている朝子の頬に、キスをした。

その瞬間、朝子はウフッと微笑んだ気がした。


第16章-3

「正史くーん、朝だよ~。起きてー。高校に送れちゃうよー」

「ううーん、あと10分…」

「ダメー。高校に間に合わないよ!起きないなら…こうしちゃう!」

朝子はそう言うと、うつ伏せになって寝ている井田に、プロレスのジャンピングボディプレスのように飛び掛かった。

「グヘッ!起きる、起きるよ〜」

「やっと起きてくれる?おはよっ、正史くん」

朝子は井田が振り向いた瞬間、唇に唇をサッと合わせた。

「あっ、今のは…」

「おはよーのチュー。ダメ?アタシ、好きな男の子と一緒に朝を迎えたら、おはよーのチューってしてみたかったの。いいでしょ?」

と、朝子は首を傾げてニコッと微笑んだ。

(か、可愛い…💖)

井田は朝子のこのポーズに弱かった。

「うーん…、キスは1日一回っていう約束、止めちゃおうか?」

夜中に1時間、裕子と話をしたせいか、睡眠不足な井田だが、何とか頭を起動させ、提案してみた。

「うん、賛成!」

「早っ!」

「だって、正史くんとは、1日何回でもキスしたいもん。夕べのあんな濃いキスじゃなくていいから…」

井田は舌を絡め合った濃厚なキスを思い出したが、夢の中の出来事のように思えて仕方なかった。

「ところで、俺の制服って、どうなったかな。お母さんに迷惑掛けちゃったけど…」

「制服なら、乾いてたよ。さっき見てきたから」

「そしたら朝子は、結構早く起きてたの?」

「うん。起きて、ずーっと正史くんの寝顔見てたよ」

「うわっ、恥ずかしい〜。俺、イビキとかかいてなかった?」

「多分、大丈夫かな?アタシも同時に寝てる時だったら分かんないけど」

「一応、セーフだね。良かった!じゃあ俺、制服に着替えてくるよ。脱衣場に行けばいいんだよね?」

「うん…。あーあ、パジャマ姿の正史くんとはお別れかぁ…」

朝子は寂しげに言った。

「俺だって、パジャマ姿の朝子とはこれでしばらく会えないんだから。またいつか、お泊りデート出来る日が来るのを待とうよ」

「そうだね。またいつか一緒のベッドで、正史くんと眠れますように…。アタシも着替えなくちゃ。自分の部屋に戻るね」

朝子は先に、お兄ちゃんの部屋を出た。井田も続けて部屋を出て、脱衣場へと降りた。

リビングの横に脱衣場があるので、リビングを通る際、お母さんに挨拶を…と井田は思っていたが、お母さんの姿はどこにも見えなかった。

不思議に思いながら脱衣場てま制服に着替え、パジャマは一応畳んで脱衣籠に置いてから、リビングで既に用意されてある朝食の前に座り、原田家の家族を待ってみたが、最初にやって来たのは朝子だった。

「ごめんね、遅くなって。女の朝は面倒でさ」

「ううん、それは気にしないけど、お母さんは?姿が見えなくて…」

「お母さんはね、もうパートに出てるの」

「えーっ?こんな早くから?」

「そう。スーパーの品出しのパートにね。お兄ちゃんが県外の大学だから、お金が掛かってしょうがないって言ってたよ」

そんな会話をしていたら、裕子もH高校の制服を着て降りてきた。

「お姉ちゃん、おはよー。正史くんもおはよー」

裕子は昨夜の井田との出来事など何も無かったかのように、普通に降りてきた。ただ眠そうなのは否定出来ないところだ。

「おはよっ、裕子!」

「裕子さん、おはよう」

朝子と井田が声を掛けたが、裕子は眠そうで、アクビばかり繰り返していた。

井田はちょっと罪悪感を覚えたが、自分も眠いので、お互い様かなと思いながら、朝食に手を付けた。

「いただきます!」

井田用に、大きなおむすびが3個、用意されていた。その皿の下に、お母さんからのメモがあった。

(井田くん、おはよう。私は先に出掛けますが、忘れ物とか気を付けて、朝子と一緒に高校へ行って下さいね。昨夜洗濯したものは、全部乾いてますので、安心して下さい。では行ってらっしゃい!)

井田はわざわざこんなメモまで残してくれるお母さんの心遣いに感激していた。

(原田家って、みんないい人ばかりだなぁ。お父さんやお兄ちゃんもいい人なんだろうな)

流石に朝は、姉妹も静かに食べていた。特に裕子はアクビばかり繰り返していて、釣られて井田もアクビしていた。

何とか食べ終わり、食器を台所に運ぼうとしたが、裕子が

「正史くん、そのままでいいよ。アタシが洗っとくから。それより、お姉ちゃんと一緒に早く家を出た方がいいんじゃないかな。アタシは一駅手前だから、いつも最後に家を出るし」

「そ、そう?ありがとう、裕子さん」

と言って目を見た瞬間、裕子は意味深なウインクを井田にしてきた。

「じゃあお姉ちゃんと正史くん、行ってらっしゃーい!」

「ちょっと待ってよ裕子、正史くんは準備万端かもしれないけど、アタシはまだゆで卵が…」

「んもー、お姉ちゃんったら中学のバレー部の時みたいな、起きて10分で全て準備して家を出る、あの日々を思い出してよ〜」

「今は吹奏楽部だもーん」

「関係ないでしょ!あ、正史くんがいるから、恋する乙女モードになってるんでしょ?」

「そ、そんなこと、ないもん…」

「その喋り方がもう、恋する乙女モードだってば。早く食べて、早く登校した方がいいよ!」

やっぱり朝子と裕子のやり取りは面白い。井田は黙って見ていたが、ついクスッと笑ってしまった。

「はい、ごちそうさまでした。裕子に後を頼んでいい?」

「うん。とりあえず2人で、早目に高校に行きなよ。正史くん、こんな家だけど、また遊びに来てね!」

「うん、色々ありがとう。お母さんにもよろしくね」

朝子と井田は、制服を整えると、行ってきます!と言って、原田家を出発した。

裕子は2人の食器を片付けながら、思った。

(お姉ちゃん…。正史くんのこと、アタシも好きになっちゃった。どうしよう…)

だから裕子は、2人に早く先に登校しろと促したのだった。一緒にいたら、好きになった感情が爆発しそうだった。その気持ちを鎮めるためには、列車一本か二本分の時間差が必要だった。

その頃、朝子と井田は、裕子の気持ちなど全く想像もせずに、手を繋いで一夜の思い出を話しながら駅へ向かっていた。

「でも、昨夜のあの電話、なんだったんだろうね」

井田が言った。

「そうだよね。あの電話さえなければ…。アタシは…」

「ん?アタシはどうなったの?」

「もう、言わせないでよぉ。恥ずかしいんだから」

2人とも、何時までもこんな日々が続くと思っていたが、又も波乱が起きるとは、想像もしていなかった。

<次回へ続く↓>


サポートして頂けるなんて、心からお礼申し上げます。ご支援頂けた分は、世の中のために使わせて頂きます。