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小説「15歳の傷痕」-13

― 水 の ル ー ジ ュ ―

1

俺、上井純一は高1の3学期始業式の日、終礼後に末永先生を呼び止めた。

「先生、ちょっといいですか?」

「ん?ミエ君がアタシを呼び止めるなんて、珍しいね。どうしたん?ここで話せる内容かな?それとも美術準備室の方がいい?」

「美術準備室の方がいいです」

「じゃあ一緒に行こうか。もしかしたら、ちょっと深刻な話かな?」

「そうですね…」

その間に俺は、ちょっと神戸千賀子の方を見てみたが、大村と一緒に部活に向かう準備をしていて、全く俺のことは意識してないようだった。

アンサンブルコンテストの後に、キスしたところを見られたなんて、全く気付いてないのだろう。

ただ去年は来ていた神戸からの年賀状は、今年は来なかったし、俺も出さなかった。

去年は、頑張って一緒に高校に行こうね、と書かれた年賀状が来たのを思い出す。
1年でこんなに、互いの環境が変わるんだ、と実感していた。

「さて、ミエ君の話を聞こうかしら」

美術準備室に着いて、末永先生は席に座ると、何となく俺が言いたいことは分かっているような表情で、俺を見た。

「先生、百人一首大会ですが…」

「やっぱりメンバーから抜けたい、かな?」

お見通しだ、流石末永先生だ…。

「そうです。お見通しでしたか?」

「まあね。始業式からミエ君は複雑な表情してるな、とは思ってたのよ。何かあったに違いない、と思ってね」

「先生、よく見てますね…」

「で、何があったのかな?」

俺は年末のアンサンブルコンテストの後に見た光景を話し、全然関係ない女子ならともかく、これまで散々苦しめられてきた神戸千賀子と大村の2人のキスだけは見たくなかった、せめて誰もいない所でやれと言いたい等々、溜まっていた思いの丈を先生にぶつけた。

「今の話、事実だったらミエ君には辛すぎるね…。うーん…。でも、本当にそんな赤信号待ちでキスなんてするかな?」

「絶対してました!2人で同時に顔を右向いて、左向いて…」

「他に人はいなかった?」

「…その辺りはあまりのショックで覚えていません…」

「そうなんだね。うーん、どうしようか…。もし事実なら、ミエ君が百人一首チームから抜けたいって気持ちはよく分かるから、仕方ないね。もしかしたら冬休みの宿題としての百人一首も、気持ちが乗らなかったんじゃない?」

「はい…。休み明けのテストがあるから仕方なく最低限覚えましたけど…」

「分かったよ。じゃあ事実確認しよう!」

「えっ?」

「ミエ君は、奥の資材庫の陰に隠れてて。神戸さんはもう音楽室かな?放送で呼び出すから」

「いっ、いや…、そこまでは…」

俺のセリフを遮るように、末永先生は校内放送マイクを使って、呼び出しをかけた。

『1年7組の神戸千賀子さん、1年7組の神戸千賀子さん、美術準備室まで来て下さい。繰り返します…』

高校は各教科ごとの準備室があり、そこから校内放送できるように、簡易な設備が設けられている。そのマイクを使ったのだ。

「せ、先生!」

「さ、ミエ君は奥に隠れて。神戸さんが来たら、色々聞いてみるから」

「でも…」

「来ちゃうよ~。会いたくないんでしょ?早く隠れて!」

「はっ、はい」

俺は奥の資材庫の陰に隠れた。


しばらくすると、本当に神戸千賀子がやって来た。校内放送はちゃんと校舎内全部に聞こえてるんだなと、妙な関心をしてしまった。

ノックする音が聞こえた後、神戸千賀子が入ってきた。

「失礼します」

俺のいる位置からは、殆ど神戸千賀子の姿は確認できない。ということは、神戸からも俺が隠れていることは分からないだろう。
先生と神戸千賀子の間でどんな言葉のやり取りが行われるか、しっかり確認しないと…。

「ごめんね、神戸さん。もう部活始めてた?」

「いえ、まだ楽器も出してなかったので大丈夫です」

どうせ大村と喋りながら、ゆっくり歩いてたんだろ。

「ところで、百人一首はどう?頑張ってる?」

「はい、宿題もあったし、テストもあるし、何より月末には大会がありますから…。毎日頑張って覚えてます!」

元気いいなぁ。公私共に充実してるんだろうな。

「その百人一首なんじゃけど…。もし上井君が出れなかったら、誰か他に良さそうな、というか一緒にやりたいって人、クラスにいる?」

「えっ?上井君が出れないって…何かあったんですか?」

人前で俺の気も知らずイチャイチャしててよく言うよ。

「うーん、せっかく神戸さんと一緒のチームになってもらって、アタシはお節介おばさんみたいじゃったけど仲直りしてほしい、と思ってたんよね。じゃけどね、やっぱり辞退したいって言ってきたんよ」

うわっ、先生はストレートだなぁ。

「えっ、そんな…アタシもこれを機に仲直りしたいって思ってたのに…」

「神戸さん、何か思い当たる節はある?」

「……特に無いです」

何言ってんだよ、大アリだろ?俺が見た光景を喋ってやろうか?

「特になし、かぁ。ちなみにだけど、大村君とは上手くいってるの?」

「あっ、はい」

「まあ貴女のことだから、清い高校生らしいお付き合いをしてるとは思うけど、一つ聞いてもいいかな?」

「な、なんでしょう?」

「どのくらいまで、関係は進んでる?」

「えっ…」

先生もドが何個も付くストレートな聞き方だなぁ。女同士ってのもあるのかな。

「まあ例えばさ、今は古い言い方かもしれないけど、恋のABCとかあるじゃない?それに例えることって、出来る?」

「ABCですか…」

どうせCまで行ってるんだろ?白状しちゃえ!

「……」

「答えたくなかったら、答えないでもいいよ。プライベートな話だからね。でもさ、話を元に…」

と先生が言い掛けたところで…

「アタシと大村君は、まだAもしてないです」

しばらく美術準備室には静かな時間が流れた。俺もまさか?と思い、動けなくなった。

「そ、そうなんだね…。ごめんね、無理やり言わせちゃったみたいで」

「いえ…。もしかしたら上井君が辞退するって言いだしたのは、その辺りが理由ですか?」

「まあね。正直に言うと、去年の暮れに吹奏楽部のコンテストがあったんだってね。その帰り道で、神戸さんと大村君が1つのマフラーを2人で巻いてる上に、赤信号待ちをしてる時にキスしてる場面を見たって言って、俺にはもう耐えられないから百人一首メンバーから外してくれって言ってきたのよ」

「あっ、あの時…」

神戸はアンサンブルコンテストからの帰り道を思い出していた。

「確かに、1つのマフラーを一緒に巻いていたのは認めます。でも、赤信号待ちでキスなんてしません。大村君がしたいと言っても、拒否します」

「そうなんだね。で、実際お付き合いして半年ほどでしょ?」

「…はい」

「キスはまだなんだね?」

「はい。私の心のどこかで、キスとかそれ以上ってのは、まだ大村君とは早いと思ってます。お互い高校生ですし」

「でも大村君が求めてきたりしない?」

「それは…あります。でも、まだ早いって断ってるんです」

「じゃあ上井君がショックを受けた赤信号事件って、なんだろうね?」

「多分なんですけど、信号待ちしてる時に、アタシが左を向いて、彼が右を向いて、顔が近づいた瞬間はあったんです。その時、上井君が後ろから見てたなら、角度によってはキスしてるように見えたかもしれません。でも、キス自体許してないのに、そんな多くの人に見られる危険性がある所でキスするなんて、絶対にあり得ません」

「その言葉、アタシは信じるよ。じゃあ神戸さんをわざわざ呼び出したお詫びに、サプライズっていうほどでもないかもしれないけど…。ミエ君、出ておいで」

「え?上井君、何処かにいたんですか?」

俺は先生に呼び出されたので、観念して資材庫から、先生と神戸千賀子がいる前に姿を現した。

「あっ…上井君…」

「どうも…」

去年の1月30日にフラれて以来、いや、フラれた日は喋っていないから、実際喋ったのは彼女の誕生日、1月24日以来、約50週間ぶりに神戸千賀子と直接言葉を交わした。

「ミエ君、どうかな?百人一首大会、やっぱり辞退する?それとも、頑張ってくれる?」

先生は答えを俺に委ねた。

「…この状態で、やっぱり辞退するって…言えないですよ。頑張ります」

「ありがとう、ミエ君!神戸さんもありがとう、答えにくいことばっかり聞いちゃって、悪かったね」

「いえ、アタシのフラフラした行動が上井君を傷付けちゃってるんです。気を付けます。ごめんね、上井君」

「あっ、ああ…いいよ、もう」

俺は勘違いも含めて恥ずかしくなり、俯きながらぶっきら棒に答えた。

「ねえねえ、2人は直接話したのって、いつ以来?」

と先生が、芸能リポーターみたいに聞いてくる。思わず俺と神戸千賀子は目を合わせた。

「あ、アタシは…分かんないです。もしかしたら高校に入ってから、初めてかも」

「ですね。俺、去年の今頃フラれてから、ずっと喋らないように避けてましたから…」

「おお、凄い!じゃあ今日やっと冷戦が終わったんじゃない?これからはさ、友達として話しなよ。同じクラスで同じ部活なんだもの。まあ無理して話せとまではいわないけど、無理して無視する必要もないでしょ。ね、ミエ君」

末永先生には敵わないな…。

「はい、分かりました」

「じゃあ、早速一緒に音楽室へ行ってみれば?」

「いや、俺、何もかも教室に置きっぱなしですから、一度取りに戻らないと…」

「そうか、そうだったね。でもまあ百人一首、頑張るんだよ、力を合わせて」

「はい」

俺と神戸は揃って美術準備室を出た。

「じゃあ、俺、後から音楽室に行くから…」

「うん。先に音楽室に行ってるね」

俺は教室に荷物を取りに行きながら、色々なことを考えた。
直接話したのは本当に約1年ぶりだ。この1年、速かったなぁ。

キスはしたこともないと言ってたけど、本当なのか?でも先生に宣言したくらいだから本当なんだろうなぁ…。かといって半年もベタベタと付き合って、キスしてないのも不自然だしなぁ…。

って、俺自身、女性運、恋愛運に見離されてるから、カップルになるために何すればいいとか、カップルになったらどういう順番で親しくなっていけばいいとか、別世界の出来事なんだよなぁ。

伊野さんは相変わらず俺を無視し続けてるし。

次にもし誰かを好きになったとして、行動に移せるのかな、俺は…。

(次回へ続く)


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ミエハル
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