小説「年下の男の子」-22
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第19章「5月4日」-5
「ただいま!正史くん、いらっしゃい。今夜はゆっくりして下さいね」
「あ、お母さん、お邪魔しております」
井田は仕事から帰ってきた朝子と裕子のお母さんに、正座し直して挨拶した。
「あらいやだ、正史くん!足なんて楽なままでいいのよ」
「だよね、お母さん。迎える側が緊張してたらダメだよね」
裕子が台所を片付け終わり、エプロンを外しながら言った。
「まあ裕子は逆に、お姉ちゃんの彼氏さんなんだから、もう少し緊張感を持ってほしいけど」
お母さんは苦笑いしながら言った。
「台所は裕子が片付けてくれたの?ありがとうね。後はお母さんがやるから、皆でしゃべるなり、遊んでていいよ」
「ありがとー、お母さん!」
ここで朝子が言った。
「お風呂の順番どうする?」
裕子が口を挟んだ。
「まさかお姉ちゃん、正史くんと一緒に入ろうとか企んでない?」
「はあ?お風呂だよ?まっ、まさかいくらなんでも、そ、そんな混浴だなんて、するわけない、ないよ!」
だが朝子は明らかに動揺していた。もしかしたら何か考えていたことがあるのかもしれない…。
「俺、最後でいいよ」
井田は特に悪気もなく言ったのだが、裕子がまた突っ込んできた。
「正史くん、女子高生2人の後のお風呂に入ろうだなんて、流石!」
「げっ、そんな意味は全然考えてなかったのに、そう言われると意識しちゃうじゃん…」
「もう!裕子は、アタシ達を挑発するようなことばかり言わないでよ!」
「だって最後に風呂に入るとなれば、必然的にそういうことになるでしょ?」
台所からお母さんの、ジャンケンで順番決めれば?という声が聞こえてきた。
「そうしよう!3人でジャンケンするしかないよ」
朝子が主導した。
「じゃあ、最初はグーだよ、いいね?勝ったもの順で入ることに決めておこうね」
「いいよ」
「分かったよ、お姉ちゃん…」
3人の目がお互いの様子をうかがっている。
「いくよ、せーの!最初はグー!ジャーンケーン・・・」
ジャンケンの結果、結局年齢順に入ることとなった。
1番目は朝子、2番目は裕子、3番目は井田だ。
「正史くん、結局女子高生の後にお風呂ってことになったね。アタシの後に入る時、変な想像しないでね♪」
裕子は言葉とは裏腹に、意味あり気な表情をしていた。
「裕子、アタシがお風呂に入ってる間、正史くんに変な手出しはしちゃダメだからね」
「するわけないじゃん!未来の義理のお兄様に…」
「ちょっ、その言い方!」
「大丈夫、大丈夫。お姉ちゃんが上がってくるまで、健全に遊んでるから」
「その言葉、信じるよ?」
朝子はそう言い、着替えを取りに一旦自分の部屋へと戻った。
「ふぅ…。お姉ちゃんったら、アタシのこと信用してないよね」
裕子はそれまでの天真爛漫な雰囲気から、ガラッと変わり、ちょっと落ち込みながら井田の隣に座った。
「どうしたの、裕子さん。急に元気がなくなっちゃって」
「アタシ、空元気な部分も多いんだ。張り合う相手がいると一生懸命元気な姿を見せようと思って頑張るんだけど…」
「張り合う?と言うと、お姉ちゃんと?」
「そうだよ」
そこに自分の部屋から着替えを取ってきた朝子が通りかかった。
「裕子!正史くんに近寄りすぎないでね!」
「分かってるわよ!アタシだって一応ルールは守る女だもん」
朝子は風呂場へと急いでいた。井田と裕子の2人切りにしておいたらマズイとでも思っているのだろうか。
よく考えたら、裕子はまだH高校の制服姿のままで着替えていない。
そこも朝子が危惧する部分なのだろうか。
「なんでお姉さんと張り合う必要があるの?」
「えっ…。そ、それは…」
裕子が何故か顔を赤くし、照れてしまったところで、お母さんが声を掛けた。
「裕子もいつまでも制服着てないで、着替えの準備とかしたら?」
「う、うん。そうする」
裕子はそう言い、2階の自分の部屋へと上がっていった。
井田は1人残された感じになったが、お母さんが声を掛けてくれた。
「騒がしい姉妹でしょ?ごめんね、正史くん」
「いえ、私は8歳上のもう結婚してしまった姉しかいないので、賑やかな年の近い兄弟姉妹が羨ましいです」
「そう言えばそうだったわね。お姉さんは近くに住んでらっしゃるの?」
「うーん、近くもなく遠くもなく…って感じです。車で1時間は掛からないんですが」
「そうなのね。たまには帰ってこられるの?」
「月に1回くらいですね。その内赤ちゃんでも出来たら、戻ってくるとか言ってましたけど」
「そうね、初産は実のお母様が近くにいた方が心強いわ。私はそうじゃなかったから」
と、なにげなく驚くようなことを会話の中に放り込んでくるのは原田家の特徴だろうか。
井田はお母さんが発した一言にビックリしていた。
「あの、お母さん、上のお兄様を産んだ時は、実家に戻られなかったんですか?」
「うん、そうよ。アタシは今言うと古い言葉だけど、駆け落ち同然で主人と結婚したから」
さりげなく驚愕の言葉を交えてくることに、井田は更に驚きを隠せなかった。
「か、駆け落ちですか…」
「そうなの。だから彼の…というか、主人の家に転がり込んで、2人共二十歳になるのを待ってから、婚姻届を役場に出したのよ」
「へ、へぇ…」
「その頃には、もう上のお兄ちゃんがお腹にいたから、アタシは二十歳でママになったのよ。で、今お兄ちゃんは大学4年生で22歳。それに20を足したら、アタシの年がばれるってわけ。アハハッ」
「すいません、なんかお母さん、そしてお父さんが苦労して築き上げられたご家族に、俺みたいな男が紛れ込んじゃって…」
「まーた、何を言ってるのよ。アタシには、息子がもう1人出来たようなものと思ってるわ。ホントに気軽に、気兼ねなく過ごしてね。まだお兄ちゃんや主人とは正史くんも会ってないけど、家族5人揃ったら賑やかで、夕食がパーティーみたいなもんだから」
「羨ましいです。先月からお姉さんと付き合わせて頂いて、高校生の分際でもう彼女の家に上がり込んでいいのか?と思ってたんですが…」
「まあ、世間はそう思っちゃうわよね。でも世間の常識に、アタシと主人は散々揉まれてきたから、今はね、子供達3人が幸せになって欲しいし、それが例えば明日結婚します!ってなっても、素直に嬉しいって思うのよ。特に娘2人は、これまではアタシに似ずに男性運に恵まれなかったから。アハハッ!」
井田は、お母さんという存在が明るいと、周りを照らして自然と家族も明るくなるんだな、と実感していた。
今も井田と会話しながら、ずっと笑顔を絶やさない。
なかなか出来ないことだ。
そこへ着替えを持って、2階から裕子が降りてきた。
「お姉ちゃん、まだ入浴中?」
「あっ、うん。そうみたいだよ」
「もう、今晩正史くんに裸でも見せようとして、徹底的に洗ってるんだよ、きっと」
「えっ、ま、まさかっ、そんなことは…」
そこへお母さんが優しく会話に入ってきた。
「もしかしたら、もしかしてね。なんてね。でもお姉ちゃんも高3だもの、好きな男の子の前では綺麗でいたいでしょ。お風呂だって長くなるわよ」
「えーっ、じゃあアタシも長風呂して、正史くんの風呂上がりを待ってみようかなぁ」
「何言ってんのよ、裕子は。まあお母さんは、2人の娘の味方だからね。それだけは覚えといてね」
とお母さんは意味深な言葉を残して、一旦寝室に行ってくると、リビングを立ち去られた。
ご夫妻の寝室は、1階にあるらしい。
再び井田は裕子と2人になった。
「裕子さん、制服は着替えなかったんだ?」
「うん。どうせお風呂の後はパジャマになるんだし。だからパジャマとパンツとブラだけ持ってきたよ」
「ちょっ、パンツとブラって、そんなストレートに言わなくても…」
井田は顔が赤くなるのが分かった。
「ごめーん、下着って言えば良かった?でも同じ事でしょ。高校生になってもこんな言葉で照れてる正史くん、可愛いよ」
「いっ、いや~、あまり免疫がないからさ…」
「そっかー。だったら、アタシの家で免疫付ければ良いよね。アタシとお姉ちゃんの間では、ブラがどうしたとか、パンツがどうしたとか、毎日言い合ってるよ?」
「そ、そうなんだね…」
「下着の好みも似てるから、間違えないように、この年になってパンツやブラのタグに、油性ペンで名前書いてるんだよ!爆笑でしょ?」
「笑って良いのかどうなのか…」
その内、脱衣場の方からドライヤーの音が聞こえてきた。やっと朝子が風呂から上がり、髪の毛を乾かしているようだ。
「あ、お姉ちゃんが上がっちゃった。も少し正史くんに、きわどい質問してみたかったんだけど、怒られちゃうからな。今の、ブラとパンツに名前書いてる話は、アタシ達だけの秘密にしといてね」
「あっ、うん、分かったよ」
「だから我が家で女物のパンツを見付けたら、まずタグを確認してね。何も書いてないのはお母さんだから」
脱衣場のドアが開き、首にバスタオルを巻いて、髪の毛を拭きながら朝子が現れた。
「裕子!ちょっとパンツがどうのこうのって聞こえたけど、まさか変なことを正史くんに教えてないでしょうね?」
「教えるわけないじゃん。原田家のルールの説明をしてただけだよ」
「なんでそれでパンツが出てくるのよ」
「アタシがパンツがどうしたこうしたなんて言った証拠でもあるの?」
「そんなのないけどさ…」
「じゃ、お姉ちゃんの空耳よ、きっと!アタシ、お風呂入るから。その間に、正史くんと変なことしないようにね」
裕子はそう言うと、脱衣場に向かい、ドアを閉めた。
「本当に裕子は危ないんだから…。正史くん、変な誘惑されなかった?パンツとかブラとか聞こえてきたから、結構慌てて脱衣場から出てきたんだ」
「まず、誘惑はされてないから、そこは大丈夫だよ。パンツとかブラって単語は、俺が余計なこと言ったから裕子さんも合わせてくれただけで…」
「余計なこと?何を言っちゃったの?」
「うーんと、風呂に入る時は下着も替えなきゃいけないから、男はパンツ1枚で済むけど、女子は大変ですね、そんなようなこと」
「あー、それは裕子にしてみたら、恰好の餌が撒かれたと同じだよ。あの子は正史くんとエッチな話がしたくてしょうがないから」
「なっ、ナニソレ!?」
「あはっ、ちょっとからかい気味でゴメンね。要はあの子、最初の彼氏が変な奴だったから、正史くんみたいな礼儀正しい男子が好きなの。あの子の本音なんか、血の繋がってる姉だもん、分かるわよ」
「そ、そうなんだ…」
「で、正史くんの気を引こうと思ったら、ちょっとエッチな話をすれば、正史くんが照れながら応じるから、あの子にはそれが嬉しいの」
「そっかー。じゃあ俺はさ、原田家では裕子さんとは、どう向き合えばいいのかな」
「友達以上恋人未満の範囲でお願い。アタシとは…ね、分かってるよね」
「うん。恋人同士じゃんか」
「良かった!じゃあ再確認させて…」
朝子は目を閉じ、キスをねだってきた。
井田も目を閉じ、朝子の両肩に手を置くと、唇を合わせた。
だが夜のキスは、唇を合わせるだけでは終わらなかった。
朝子が舌を絡ませてくる。井田も朝子の舌を受け入れ、互いに舌を突き合う。
「はあん…」
朝子が我慢していたかのように、艶っぽい声を上げた。
2人はキスを重ねた。
だが裕子が、脱衣場のドアを少し開けて、朝子と井田のキスを眺めていたのは、流石に気付かなかった。
(正史くん…。アタシにもキスしてほしいよ…)
〈次回へ続く〉