【短期集中連載小説】保護者の兄とブラコン妹(第6回)
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「お兄ちゃん、いよいよこんなプリントが来たよ~」
12月を迎え、2人暮らしのリズムも曜日別に掴めてきた。
俺の大学の軽音楽サークルも、11月の大学祭での演奏を成功させ、俺が前から気になっている後輩のサキちゃんと、また距離を縮めることが出来た。
そんな矢先に由美が高校からプリントを持ってきた。
「何々…。『三者懇談のご案内』だって!?ついこの前、俺が母さんと受けたような懇談じゃん。…これに、俺が由美の保護者として、一緒にあの担任の先生と向き合わなきゃいけないの?」
「そう」
「そうって、日時は決まってるの?」
「前の全体のと違って、希望日時を書きこむっぽいよ。その期間中で都合の良い時間帯を選ぶんじゃないかな?」
プリントを見ると、12月18日から21日までの4日間となっている。幸か不幸か時間を空けやすい月曜と水曜が含まれているので、その辺りで予定を確認しておくか…。嫌だけど仕方ない。俺が由美の保護者なんだから。
「ところで由美、年末の部内記録会って、いつ?この期間に掛かる?」
「え?そんな行事のこと、お兄ちゃんに言ったっけ?」
由美は以前俺に、新しい下着のパンツを、水泳部の年末記録会に合わせてプレゼントしろと言っていたのだが、それも含めてすっかり忘れてしまっているのだろうか。だとしたら、そろそろ下着店に行くのにどうしようかと思ってたので、行かないで良いなら助かる…。
「ううん、気のせい、気のせい!今俺が言ったことは忘れて!」
「うーん、なんかお兄ちゃんの態度、怪しいなぁ…。あっ!思い出したよ!お兄ちゃん、アタシがボロボロのパンツばっかりだから新しいの買えって言うから、じゃあ年末の部内記録会前に、勝負パンツをクリスマスプレゼントしてよって頼んだんだった!ありがとう、お兄ちゃん。忘れてた!」
俺は余計な一言を言ってしまった…。
「アタシが明日から期末テスト1週間前の部活禁止期間に入るの。だから毎日早く帰ってくるから、料理と洗濯はアタシがやるよ。その間にお兄ちゃん、大学の帰りとかにアタシの勝負パンツ、買っておいてね」
追い打ちを掛けられてしまった…。
二十歳の男が女性向け下着屋に入るのがどれだけ大変か、由美は想像もしてないだろう。
かと言ってスーパーで売ってるような3枚1000円みたいなのを買っても、逆に由美を怒らせるだろう。
小さいようで大きな悩みが、俺に襲い掛かってきた…。
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「…という訳なんです、先輩」
「そうだったのね。妹さんの面倒を見ながら大学に通うなんて、大変でしょ?しかもサークルもそこそこ動いてるし、伊藤くんはバイトもしてるしね。更にサークルにも可愛い妹がいるし…ねっ」
「えっ、ま、まあ否定はしませんけど…」
俺は大学の軽音楽サークルで同じバンドのリーダー、大谷先輩に、初めて両親が金沢へ転勤で引っ越し、妹とアパートで2人暮らししていることを明かし、その上で女性のパンツはどう買うべきかを相談していた。
「サキちゃんに聞いたら、どうなるかな?」
「こっ、こんなことサキちゃんに聞いたら、一気に幻滅されますよ!」
「セーンパイ!アタシがどうかしましたか?」
なんともタイミングよく、サークルの後輩、サキちゃんこと石橋咲江がサークル室にやって来た。
「あ、サキちゃん、なんでもな…」
「ねえサキちゃん!パンツってどこで買ってる?」
大谷先輩が、女子の特権でか、俺を差し置いて、サキちゃんに唐突に聞いてしまった。
「へぇっ?パ、パンツですか?」
「そうそう。下着のパンツ」
「ええっと、アタシはそんなに凝ってないので、スーパーとかショッピングセンターの下着売場で買ってますよ。よりどり3枚で1000円!とかあったら、飛び付いてます。エヘヘッ」
「えっ、サキちゃんって一人暮らしだったっけ?」
「いえ、実家から通ってます!」
「じゃあ、もう少し下着とかにお金掛けてもいいんじゃないかな?好きな男の子が、もしいるならさ、見えない部分のオシャレみたいな…」
と、大谷先輩は俺の方をチラチラ見ながらサキちゃんに言っている。
「うーん…。アタシはその辺、不得意なので、また先輩方に教わりたいと思います!大谷先輩、教えて下さいね」
俺はそのやり取りを見ながら、ついサキちゃんのパンツはシンプルなのか、と脳内に記憶してしまった。
(あーっ、煩悩に変化してしまった…)
ちなみに大谷先輩は、最近下着に凝るようになったそうだ。ずっといないと言っていた彼氏が出来たのかもしれないな…。
結局由美へのクリスマスプレゼントのパンツは、サークルの帰りにそごう横浜店の中を探し回り、女性下着店を見付けて、彼女へのクリスマスプレゼントだと言い張って3枚買い、ラッピングしてもらった。
店員さんからは、アンダーだけで良いですか?と、暗にブラジャーも勧められたが、サイズがよく分からないので…と逃げてしまった。
実際は由美の衣類を洗濯している内に、ブラジャーのサイズも覚えてしまったのだが、ブラジャーまで買ったらさすがに由美にドン引きされそうなので、止めておいたのだった。
(柄はこんなので良いかな…勝負柄って事で…)
俺自身が新しいのを買えと言いつつ、いざ選ぶ段階になると激しく迷ってしまったのも、良くも悪くも俺の経験値になった…だろう。
「ただいま~」
「お帰り、お兄ちゃん。三者懇談は希望通り、12月18日の4時半になったよ」
サークルと買い物を終えてアパートに帰ったら、台所で夕飯を作っていた由美が話し掛けてきた。
「助かった〜、バイトのない日だから。その日はどう動けばいいの?」
「お兄ちゃんは4時半までにアタシのクラスの前に来てね。アタシは水泳部の練習を抜け出してくるから、クラスの前で合流って形だよ」
「なるほどね。どんなこと聞かれるんかなぁ」
「多分、期末テストの結果や、今後の進路についてだと思う」
「進路!?もう決めないといけないのか?」
「まあ、ね。大まかに文系か理系か就職か…じゃないかな」
「由美は何か考えてる?」
「うーん…。せっかく水泳を頑張ってきたから、水泳部が強い大学に行きたいな…。でもウチの家計を考えると贅沢かな…。って、ちょっと悩み中~」
「そっか…」
由美も明るく言ってはいるが、意外にこれからのことを真剣に考えているのが分かった。
(一度、父さん、母さんに相談しておいた方が良いかもな)
「はい、お兄ちゃん、夕飯出来たよ~。今日は豚肉の生姜焼き定食!1人800円頂きまーす」
「おお、ありがとう」
共用スペースの4畳半部屋のテーブルに、2人分の食事が並べられた。
「最近、ご飯作らせっぱなしで悪いな、由美」
「ううん、テスト前で早く帰れてるから。部活再開したら、また協力し合おうね、お兄ちゃん!」
2人していただきまーすと食べようとしたところに、電話が掛かってきた。
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「あーっ、焼き立ての豚肉がぁ……。もしもし、伊藤です」
俺はオカズに未練を残しつつ電話に出た。すると電話の相手は金沢の母だった。
『正樹?元気にしてる?』
『あっ、母さん。久しぶり。なんとか風邪も引かずに頑張ってるよ』
『そう?なら良かった。ね、由美はいる?』
『うん、いるよ。代わるね』
俺は受話器を由美に向けた。
「由美、母さんだぞ。声を聴きたいって」
「お母さん?なんだろ…っと、もしもーし!お母さん?由美だよ」
滅多に金沢の両親から電話が掛かることは無いのだが、今日はどんな用事だろうか。
『うん、お兄ちゃんと喧嘩?うーん、殆どしてないよ。たまにアタシが洗濯物の干し方とか、風呂の沸かし方とか、お兄ちゃんを指導してるけど』
なんだ、指導って。
『そう。あのね、再来週の月曜日。お兄ちゃん、大学休んで、来てくれるよ。え?まだ分かんないよ~。…へー、金沢に?そうなんだ。うーん、一応選択肢に入れてみるね。うん、ありがとう。おやすみ~』
由美は三者懇談らしきことに触れて、電話を切ってしまった。
「あ、俺もう一度、三者懇談で母さんに聞きたいことあったのに~」
「え?ごめーん、お兄ちゃん。まあまたお兄ちゃんから掛ければいいじゃん」
「まあ、そうだけどさ。由美は母さんから何言われたの?」
「あのね、金沢に、水泳が強い大学があるんだって。由美さえよければ、進路の選択肢として考えてみてって」
「金沢の大学かぁ…」
「そうすれば、お父さんたちの家から通えるからって。でもさ、それって国立の金沢大学なんだよね。国立なんてアタシの頭じゃ追い付かないよ~」
「いや、由美はまだ高2だろ?1年以上あるじゃないか。追い付こうと思えば追い付けないことはないん…じゃない?」
「無理だよ~。だって国立って、2回も試験受けなきゃいけないんでしょ?共通一次…じゃなかった、センター試験とかいうのと、二次試験。アタシの頭は2回も試験を受けれるほど良くないってば」
「うーん、俺も国立は惨敗したからなぁ…。確かに難しいよな」
「でしょ?だからアタシは…今のところ、このままお兄ちゃんと一緒のアパートから通える、アタシでも入れそうで水泳部がそこそこ強い大学を目指そうかな、って思ってるの」
「そうか。今のところ、由美はそんな考えなんだな。俺の大学の水泳部も、結構関東地区大会では上位に行ってるみたいだよ。今度の三者面談で先生に相談してみるか」
「うん。それで先生がどう言うか?だよねー」
由美はご飯をお代りしながら、そう言った。
「台所の後片付けと風呂はやっとくから、由美は期末の勉強しな。もうすぐだろ?」
「うん、明後日からー」
お代りしたご飯を食べながら、由美が言う。
(こんなに毎日沢山食べてるのに、スレンダーなんだもんなぁ。水泳部でどれだけ体力使ってるかってことだよな…)
「ごちそうさまー」
「はい、皿を持ってきて…って、雨が降り出したなぁ」
「え?あ、本当だ。結構強いね。嫌だな、明日の朝までに止まないかな」
「そうだな…。雨降った時さ、洗濯物ってどうしてたっけ?」
「アタシが洗濯担当した日は降ったことがないから分かんない。お兄ちゃん、もしかして雨男?」
「んなアホな。俺だって洗濯担当して雨が降るのは、今日が初めてじゃ」
俺は洗濯機のスイッチを押し、洗濯をスタートさせてから台所の片付けをしていた。うーん、洗い終わったらどうしよう?
洗濯が終わる前に風呂のガスもスイッチを入れた。
12月にもなると、風呂が湧くまで時間がかかる。大体40分は掛かるから、忘れないようにしなくては…。
由美を見ると、既に由美のスペースで期末の勉強をしていた。
その後ろ姿を見ていると、本当に成長したな…と思った。
アパートで2人暮らしを始めた時は、寂しがって甘えたりしてきたが、2ヶ月経った今、甘えてくることはほぼ皆無になった。
俺としては安心なようで、ほんの少し寂しく感じないでもなかった。
洗濯機が洗濯終了だと知らせてくれている。風呂が湧くより、洗濯が早かった。
「ヨイショっと…」
月曜日はそんなに洗濯物の量も多くないので助かる。問題は雨が降り出したので、どこで干すか?だった。
「由美〜」
「ん?何?」
「洗濯物だけどさ、俺と由美のスペースを区切ってあるカーテンレールに干してもいいか?」
「えーっ、そしたら寝る時、カーテン閉めれないじゃん」
「仕方ないだろ。一晩くらい我慢してくれよ」
「うーん、雨だし仕方ないよね。今夜だけだよ」
と由美が答えた瞬間、夜空がピカッと光ったかと思ったら、直ぐにドカーンと大音量が鳴り響いた。
「キャーッ、雷!」
由美は雷が大嫌いだった。耳を手で塞ぎ、目を瞑って俺に飛び付いてきた。
「おっと、大丈夫か?由美…」
「雷、怖い〜。あっ、また光った!キャーッ!」
さっきより近付いてきたようだ。12月の雨で雷が鳴るなんて、珍しい。由美は俺にしがみついたままだ。
由美が雷を凄く怖がるのは、理由がある。
まだ俺も小学校低学年という小さな時に、由美が昼寝していた時、俺に留守番を任せて、母が買い物に出掛けたことがあった。
ところが母が買い物に出た途端、雨が降ってきて、由美は寝ていたからと、俺は母に傘を持っていったのだ。
すぐ追い付いて母に傘を渡し、俺は家に戻ったのだが、その間に雷が鳴り、俺も怖い思いをしながらやっと家に着いたら、由美が激しく泣いていたのだった。
「お兄ちゃん、お兄ちゃーん、怖いよ、怖いよ〜、ワーン!」
「ゴメンね、由美。お兄ちゃん来たから、もう大丈夫だよ」
俺もまだ小さくて雷は恐ろしかったが、妹の由美を守らなきゃ!という気持ちで、ずっと手を繋いで大丈夫、大丈夫、と言い続けた。
それ以来、由美は異常に雷を怖がる。1人で寝ていたら雷が突然鳴った時のトラウマが残っているのだろう…。
今も俺にしがみ付いたままだ。
「大丈夫、大丈夫だよ、由美」
「…うん」
雷はさっきのが一番近かったようで、その後は徐々に遠ざかっていった。しかしその間もずっと由美は俺の背中に隠れるようにしがみ付いていた。
俺は由美が怖がっている間、下に置けばいいのに、何故か洗濯物の入ったカゴをずっと持ったままだったので、腕が疲れていた。
「由美、もう大丈夫だと思うよ。兄ちゃん、洗濯物干していいか?」
「あっ、持ったままだったの?ごめんね。でも下に置けばよかったのに」
「なんかさ、ちょっとでも俺が体を動かしたら由美が怖がりそうで、動けなかったんだ」
「そ、そうだったの?ご、ごめん…」
「じゃ、洗濯物を干すか…。あ!」
「え?どしたのお兄ちゃん」
「風呂!ガス付けっぱなしだよ!」
「わ、アタシ見てくる!」
俺はカゴを床に置き、ハンガー類をカーテンレールに引っ掛けていたら、由美が浴室から
「お兄ちゃーん、お風呂でラーメンが作れるよ!」
俺は苦笑いしながら答えた。
「雷に責任取ってもらわなきゃな」
雷は去っていったが、雨は降り続けている。俺は洗濯物をハンガーに掛け続けた。
「お風呂はまたしばらくお預けだね」
由美は、4畳半の部屋で体育座りして俺が洗濯物を干すのを眺めていた。
「お兄ちゃん…ありがとう」
「え?どうしたの今更」
「雷怖いってお兄ちゃんに抱き付いた時も嫌がらないでくれて、洗濯物もアタシの物の方が多いのに、嫌がらず干してくれて。時には料理も作ってくれて。アタシ、お兄ちゃんの妹で良かった。ありがとう」
「照れること言うなよ。俺だって由美には助けてもらってるんだから。俺こそ、ありがとう」
洗濯物も丁度干し終わった。
「ふー、疲れた。俺は風呂が冷めるのを待つ間、横になりたいから布団敷くよ。由美は勉強続ける?」
「うん、もう少し…」
「じゃあ、もし俺が寝落ちしたら、起こしてくれる?」
「分かったよ!」
俺は真上に洗濯物を眺めるように、布団に横になった。案の定、横になった途端、俺は寝てしまったようだ。
由美はそっと俺に毛布を掛けてくれていた。そして自分の布団も敷くと、あっという間に寝落ちした俺の横で由美自身も横になり、囁いた。
「お兄ちゃん、ありがとう。大好きだよ」
由美はそう囁くと、俺の頬にキスをした。
俺は気付かず、そのまま深く眠り込んでしまった。
「お兄ちゃん、そのままお休み。風呂はアタシが後で入るからね」
由美はこんなに兄、正樹のことが愛しく感じたことは無かった。由美の中に妙な感情が生まれていた…。
<次回へ続く>