小説「15歳の傷痕」63~立候補
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- 恋はみずいろ -
1
クラスマッチ、野球部の応援、そして吹奏楽部同期4人でのナイトプールと、慌ただしい日々が過ぎ、いよいよ1学期も終業式を迎えた。
俺の家にも、どこで住所を把握しているのか分からないが、予備校の夏期講習の案内が頻繁に届くようになっていた。
母は塾に行かないで大丈夫か?と心配してくれるが、期末テストで惨敗を喫したものの、極力予備校や塾には行かずに自力で頑張るつもりだった。
部活はいよいよコンクールに向けて、練習も本格化してきた。夏休みも7月中は午後からだが、8月に入ったら朝から夕方まで練習があり、その途中には毎年恒例の高校内での合宿も3泊4日で組み込まれている。
そんな中、コンクールには出たいと言っていた親友の村山が、正式にコンクール出場は断念する、と福崎先生と新村部長、トランペットのパートリーダー、2年生の赤木留美子に伝えにきた。
「村山、やっぱり無理か?」
俺は帰ろうとする村山を廊下で捕まえて、聞いた。
「ああ、今から復帰するには、ブランクが長すぎるじゃろ。俺が出ると、逆に迷惑を掛けるけぇね。あと親が受験勉強しろって喧しいんじゃ…」
確かに村山は、若本と別れた後、入学式での演奏を最後に、時々部活に顔を出していたものの、練習はほとんどしていなかった。
理由にブランクの長さと受験勉強を挙げていたが、俺は若本と関係が修復出来ていないことも理由の一つだと思っていた。
「ズバリ聞くけど、若本の存在も、理由の中に含まれとる?」
「…お前には隠せないな。入ってる」
「気にせんでいいって言ったのに…。俺が仲直りの仲人してやろうか?」
「ええよ、ええよ!…俺、偉そうなこと言ってたけど、初めてお前の気持ちが本当に分かった気がするよ」
「へ?というと?」
「フラれた相手とそのまま同じ空間にいるってことだよ。変な言い方じゃけど、俺は舟木さんと別れても、別の高校だし、そんなに後遺症はなかったんよ。でも若本は吹奏楽部におるじゃろ?そういう環境、俺は初めてじゃけぇ、どう行動すればいいのか分からんようになった、正直言って。じゃけどお前は、吹奏楽部内に、一時は3人もフラれた相手が同じ空間にいたわけじゃん。なのに裏での苦しみは別として、表面上はいつも変わらず、明るく部を引っ張ってたじゃろ?俺には…出来ん」
村山は一気に喋ると、大きなため息をついた。
「フラれた相手が3人同時に同じ空間にいたって、なんか俺のモテなさのアピールポイントみたいじゃん」
俺は苦笑いしながら返答した。
「まあその3人の内、1人は頑なで、仲直りどころか顔すら合わせてくれないままだけど」
「でも他の2人とは仲直りしたじゃろ?神戸、若本…」
「神戸さんは、逆に村山達のお陰だよ。じゃなきゃ、まだぎこちない関係のままだったろうね」
「でも若本とは、割と早く仲直り出来たじゃろ?それが俺には出来んのよ」
「若本とは…」
俺は回想モードに入った。俺から声を掛けられる訳ではないから…。そうだ、1年生の体験入部スタートの日に、茶目っ気たっぷりで俺に謝ってくれたんだったなぁ。
「まあ、不思議な縁があった、とだけ伝えておくよ」
「そっか。人間、どこで何が起きるかとか、分かんないもんな。俺もいつかは…。まあコンクールは断念したけど、合宿に差し入れしたり、本番も観に行くつもりじゃけぇ、上井、俺の分まで頑張ってくれ」
と村山は俺の肩をポンポンと叩いて、帰って行った。
(…村山にとっての若本って存在は、高校に入ったばかりの頃の、俺にとっての神戸さんみたいなものなんだろうな…。そう考えれば、出来ることなら避けたいよな…)
しばらく俺は廊下で村山の後ろ姿を眺めていたが、1年生の時に一緒に吹奏楽部に入った時のキラキラ感はどこに行ってしまったんだ…と感じた。
2
「明日から夏休みですが、夏休みのようで夏休みではない日々に突入します。今年のコンクールこそ、ゴールド金賞を取れるよう、みんなで力を合わせて頑張りましょう!ではこれで今日の部活は終わりです。お疲れさまでした」
新村がミーティングでこう言い、最後を締めた。
たった1年前のことなのに、俺が陣頭指揮を執っていたのが遥か昔のことのように感じる。
「さて…帰るか」
結局コンクールに出る3年生は、俺、山中、太田、伊東、末田の5人になった。俺だけ帰る方向が他の4人とは真逆だ。村山が出てくれれば夏休みの部活の行き帰りに色々と話せただろうに、と改めて残念に感じた。
1人で下駄箱で靴を履き替えていると、後ろから「ミエハルせんぱーい、ちょっと待っててー!」という声が聞こえた。
聞き覚えのある声だ。
「若本じゃろ?どしたん?」
「先輩、帰り1人でしょ?村山先輩がコンクール不参加になっちゃったから」
「まあね。ボーンの橋本さんも同じ方向ではあるけど、あまり一緒にならないんだよね」
「だからコンクールが終わるまで、アタシと途中まで帰りません?って言うか、帰ろうよ!」
「え?いいの?桧山さんは?」
「フフッ、実は桧山に、彼氏が出来たんですよ!」
「えっ、マジで?」
「そうなんです。なんでも文化祭で、最前列でフルートを吹く桧山に一目惚れしたって、同じクラスの男子から告白されたんですって。だから当分アタシとは一緒に帰れんようになったわー、ごめんねー、だそうで。夏休みも、彼はサッカー部らしいので、時間を合わせて一緒に帰るんですって」
「そんな展開もあるんだ。いいなぁ…」
「ね、いいですよね、青春って…」
そう話しながら、俺は若本とゆっくり歩き始めた。
「あと先輩に報告があります」
「報告?」
俺は楽しい週末を経て、すっかり忘れかけていたが、若本は終業式の日に、森川さんに宣戦布告すると予告していたのだった。
「もしかして、森川さん?」
「そうです。森川のことです」
「結局、なんて言ったの?あの子に…」
「一言一句忠実に再現は出来ないですけど、まず森川に、本当にこのままミエハル先輩のことを嫌いになるつもり?って聞きました」
「…うん」
「そしたら森川は、山田さんといる方がミエハル先輩は楽しそうだったって言うんですよね。クラスマッチのことですよ」
「…うん」
「で、一応ミエハル先輩に確認したけど、山田さんのことは好きとかいう感情は持っていないって言ってたよ、と伝えました」
「…うん、それでどうなったの?」
「これ以上、聞きたいですか?」
「当たり前じゃん!当事者だよ、俺は」
「じゃあいつもの自販機でジュース1本!」
丁度自販機がもうすぐという所まで、歩いてきていた。
「お主、策士じゃのぉ」
「フフッ、ミエハル先輩の下で修行しておりますゆえ…」
俺は好きなの買いな、と100円渡した。若本は珍しくオレンジジュースを買っていた。俺も続けて、缶コーヒーを買った。
「スイマセン先輩、ふざけちゃいましたけど、ありがとうございます。頂きます!」
「気にする金額じゃないよ。暑いしね。そこに座って飲む?」
「そうしましょう、自販機の角を曲がったら、西日が背中を直撃ですから」
そう言って俺たちは、自販機の横のコンクリートの境界線ブロックに座った。
「あー、冷たいのを飲むと、一瞬美味しくて涼しいけど、後から汗が逆襲してくるよね!」
「逆襲って先輩…。相変わらず独特な表現ですね。でも当たってるかも」
俺たちはあっという間に飲み干した。そして若本が続けた。
「ではさっきの話の続きですけど…」
「うん。聞かせて」
「森川に、ミエハル先輩は山田さんを好きとかいう感情はないと確認したよと言った上で、それでもミエハル先輩のことを嫌いになる?どうする?と聞いたんです。そしたら森川は…」
「…うん」
「嫌いになれない、と言いました。しかも泣きながら…」
「……」
「アタシ、ミエハル先輩に言いましたよね、森川が諦めるって言ったら、アタシが立候補するって」
「…前に一緒に帰った時だよね」
「…うん、その時に。アタシは森川が諦めるんならという前提を付けてましたけど、前提を外したんです」
「え?ってことは…」
「森川に、アタシもミエハル先輩が好きだって、言いました」
俺は思わず息を飲んだ。後輩の女子が、俺なんかのことを巡って言葉の応酬をしていたのか…。
「森川は、それでもいい、アタシも諦められないから、と言いました」
「…うん…」
泣きながら若本にそう言った森川さんを想像するだけで、胸が痛む。
「だけどアタシはハンディがある、とも付け加えておきました」
「ハンディ?」
「…コンクールで金賞を取ること、です」
「確かに、そういう前提を言ってくれてたよね」
若本は、コンクールで金賞を取ったら、堂々と俺に告白する、と宣言していた。
「森川は吹奏楽の経験がないから、コンクールで金賞を取ることの難しさとか、よく分かってないですけど、アタシは金賞を逃したら、先輩のことは好きだけど潔く諦める、と森川に宣言しました」
「森川さん、すごい複雑な気持ちになったんじゃない?」
「だと思います。勝手に横取りするとか言っておいて、条件を達成できなかったら譲るって言ってるようなもんですからね」
「それに対して何か返事はあったの?」
「それじゃ、今日からライバルだね、と言ってました」
「ライバルか…」
「部活でほぼ毎日アタシはミエハル先輩に会えるし、一緒に帰れたりしますけど、森川は夏休みの間、ミエハル先輩に会えるチャンスは基本的に無いんです。森川が生徒会の連絡網でも使って、先輩のお宅に電話とか掛けて誘い出したりしない限り…。だから一見アタシが有利なんですけど、アタシはコンクールで金賞という条件を付けました。万年銀賞のウチの高校としては、危険な賭けですよ。そういう点では平等なライバルといえるかもしれません」
「うーん…」
「でもアタシ、絶対金賞取りたいです!金賞最後の一校でもいいから、ダメ金でもいいから、金賞取りたいです!そして先輩に告白したい!これが今のアタシの全て、です」
「もちろん、俺だって高校最後の夏、あえて打楽器からバリトンサックスに戻らせてもらった以上、最高の結果を取りに行くつもりだよ」
「じゃあ先輩、銀賞になることなんて考えてないよね?」
「当たり前じゃん。去年、もう少しで金賞だったんだから、今年は絶対に狙えると思ってるよ」
「アタシの夢、ミエハル先輩に堂々と告白して先輩の彼女になること、叶えたいよ…。金賞目指して頑張ろうね、先輩」
「うん。頑張ろうよ」
強烈な西日も和らいできた。俺と若本は再び歩き始めた。
「先輩、さっき座って話してた時、桧山と彼氏がラブラブで一緒に帰ってったの、見た?」
「え?俺たちが話してる内に、先に帰ってったの?」
「そうなの!それもアタシ達には全然気付かないんだよ~。恋は盲目って、よく言ったもんだよね、先輩!」
「ま、まあね…」
俺は苦笑いしかできなかった。
この夏、どんな夏になるのだろうか…。
<次回へ続く>