小説「15歳の傷痕」59
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<第43回までのまとめ>
― marrakech ―
1
「ミエハル先輩、アタシの気持ちは伝えたけど、今すぐ返事しろとか言わないから。アタシは先輩に対して酷い事をした過去があるから、本当はアタシが告白することすら失礼だと思うから…」
若本も涙が落ち着き、穏やかな表情でそう呟いた。
「…俺は…。若本のことは、正直言って好きだよ。サッパリした性格もだけど、去年フラれた後も、村山との件が無ければ、特に避けようとはしなかったと思うし」
「村山先輩は…、見た目がカッコいいから、アタシも中学の時にこの高校の体育祭を見に来て、一目惚れしたんだけど…。親友のミエハル先輩には悪いけど、もう少し性格もカッコいい人なら良かったかな…なんてね」
「アイツは俺より恋愛経験が豊富なのに、何してんだかって思う時があるよね。俺と同じで不器用なんだよ」
「やっぱり先輩、人間は中身が大事だね。先輩は中身が素敵なのに、気付かない女子が多いんだと思うよ。去年のアタシもそうだけど…。森川も、先輩の中身をよく分かってない時に体育祭で一目惚れしてるから…。だから先輩が山田さんと話したり、親しそうにしただけで、嫌いになろうとしてる。先輩の中身というか、性格を知ってれば大丈夫なのにね。アタシは、ミエハル先輩のことを1年と3ヶ月、その間に空白もあるけど…、先輩の人となりはよく見てきたつもりだから。去年の体育祭の日に先輩が告白してくれた時に、戻れるものなら戻りたいよ」
若本は一気に話すと、肩に置いていた頭を上げ、改めて俺の顔を見た。俺も若本の心中を察し、じっと目を見た。
「先輩、改めて…。好き。好きです。去年はごめんなさい」
「うん、ありがとう。去年のことはもう何も気にしてないから、いいよ」
「…さっき言った通り、先輩への罪滅ぼしのために、すぐ彼女にしてとは言わない。しばらく片思いでいさせてね。それで、もしコンクールで金賞取れたら、アタシはミエハル先輩の彼女になりたい!ね、先輩、コンクールで金賞目指してるよね?」
「当たり前じゃん」
「コンクールでゴールド金賞取れたら、アタシは正式に先輩に告白するからね。金賞取ろう、先輩!」
若本から握手を求められた。当然俺も応じた。
ガッチリ右手同士で握手し、目と目を合わせ、頷き合った。
「ところで、森川さんだけど…」
「森川には、さっきも言った通りのことを言うつもり…。ミエハル先輩は山田さんと付き合おうとかは全く考えてないから、森川の誤解だよ、それでももうミエハル先輩のことを諦めるんなら、アタシがミエハル先輩の彼女に立候補するよ、って」
「そっか…。うん、それで…いいよ」
山中にも、山田さんとのことは誤解だと伝えてくれ、と言ってあるので、整合性は取れている。
ただ若本の場合は、吹奏楽部で喜怒哀楽を共有してきた後輩女子という点が、プラスされるのだ。慰めつつも宣戦布告するような形になる訳である。ある意味女子の怖い点と言えるだろう。
「じゃ、明日はまた日焼けしそうじゃけど、頑張ろうや」
「そうだね。アタシ、これ以上は日焼けしたくないよぉ」
「じゃあさ、冬の制服でガッチリとガードしてコート着て…」
「先輩はアタシを脱水症にさせるつもりですか!」
俺と若本は笑い合った。これからのことを何も考えず、今を楽しく過ごしていた。森川さんの気持ちを、逆に置き去りにしていることに気付かず…。
2
昭和63年7月16日(土)、甲子園の予選となる高校野球広島県大会が開催され、俺の高校は初日の開会式の後、第2試合に登場し、吹奏楽部も練習した応援歌を演奏したが、過去と同じく9回を迎えるまでもなく、7回コールド負けを喫してしまった。
更には応援中、変な中年の男が現れ、試合の様子は全く見ずに、俺達応援側ばかりをオペラグラスで眺めていた。
その様子に1年生の藤田さんが気付き、大きな声で
「先輩、あのオッサン、アタシらのスカートの中、覗いとる!」
と叫んだため、その男は慌てて逃げ、男子部員で捕まえようと追いかけたものの、流石逃げ足が速くあっという間に姿を消した。
女子の中からは、ブルマ穿いてなかったからどうしようという悲鳴みたいな声も上がっていたが、一応逃げる中年男性はカメラは持っていなかったのは確認したので、盗撮はされてないだろうと思い、女子にそう呼び掛けたが…。
「甘いよ、先輩」
と、打楽器の宮田さんが話し掛けてきた。
「え?甘い?」
「うん、ああいう連中って、アタシらのスカートの中を覗くのに必死じゃけぇ、カメラを改造したりしてるんよ」
「な、なんかアネゴ、詳しいそうだね」
「お兄ちゃんがこっそり買ってた本を見たことがあるんじゃけど、靴やボールペンの先端にレンズ入れてて、カメラ本体はズボンのポケットに入れてるとか、プロは凄いらしいから」
「へぇー…」
俺も確かに悲しい男の性で、高校内で女子が無防備に座っていたりしたら、つい何か見えないか目が勝手に反応してしまうが、そんな執念深い奴がいたり、機械を作る人間がいることにビックリした。というか…
「アネゴのお兄ちゃんは、そんなエロ本、どこにでも置きっぱなしなの?」
「うん。だからアタシも知識だけは豊富になっちゃった」
「そ、そう…」
俺は苦笑いするしかなかった。
「じゃあアネゴは今日みたいな日は、ちゃんと防犯対策しとるん?」
「防犯対策?あ、スカートの中?してるよ〜。暑いから本当なら穿きたくないけど、ブルマ穿いてるよ。もっとみんなに教えておけば良かったかもね」
そこに変態発見者の藤田さんがやって来た。
「んもー宮田先輩、そういう情報は教えて下さいよ〜。アタシそんなの無知だから、スカートの中はノーパン…じゃなかった、ノーブルですよ」
「エミちゃん、ノーパンなんて単語言ったら、ミエハル先輩が反応しちゃうよ」
「えっ?俺、悪者?」
藤田さんまで悪乗りして来た。
「ミエハル先輩、今、アタシのスカートの中を想像してませんか?エッチ!」
「な、なんか居心地悪いなぁ」
宮田&藤田コンビはもしかしたら最強なんじゃないか?
俺はバリサクを仕舞いながら、それでもとりあえず1日終わったことにホッとしていた。
そこへチューバを仕舞った山中が、トラックにチューバを載せようとやって来た。
「おう、上井。今日の夕方というか夜、空いとる?」
「ああ、今日の用事はこれだけだから、空いとるよ」
「じゃあ、俺と太田でナタリーのナイタープールに行こうかって言ってるんだけど、一緒に行かん?」
「プール?ああ、いいね〜、暑いし。でもデートを邪魔するような感じにならん?」
「そこはもう一人、女の子を呼んだから大丈夫よ」
と、山中の横からひょっこりと顔を出した太田さんが言った。
「もう一人?じゃあ、なんとか2vs2になるんだ。でも俺が知ってる女子?」
「もちろんよ。さっき電話して、OKもらったから」
「電話して…?となると、今ここにいない吹奏楽部員?」
「そう。ミエハル、誰か知りたい?」
「なんだろ、誰だろ…。教えてよ、ダメ?」
太田さんは山中の顔を見て、言っちゃう?秘密にしとく?みたいな小声のやり取りをしていたが、山中が言っちゃえよと言ったようだ。太田さんが俺の顔を見て、こう告げた。
「あのね、来てくれる女の子は、神戸さん。ビックリした?」
「えっ?神戸さん?神戸千賀子?」
俺は驚いた。まさか大村抜きで、2vs2のグループデートらしき誘いに乗るとは思わなかった。
「大村は?」
「敢えて呼ばんかったんよ」
今度は山中が答えた。
「上井と神戸さんって、結局中学時代にトラブって、スッキリしないままじゃろ?」
そうだ、俺と神戸さんが和解したことは、吹奏楽部の中では、強いて言えば村山以外に誰も知らないことに、今更気が付いた。
だから吹奏楽部員で、俺と神戸さんの確執を知っている2年生と3年生の部員は、今もそのままの状態が続いていると思っている。
これは山中と太田さんによる、神戸さんと俺を仲直りさせようという計画なんだ…と思い、俺は逆にその好意を無駄にしては失礼だと思い、そのままその話に乗ることにした。
「ま、まあ、業務的な会話はしてたけどね」
山中はその俺の返答に対して、
「じゃろ?ギクシャクしたまんまなのは傍目から見てもよく分かったし、文化祭の時でさえ一言も会話せんかったじゃん。じゃけぇ、太田と話してさ、俺と太田の間の誤解を解くのにお前に助けてもらったけぇ、俺らの代の最大の懸案事項を解決するのに、ちょっと首を突っ込もうかなと思ってさ」
と言った。そして山中は小声になって、俺に耳打ちするように、
「そしたら、森川さんとも上手くいくかもって思ったんよ」
と、付け加えて来た。
「森川さんと?」
「ああ。お前って、結局中学3年生の時に神戸さんにフラれた傷が治らないままじゃろ。だからなかなか高校でも古傷のせいか、恋愛に恵まれてない、そんな気がするんよ。だから古傷治しちゃえって。太田も同じ意見なんよ」
「悪いな、色々気を使ってもらって…」
俺はなかなか複雑な心境になったが、とりあえず今日の夕方の待ち合わせ時間、場所を確認した。
「太田さんもゴメンね」
「ううん、アタシもチカちゃんに会えるの久しぶりじゃけぇ、楽しみなんよ。せっかくだもん、みんなで楽しく過ごそうよ」
野球部の応援は現地集合、現地解散だった。楽器運搬部隊は、トラックと福崎先生の車に分乗して、高校へと向かって出発していった。
(先ずは一旦帰るか…)
殆ど同じ方向へと帰る部員ばかりだったが、俺は1人になりたくて、しばらく球場の木陰のベンチに座り、時間を潰した。
山中の思い、若本の思いもだし、クラスメイトの大谷さんの思いもある。更に、直接本人とは接触していないが森川さんの思いはどうなんだろう…。
その他にも多くの仲間が俺のために色々考えたり、動いたりしてくれている…。
ありがたくもあり、どう動けばよいか、俺は頭の中が整理できていないと実感した。少し頭を冷やさないと…。
<次回へ続く>