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小説「15歳の傷痕」-2

ー 卒 業 ー

俺、上井純一は、半年間付き合った彼女、神戸千賀子にフラレてから2週間が経った頃、滑り止めながら私立高校の受験が迫ってきたため、やっと無気力な毎日から、自宅に帰ってからも受験勉強をするようになった。

その高校の入試日は、なんとバレンタインデー当日、2月14日だった。

しかもその高校は、俺と同じ中学校からも3年生の半分以上が受験する、ある意味で滑り止めの名門的な私立高校だった。
そのため2月14日は、3年生は臨時休校措置が取られる程だ。

バレンタインデー当日が休みということで、男子にチョコレートを上げたい女子は、前日に意中の男子に上げているようだった。

俺はついこの前までは、初めてバレンタインデーに本命チョコをもらえる💖と思っていたが、その夢も消え💔、まさか今更チョコをくれる女子なんか義理でもいる訳がないと思い、バレンタインデー前日はとっとと帰宅して、翌日の受験に備えようと思っていた。

すると担任の竹吉先生が、帰ろうとしていた俺を呼び止め、職員室に招いた。

「なんですか、先生」

「あまり答えたくないかもしれんが…、お前、フラレたんか?」

先生からのストレートな質問だった。俺は先生の質問に驚きつつ、

「はっ、はい。フラレました…。でも先生、どうして知ってるんですか?」

「そりゃあ、お前と神戸のクラスでの様子を見てりゃ、一目瞭然よ。神戸はお前には悪いけど前よりもイキイキしとるし、お前自身は…こんな言い方してごめんな、でも死んでるような毎日だし」

先生は完全にお見通しだ。俺は苦笑いするしかなかった。

「俺が心配なのは、明日の受験だよ。明日の私立高校は、まあお前の普段の実力なら大丈夫だけど、そんな直前に失恋して、精神的に大丈夫か?」

「まあ、昨日からやっと少し生き帰りまして…」

先生もそうか、と言いながら聞いてくれた。

「だから、明日は何とかいけるとは思います…って、あれ?俺、教室に忘れ物して来ました」

カバンの中を探しても、今日配布された明日の予定表が見当たらなかった。

「何か忘れたんか?」

「明日の受験生用の日程表です。机に入れたままだった~。教室に取りに行ってから、帰ります」

「おお、分かったぞ。まあ精神的には何とか大丈夫そうだな。ちょっと安心したよ。明日はリラックスして受けて来いや。それと…」

それと?

「お前、この先の人生で、まだまだ沢山の女子に出会うぞ。高校に入ったら今までの嫌なことを忘れて、新しいミエハルになれよ!神戸を見返してやれ!応援しとるから」

「はい、ありがとうございます。俺のプライベートまで心配してくれて、スイマセン」

俺は先生に頭を下げて、慌てて教室に駆け上がり、明日の高校受験生用の日程が書かれたプリントを机から取って、帰ろうとした。

「ん?」

その時、俺のクラスに入ろうとして、俺がいることを見付けたからか、サッと逃げた影があった。

急いで廊下に出てみたが、人影は見えない。

だが不穏な雰囲気を感じ、俺は渡り廊下の柱の影に隠れ、俺のクラスの方を見続けた。

「!!!」

神戸千賀子だった。

周りを確認しながら、教室に誰もいないのを確認して、中へと入った。

しばらくしたら、同じクラスの真崎洋次が教室に入っていった。

(えっ、ええっ!?なんで?)

俺は必死に聞き耳をたてた。

『チョコはミエハルに上げんでもええんか?なんで俺に?』

『上井君と喋れなくて悩んでた時に、真崎君が、アタシに味方してくれたお返し…。でも、義理じゃないよ。本命だよ』

『本命って…ミエハルとは別れたんか?』

『うん。ちょっとアタシには許せないことを言われて…。でも、上井君とちゃんと別れる前から、真崎君にアタシの心は移ってたの』

『だから最近、ミエハル、全然元気が無いんか…』

『アタシもちょっと罪悪感はあるの。でも女の子の気持ちを分かってくれない上井君とは、もう無理って思ったの。そこに真崎君がスーッと現れたんだよ』

『チョコ、もらってもええんかのぉ。ミエハルに悪いなぁ』

『アタシと真崎君、二人だけの秘密にしとけば大丈夫よ。アタシの気持ち、受け取って…』

『うん。受け取る。どうする?こんな時期だけど、俺達、今日から付き合う?』

『真崎君さえ良ければ…』

『じゃあミエハルには悪いけど、俺が神戸さんの本命チョコを受け取ったってことで、付き合おうか』

『本当?良かった、嬉しい!』

『とりあえず、一緒に帰ろうか』

『うん。帰ろう、真崎君』

二人はそうやり取りして、一緒に下駄箱へと向かって行った。

俺は渡り廊下の柱の陰でこの会話を聞きながら、怒りと悔しさと情けなさから、座り込んで唇を噛み締め、溢れる涙を学ランの袖で拭っていた。

(俺も悪かったけど、なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだっ…!なんで女ってこんな早く気持ちが変わるんだ!)

時にして夕方4時過ぎだった。きっと神戸さんは4時に教室へ来て、とか言って、真崎を呼び出したんだろう。

確かに3学期になってからの班で、2人は一緒の班だった。

3学期になってからどうも神戸さんと喋りにくくなってしまったのは、そのせいもある。

その裏で俺みたいな優柔不断な軟弱男より、硬派な真崎に心が移るのも仕方ないだろう。

だからと言って、偶々現場に居合わせたからすぐに分かったけど、こんな直ぐに他の男に告白するような、馬鹿にされた仕打ちを受けてたまるもんか!

俺は、神戸千賀子は一生の敵、この先の人生で何があっても、絶対に喋らないと心に決め、まだ心の中にあった未練を捨て、その日の夜から猛烈に受験勉強を再開した。

まずは明日の滑り止めの私立高校を、確実に合格せねばならない。

と言いつつ、約2週間、何もする気力がなく使っていなかった頭を突然使い始めたからか、昼間に色々ありすぎたせいか、その日の夜は勉強し始めたもののすぐにダウンし、眠ってしまった。


私立高校には無事に合格したが、次は本命の公立高校受験が待っていた。

不幸なことに、俺と神戸が付き合っていた頃に公立の志望校を同じ高校にしようと決め、願書まで既に出してあったものだから、一緒の高校を受験することになる。

ここで俺だけが落ちて、神戸は合格というシナリオだけは絶対に避けなきゃいけない。

親友の村山も同じ高校を受けることになっていたので、お互いに励ましあいながら苦手な分野を教えあったりした。

放課後、勉強しながら村山が聞いてきた。

「こんな時にお前に聞いていいか分からんけど、神戸が、真崎のヨウちゃんと2人で帰ってたで。もしかしたらお前から真崎のヨウちゃんに乗り換えたんかなぁ…」

「ああ、その話なら、俺、現場にいたから誰よりも早く知ってるよ」

「現場?」

村山に、2月13日に見聞きした光景について話すと、神戸とは家族ぐるみで交流のある村山も、流石に怒ってくれた。

「なんやそれ、ありえへんって!俺はたまたま別れの手紙のメッセンジャーになってしまったけど、何があってもお前の味方やけん、見返したろーぜ」

親友の言葉は心強い。俺の負けん気がますますヒートアップしていった。


さて本命の公立高校の入試は3月12日、13日の2日間だが、何故か中学校の卒業式は入試前の3月10日に設定されていた。
そして合格発表は、3月17日である。

例年、広島県の3月の日程はその順番なので、おかしいよな?と、いつもみんなで言っていたが、結局俺たちの年もその変な日程で行事が行われていった。

まずは俺たちの卒業式だ。

卒業式自体は感動的で、俺も思い切り校歌を歌い、確実に進路が別になってしまう友人と別れを惜しみ、吹奏楽部の後輩からも泣き笑いのエールを送られ、特に2年生の女子からは握手を沢山求められた。その時だけは、モテている錯覚に陥ってしまった。

その後、卒業生、先生方、在校生入り乱れて無礼講となり、女子が好きな男子の学ランのボタンをもらいに走り回っていた。

親友の村山もモテモテで、学ランのボタンが全部なくなっていくのを、俺は眺めていた。

一方で俺はというと全くモテず、同級生からも後輩からもボタンをねだられることもなく、中庭に同じクラスの友人達と座って、ボーッと盛り上がっている現場を眺めていた。

その中、神戸が真崎と腕を組んで写真を撮っているのが見えた。いたたまれなかったが、俺の隣にいた同じクラスの本橋君は
「あれ?神戸さんって上井君と付き合ってたんじゃなかったっけ?」
と、素直な疑問を投げかけてくれた。

1月にフラれたんよ…と言うと、そっか、ごめんねと言ってくれたが、本橋君は何も悪くない。

だがこのままここにいても惨めなだけだし、帰ろうか…と思った瞬間だ。

「せっ、先輩!ミエハル先輩っ!」

と声を掛けてくれた女子がいた。

「あっ、福本さん。どうしたの?」

吹奏楽部の後輩で、1年生でホルンを吹いている福本朋子という女の子だ。いつも元気で、俺の住んでいる社宅の隣の棟に住んでいる、ご近所さんでもある。

「先輩の制服のボタン、下さい!」

「えっ?俺なんかのボタンでいいの?」

「はい!」

福本さんは思い切り頷きながら、返事をしてくれた。俺の周りにいたクラスメイトが、オーッとか、やるじゃん!とか声を掛けてくれた。神戸&真崎にイチャイチャぶりを見せ付けられて落ち込んでいた俺に突然現れた天使のように見えた。

「じゃあちょっと待ってね、せっかくだから第2ボタンを上げるね。えーっと、ボタンは裏から外して、と…どうやればいいのかな…」

「えーっ、第2ボタンもらえるんですか?!」

「うん。上げる予定がないから。はい、第2ボタン。大切に持っててくれたら嬉しいな」

その言葉を言った瞬間、福本さんは不思議そうな顔をした。そうか、吹奏楽部の後輩達も、俺がフラれたことは知らないんだ…。

「先輩、ありがとうございます!大切にします!」

福本さんは顔を真っ赤にして、俺の第2ボタンを握りしめ、友達の所へ戻っていった。友達からは、キャーキャー言われて、喜んでいるみたいだ。

俺はそれを契機に、3年間通った中学校から帰ることにした。

転校してきた時も1人だったが、卒業後に帰宅する時も1人か~。

とりあえずその日は本番の公立入試に向けて体を休めようと思った。

・・・だがなかなか寝付けない。

色々なことを考えていると、睡魔がやって来てくれないのだ。

ちょっと散歩してくる、と言って外に出てみた。

夜空が澄んでいて、星がよく見える。こんな夜空を彼女と見れたら嬉しいだろうなぁ…。未練はないとか言っても、心のどこかに神戸千賀子っていうのは存在し続けるのかなぁ。

社宅の周りを一周して戻ると、郵便受けに手紙が入っていた。

「あれ?さっきもあったかなどうかな?」

取り出してみたら、福本朋子より、と書いてあった。

(え?福本さんから?なんだろ、ボタンのお礼かな)

俺は急いで部屋に戻り、封筒を開けて食い入るように手紙を読んだ。

《Dear ミエハル先輩。ご卒業おめでとうございます♡今日は大事な先輩の第2ボタンをもらえて、とっても嬉しかったです!一生の宝ものにします!
ところで先輩に質問です。もしかしたら、神戸先輩とは、もうお付き合いされてないんですか?先輩の第2ボタンをもらえてとても嬉しかったですけど、本当なら先輩の第2ボタンは、神戸先輩に上げるんじゃなかったのかなと思って、心配になりました。
それとアタシ、実は豊橋に引っ越すことになりました。なので、本当なら先輩に言われた通り、吹奏楽部で後輩を教えなくちゃいけないのに、出来なくなりました。ゴメンナサイ。でも豊橋の中学校でも、吹奏楽部があったら、絶対に入ります!
最後に、アタシが今日本当は直接言いたかったけど、言えなかったことを書きます。
ミエハル先輩、大好きでした💗アタシの初恋相手がミエハル先輩でよかったです。
高校受験、頑張って下さい!》

俺は、惨めにフラレた一方で、こんなに俺のことを思ってくれる後輩がいたことに驚きつつ、感激で涙が溢れてきた。

いつ豊橋に行ってしまうのか分からないが、俺は今すぐに返事を書かなきゃいけない!と思い、勉強より先に、福本さんへの返事を書き、かなり夜更けではあったが、そのまま隣の棟の福本家の郵便受けに投函しに行った。

返事が来るかどうかは分からない。でも、高校受験に向けて、間違いなくエネルギーをくれた。

最後まで、期待を裏切らない先輩でいなくては!頑張らなくちゃ!

<次回へ続く>

【参考】スピンオフ小説「憧れの初恋相手、M先輩」

本編の後半部分がリンクしています。

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