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小説「15歳の傷痕」46

<前回はコチラ>

― TATTOO ―
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「あとは頼んだよ〜」

そう太田さんが、若本とすれ違いざまに声を掛けていた。

「はい、すいません、太田先輩」

若本は小走りに、俺の座っているベンチへとやって来た。

「ミエハル先輩!バリサクでコンクールに出て下さるんですね。良かったです…。ありがとうございます」

と、立ったままお辞儀をするので、とりあえず座りなよ、と俺は、ベンチに若本さんを座らせた。

「すいません、どうやらアタシが一番遅く、ミエハル先輩の決断を知ったようで…」

「いや、なんか忙しかったんじゃろ?太田さんからはサックスは1年生は来とるけど、2年の2人はまだ来てないって聞いたし」

「はい…。6限目が体育だったんですよ。それでクラスマッチが近いからってみんな張り切っちゃって、チャイムが鳴ってもなかなか終わらなくて…」

「6限目の体育は、終わりがなかなか締まらんよね、確かに。体育が好きな連中は何時まででもやってるし、俺なんかは体育苦手だから、早く上がりたいし」

「ですよね。だからアタシ、そして森川は、数分前までブルマ姿だったんですよ。気になります?」

「ちょっ、またブルマの話で俺を戸惑わせるんだから、若本は」

「いや、先輩が好きかと思って」

「今はブルマじゃなくて、バリサクの話でしょ、バリサク」

「んもー、ミエハル先輩、ノリが悪いなぁ。でもそうでしたね。優先すべきはバリサクの話でした」

和解後は、俺に接する時には変わらず小悪魔モードの若本に安心しつつ、バリサクを奪う形になることを侘びた。

「でもミエハル先輩の原点でしょ?アタシ、去年のコンクールからずっとバリサク吹かせてもらって、アンコンも定演も総文も、一通り経験出来たし。ミエハル先輩にコンクールで思い切り吹いてもらって、2学期の体育祭からまたバリサクに戻るつもりだから、大丈夫だよ」

一気に若本は喋った。俺にはそう喋ることで、自分を納得させようとしている部分があるようにも見えた。

「ところでさ、俺にバリサク復帰してって話さ、全部若本から聞いてるけど、他のサックスパートのみんなはどうなのかな。納得しとる?出河なんか特に…」

「アタシはこの話を総文で先輩に持ち掛ける前に、出河には相談してるんだよ。だから大丈夫」

「そうなん?実際今まで忙しくて、吹奏楽部の部員とは殆ど喋っとらんのよ。出河ともいつ会話したやら…?だしね」

「前に先輩に言ったと思うけど、先輩がバリサクで出てくれたら、出河はソプラノサックスを吹くって言ってるの。課題曲にも自由曲にもソプラノがあるから、アルトとの持ち替えとかじゃなくて、ソプラノ専任で吹けるようになるって言ってたから、大丈夫よ、先輩」

「でも文化祭には出なかったけど、コンクールには出るっていう末田さんと伊東もおるじゃん。1年生含めたらかなりの編成にならない?」

「確かにね。でも丁度収まるから大丈夫だよ。ソプラノが出河で、アルトの1stに末田先輩と1年の政本君、アルトの2ndにアタシと1年の倉本さん、テナーに伊東先輩と1年の伊藤さん。あっ、テナーはイトウコンビだ。そしてバリサクにミエハル先輩、という布陣になる予定で、出河と話してるから。万一、末田先輩や伊東先輩が出れなくなっても、何とかなるようにしてるよ」

「そっか、1年生は3人なんじゃね」

「うん、4人だったけど、1人辞めちゃったから。逆に言うと、ミエハル先輩は去年に続いて、またも辞めた1年生の穴を埋めるような感じだけど」

「うーん、なんか妙な気分だな…」

「とりあえずさ、音楽室に戻らない?改めてサックスで1年生相手に、バリサクがちゃんと吹けるんだ!って見せつけてやってよ、先輩」

若本は少しベンチでの俺との距離を詰めて、そう言った。俺は妙なドキドキに襲われていた。前回、若本と屋上のベンチで会話した時は、太もも同士がくっ付くほど密着して、キス寸前まで行ったからだ。

そうならないように、俺は先にベンチから立ち上がった。

「よし、そろそろ戻ろうか。出河とも話したいし、1年のみんなに自己紹介しなきゃいかんしね」

「そ、そうだよね、結構先輩は長いこと屋上にいたもんね」

「うん。3人の女子と立て続けに話せたなんて、歴史的事件かもしれん」

「またそんな大袈裟なんだから~」

「いや、やっぱり…ね。恋愛恐怖症だしさ、俺は。さ、行こうよ」

俺は若本より先に音楽室へと向かった。

若本は後ろから、俺が発した「恋愛恐怖症」という言葉に、ふと半年前に俺をフッた責任を感じてしまったのか、やや足取り重く付いてきていた。


「ミエハル先輩、待ってましたよ。バリサクは1年ぶりくらいになりますか?」

音楽室に戻ると、出河が出迎えてくれた。

「おぉ、遅くなってごめんね。そうじゃね、去年の文化祭以来になるけぇ、そんなもんだよね」

「じゃあまずリハビリから始めますか!」

「ジジイかよ、俺は!でもまあ、1年のブランクはあるし、ちょっと不安…いや、かなり不安だよな」

そこに後からゆっくりと歩いてきた若本も加わった。

「バリサクは、とりあえず楽器倉庫から出してあります。今日はサックスは、3階の廊下が練習場所なんで、1年生は先に行ってますけど、俺らも行きましょう」

「さ、先輩、行こうよ」

「OK。さて…おっ、重たい…。こんな重かったっけ?」

「久々に地球に帰ってきた人ですか!打楽器のティンパニとかはもっと重たくなかったですか?」

「ティンパニはコロコロが付いとるもん、運ぶのは楽なんよ~」

俺はバリサクのケースを必死に持って、出河と若本の後に付いていった。
そして3階の廊下に着くと、既に練習を開始していた1年生が練習を止めて、俺を出迎えてくれた。

「ミエハル先輩、お世話になります!」

まずそう言ってくれたのは、1年生のリーダー的存在、政本だった。続けて女子の倉本、伊藤がよろしくお願いします、と挨拶してくれた。

「こちらこそよろしくお願いします。なんか緊張するね、打楽器にずっとおったけぇ…」

と、俺は1年生、特に不思議そうに見ている女子2名を前に、本当に緊張していた。

「先輩がバリサク吹くのが1年ぶりで、バリトンに限らずサックスに触れるのも半年ぶりだよね?」

若本が助け舟を出してくれた。アンコンでソプラノを吹いたこともあるんだよ~と1年生3人に説明してくれていて、1年生は凄い!と言ってくれている。

「今日は他の3年2名は来とらんのかな?」

「うーん、なかなかピシッと揃わないですね。逆にミエハル先輩が休んでた先週、両先輩は1回だけ来てくれましたけど」

「そうなんじゃ。まあ末田さんは同じクラスじゃけぇ、声を掛けやすいけど、伊東は遠いクラスだからなぁ」

「ま、何だかんだ言っても本番には間に合わせてくれるのが伊東先輩なんで、心配はしてないんですけどね」

俺はバリサクの準備をしながら、2年生2人と会話していた。
久々にリードをマウスピースに合わせる。数ミリ単位で音が違ってくるから、慎重に合わせる。ネックにマウスをはめ、更に本体にネックをはめると、1年ぶりのバリトンサックスが完成した。

ストラップを首に巻き、バリトンサックスを当てはめ、微調整をして体に合わせてから、俺は1年ぶりにバリサクに息を吹き込んだ。

「わっ、先輩、いきなり低いドですか!凄い、一発で出ましたね!」

若本が驚きつつ褒めてくれた。ソプラノの準備をしていた出河も、実は隠れて休みの日にバリサク吹きに来てたんじゃないですか~とかお世辞を言ってくれる。
1年生3人は、ドラムやティンパニを叩いている姿しか見たことのない俺が、一発でバリサクの低いドを吹いたことに驚いていた。

「ミエハル先輩、楽器なら何でも出来るんじゃないですか?」

政本がそうやって持ち上げてくれる。

「とんでもない、金管楽器なんて全然吹けないし、打楽器もシロフォンとかの鍵盤系はNGだし」

「でっ、でも、文化祭で、体育館をドラムで熱狂させてたミエハル先輩が、今ここでバリトンサックスを吹いてるって、なんか信じられないです」

次は1年生の女子、倉本が信じられないものを見た!とばかりに俺に話し掛けてくれた。

「まあ1年のみんなには初めて見る光景じゃろうしね。一応、去年の今頃までは中学からずっとバリサクじゃったんよ」

俺は一応運指を覚えてるかの確認の意味も含めて、一番低いドから、2オクターブ上のドまで、間に#や♭で半音ずつずらしながら、全音階往復してみた。何とか体で覚えたからか、指はすべての音階のキーを覚えていた。

「おぉー、凄い!本当にミエハル先輩はバリサク吹けるんですね!」

1年生が何となく憧れのような目で見てくれたので、逆に恥ずかしくなってしまったが、1年のブランクがあっても無事に吹けそうだという手応えを掴めたのは大きかった。

「先輩、バッチリじゃないですか。じゃあ、コンクールの楽譜をお渡しします。少しアタシが書いちゃった注意点がありますけど、気にしないで下さいね」

若本は課題曲と自由曲の楽譜をくれ、新たに倉本さんから、アルト2ndの楽譜をコピーしたものをもらっていた。

「今日はもう残り時間も少ないけぇ、ミエハル先輩は勘を取り戻してもらって、俺もソプラノ正式デビューじゃけぇ、感覚を掴みたいから、あと30分フリー練習!」

出河がパートリーダーらしく、かつ副部長らしく、場を仕切ってくれている。ヤンチャで手古摺った去年とは別人のようだ。

俺は椅子に座って、メトロノームを借り、ロングトーンから練習を再開した。打楽器では肺活量はそれほど気にしなくても良かったが、サックス、特にバリトンになると、肺活量がモノを言うからだ。基礎練習からまたしっかりやらなくては…。


久々にサックスの一員として部活に臨んだ後は、緊張もあったからかミーティング時にはドッと疲れが出てしまった。

今日来ていた3年生は、俺以外はクラリネットの太田さんだけだった。必然的にミーティング時、3年生同士で横に並んで座った。

「ミエハルのバリサクの音、聞こえたよ~。いつ以来?」

太田さんが話し掛けてくれた。

「去年の文化祭直後から吹いてないけぇ、ほぼ1年ぶり」

「1年も吹いてなかったっけ?」

「ああ、アンコンで1回サックスに出戻ったから、そう思うかもね。アンコンはソプラノだったからさ」

「アンコンはバリサクじゃなかったっけ?アタシ、自分のクラで精一杯だったから、他のパート、よう覚えとらんのよね」

「今度のコンクールでは出河が吹くけど、半年前は誰もソプラノを吹きたがらなくてさ。止む無く福崎先生裁定で自分が一時的にサックスに戻ったんよね」

「ふーん。本当に去年のミエハルって、誰かの後始末というか、尻拭いというか、大変な部分を背負ってばかりだったんじゃね」

「そんな大袈裟なもんでもないけど…。それよりプライベートが傷だらけの方が、精神的にはキツかったかなぁ」

「そっか。確かアンコンの時って、村山君と若本さんが付き合っとるのを、目の前で見せられたんだよね?」

「まあ、今は昔話になっとるけど、その場面を見た時は地獄に落ちたような気持ちになったもんね」

「辛い思いばかりしてるのに、彼女とかなんで出来ないの?」

「それは俺が知りたいよ!ってまあもうね、俺は女の子のことを好きになっちゃいけない運命なんだと思ってるし、恋愛恐怖症でもあるから…」

「…さっきアタシが屋上で言ったこと、傷付いた?傷付いたよね?ごめんね、恋愛感情抜きなら好きとか言って」

「もう、大丈夫だよ。傷付く免疫は出来てるから」

そんなことをヒソヒソと話していたら、いつの間にかミーティングは終わっていて、少しずつ部員が帰り始めていた。

「両先輩、お話は尽きないと思うんですが、そろそろ音楽室を閉めたいので…」

と新村が神妙な面持ちで話し掛けてきた。

「ごめんごめん、隠居の身分で。今帰るから」

下駄箱まで俺は太田さんと話しながら歩き、下駄箱で別れた。

「太田さんと話してると安心するよ。じゃあまた明日ね」

「アタシも。じゃあね、ミエハル。また明日~」

先に太田さんを見送り、俺はゆっくりと学校を後にした。

(ところで村山や山中はコンクールに出ないのか?)

先週一週間を丸々休んでしまったからハッキリとは分からないが、山中にも最近会っていないので、本当にコンクールに出るつもりなのか、一度聞いておかないといけない。村山も一緒に竹吉先生の家へ行ったものの、コンクールに出るかどうかという話はしなかった。

(山中はもしかしたら太田さんとの関係が影響してるんかのぉ…。村山は若本…。恋愛の後始末って面倒じゃなぁ…。って、俺だってやっと2年半掛けて中3の失恋の穴を埋めたばかりじゃないか…)

俺はゆっくりと歩きながら、部内の人間関係に思いを巡らせていた。

そして校門から出ようとした時、

「ミエハル先輩!」

と女子の声で呼び止められた。先輩と呼ぶからには、1年生か2年生だろうが、一体誰だ・・・?

<次回へ続く>


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