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小説「年下の男の子」-17

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第18章-3「5月3日」

「じゃあ、リンクにはここから入るよ。大丈夫?小谷さん」

「うん、やっとこさ歩いてるだけだけど」

「ゆっくりでいいからね」

井田と小谷のペアが一番最初に、スケート場のリンクに入った。小谷はずっと井田のシャツの裾を摘んでいた。
残る山村&山田と、森田&燈中ペアは、まだ貸靴の紐を結んでいる状態だった。
山田に言われたのは、2時間限定プランとのことなので、1時から3時まで、ということになる。
その間にどれだけ楽しめるだろうか…

「小谷さん、長めだけどスカートだから、転ぶ時は気を付けて転んでね」

「うん、一応アイススケートって聞いてたから、転んでもいいように、中にはブルマ穿いてきたんだけど、アタシが転びそうになったら、視線を外してね!」

と小谷は井田に掴まったまま、答えた。井田はその言い方に、ちょっとウケてしまった。

「じゃあとりあえず棒に掴まってもらって、俺もカッコよく滑れるわけじゃないけど、ちょっと滑ってみるから見ててね」

「うん、分かった!」

小谷はリンクの壁にあるつかまり棒に必死に掴まって、井田が滑るのを見ていた。
井田はとりあえず小谷の近くで、スーッと軽く2週ほど滑ってみせた。

「わー、井田くん、かっこいい♪どうしたらそんなに滑れるの?」

「いや、こんなのは水泳や自転車と同じで、体で覚えるしかないんだよね。じゃあまず、歩けるようにしてみよっか。俺の手に掴まって」

井田は両手を小谷に差し出した。小谷は井田の両手を掴んだ。

「どう?ちょっと前に歩けるかな?」

「うん、頑張ってみる」

小谷は前へ進もうと、右足を前に出したが、その瞬間にバランスを崩し、1回目の転倒をしてしまった。

「痛ーいっ!」

その瞬間、井田は小谷との約束を守って、小谷から視線を外した。そして視線を小谷から外したまま、

「ゴメンゴメン、俺がもっとしっかり小谷さんの手を握ってなきゃいけなかったね。立てる?」

「うん、ヨッコイショ…。また井田くんの手を掴んでもいい?」

「もちろん。さ、掴まって」

小谷が立ったと実感した時に、井田は逸らしていた視線を小谷に戻した。

「井田くん…あの……」

小谷は顔を赤くしながら言った。

「何?」

「アタシが転んだ時、視線を外してくれてありがとう。約束守ってくれる男の子、初めてだったから…」

今度は井田が顔を赤くしてしまった。

「えっ、だって、約束は約束じゃん。守るのは当たり前…」

「きっとアタシ、不格好に転んだから、ブルマ穿いてるとはいえ、スカートの中が見えてたと思うの。やっぱりそんなの見られるの、恥ずかしいから…」

2人してリンクのやや真ん中よりで、両手を繋いで顔を真っ赤にしてしまった。

「ヒューヒュー、熱いね、お2人さん!」

と、燈中を狙っている山村が、山田と一緒に横を通り過ぎ、井田の肩を軽く叩いていった。

「ちょっ、そんなんじゃないって!小谷さんに迷惑だろ!」

「…アタシ、迷惑じゃないよ?」

「って、えっ?」

「ううん、何でもない!今聞いたことは忘れてね。アタシのスケートのコーチ、よろしく!」

「うっ、うん」

井田は何かしらモヤッとしたまま、小谷にスケートを教え始めた。

「足はちょっと広げて、ハの字で立ってみようか」

「うん。こんな感じ?」

「そうそう、体勢はいいよ。そのまま歩くためには、単に右足を前に踏み出すんじゃなくて、左足を踏ん張って、右足を右斜め前に軽く滑らすようにすればいいんだ」

「こ、こうかな…」

小谷は右足を少し右斜め前に滑らすことに成功した。だが左足がそのままだった。

「い、井田くん、足が裂ける~」

「小谷さん、左足も右足に追い付かせて!」

「ヨイショッ。あっ、転ぶ!」

デーンと、小谷は2回目の転倒をした。井田も手を繋いだままだったので、一緒に転んだ。

リンクに座りながら、2人は顔を見合わせて笑った。

「俺の教え方がダメなんだよね、きっと。ごめんね、小谷さん」

「ううん、井田くんは優しいから。アタシ、井田くんとペアで良かったよ。なんか他の2組見てたら、バランスよく組み合わされてるって気がするもん」

井田がリンクをグルッと見回すと、山村と山田は、2人ともある程度滑れるみたいで、キャッキャ言いながら追いかけっことかしていた。
森田と燈中も、2人とも運動神経がいいからか、かなり上級者的な滑り方をしていた。

(もし燈中さんと組んでたら、どうなったかな…)

くじ引きの結果、井田の相手が小谷と分かった時の、燈中の残念そうな顔を井田は思い出していた。

(いや、今は小谷さんと楽しい時間を過ごさなきゃ!)

井田はそう思い、立ち上がると、小谷の両手を持った。

「あっ、井田くん…」

「リンクに入ったばかりの頃よりは、一歩前進できたじゃん!これを2歩、3歩と繋げようよ」

「うん…ありがとう」

小谷も立ち上がった。その時、スカートが少しめくれ、小谷の左太ももまで一瞬見えてしまったが、井田は見なかったことにした。


第18章―4

「井田くん、今日はありがとう」

「いやいや、こちらこそ!スケート、あっという間に上達したよね。凄いよ、小谷さん」

「それは、井田くんの教え方が良かったからだよ」

と井田と小谷の2人は、並んで座って、スケート靴の紐を解きながら会話していた。
山村と山田、森田と燈中も、並んで座って会話しながら、スケート靴の紐を解いていた。

その光景は、3組のカップルが誕生したかのようだった。

井田も、原田と付き合ってなかったら、小谷の可愛さにノックアウトされていたかもしれない。そう思うほど、懸命にスケートを練習する小谷の姿は、井田の心に焼き付いた。

「じゃ、俺がまとめてスケート靴を返してくるよ。小谷さんの靴、貸して」

「いいの?」

「うん、小谷さんも疲れたと思うから、座ってなよ」

「ゴメンね、じゃあ、お願い」

井田は小谷の貸靴も合わせて、貸靴センターへ出向いた。その背中を見ながら、小谷は井田のことを好きになってしまった事に気付いていた。

(どうしよう…。アタシ、井田くんのことが好きになっちゃった)

井田が吹奏楽部の部長でもある原田朝子と既に付き合っているのは、厳重に極秘になっている。知っているのは原田家のお母さんと妹の裕子、そして原田が全幅の信頼を置く副部長の田川だけだ。

その井田に既に告白済なのが、燈中由美だった。ただ返事は直ぐじゃなくていいからという燈中の意向で、井田は曖昧な態度を燈中に取り続けている。いつかは付き合えないという返事をしなくてはいけないのだが、小学校からずっと一緒に過ごしてきた幼馴染の間柄の燈中に、付き合えないと言う勇気が井田にはなかなか沸かなかった。

その井田のことを好きになったのが小谷だ。

小谷は、井田が原田と付き合っていることも知らないし、燈中が告白済なのも知らない。

だから今日、スケート場で2人で過ごした2時間は、小谷にとっては井田を好きになるのには充分過ぎる2時間だった。
どれだけ転んでも、その度に手を差し伸べてくれ、怒ったりせずに前向きに優しく小谷を励ましてくれ、少しずつ滑れるようになると我が事のように喜んでくれた。

その度に小谷の心が、井田へと奪われていった。

小谷は中学時代に好きな男子がいたものの、その男子は2年生から3年生に上がる段階で転校してしまい、思いを告げられないまま失恋していた。
なのでまだ彼氏がいたことはない。
そんな小谷に、井田は輝いて見えたのだった。

「はい、小谷さんの靴」

井田のことを考えていた小谷に、井田が小谷のスニーカーを持って来た。

「あっ、アタシのスニーカー、ありがとう」

「いやいや、これぐらい。小谷さんのスニーカーがなきゃ、小谷さん、帰れないもんね」

「アハハッ、そうだね」

再び2人は並んで靴を履いた。

「あっ、足が軽〜い!」

「でしょ?いつの間にか足がスケート靴に慣れてた証拠なんだよ」

「そっかぁ、そうだよね。2時間ずっとスケート靴だったから、最初は重たく感じたけど、最後の方は重いとかは思わなくて、前へ進める楽しさが勝ってたのかもね」

「そう言ってもらえたら、小谷さんのコーチ役として頑張った甲斐があるよ!ありがとう!」

「アタシこそ、ありがとう、井田くん」

「じゃあ、入口の集合場所に行こうか?」

「う、うん…」

小谷は井田との2人だけの時間が終わるのが、寂しかった。こんな思いになるなんて…小谷は今日、家を出る時には想像も付かなかった。

入口には、先に靴を履き替えた4人が2人を待っていた。

「井田くんと小谷ちゃん、遅ーい!2人きりで何かしてたのぉ?」

と山田が笑いながら聞いてきたが、燈中をチラッと見たら、やっぱり寂しそうな表情をしていた。

「何にもしてないよね、井田くん!」

「もちろん!神様仏様に誓って、何もしてないです!」

井田がそう言うと、その場が笑いに包まれた。

「さて、今日はこの後、特に何も予定してないけど、どうする?」

山村がみんなに訪ねた。

「まだ遊びたい気持ちはあるけど、結構スケートで疲れちゃったかな」

そう言ったのは、山田だった。女子のリーダー格がそう言うと、なんとなくグループの雰囲気もそういう感じになってくる。

「じゃあ今日はここまでにして、またいつかみんなで企画しようか?」

山村が提案すると、そうしようか、という声が上がり、この日のグループデートは駅に着いた時点で解散となった。

「それじゃ、俺らと山田さん、小谷さんは反対側だから、井田と燈中さんとはここまでだね。今日は楽しかったよ、ありがとう!」

と、森田が言った。

「こちらこそ、ありがとう。山田さんと山村、予約とかしてくれてありがとう」

井田がそう言って、2vs4に別れ、駅のホームも反対側にと移った。
小谷が寂しそうに反対側のホームから井田を見ていたが、井田はもう気付いてくれなかった。

(井田くん…。アタシ、井田くんのこと、振り向かせてみるから!アタシの思い、受け止めてね…)

一方で燈中は内心、やっと井田と2人になれたことを喜んでいた。

「井田くん…」

「燈中さん、今日は全然喋れなかったね」

「そうだよ、すっかり小谷ちゃんに夢中なんだから」

と言って燈中は、プウッと頬を膨らませた。

「燈中さん、そんな顔するんだね。初めて見たかも?」

「だって、だって…」

燈中が駄々っ子みたいに拗ねる様子が、井田には新鮮だった。
女子バレー部で主将としてコートを動き回っていた中3の時には考えられない姿だからだ。

だが井田がのんびりと構えていられたのは、そこまでだった。

燈中は意を決したように、井田に言った…。

<次回へ続く↓>


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ミエハル
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