小説「15歳の傷痕」-1
第 一 楽 章
「あれから12年経ったよな。お前も来月結婚するし、お互いに区切りがついた、って訳か!」
と、親友の村山一郎は俺の肩をポンッと叩いた。
「まあね。でも12年前にはとても想像が付かない展開だよな、これって」
と、俺、上井純一は苦笑いしながら返す。
「そら当たり前やん。15歳の時に27歳の自分がどうなってるかなんて、分かるわけないやん」
平成9年、10月某日、今日はこの27歳の2人にとって、中学からの親友の結婚披露宴に出席している。
いや、2人にとっての親友という呼び方は正しくないかもしれない。
村山にとっては、昔から家族ぐるみの付き合いだが、俺にとっては、片思いの相手→彼女→元カノ→敵→友人→親友という経緯を経ているからだ。
そう、俺達が披露宴に出て祝っている、親友であり本日の主役と言うのは、新郎でなく新婦なのだ。
よく付き合っていたカップルが別れる時、これからは友達でいようね、なんて言うけど、そんな関係になれるなんて、ほとんどいないだろう。
実際にそんな話は聞いたことがなかった。
それが年月はかなりかかったとはいえ、俺は12年前、中学3年生の時にフラれた相手と、本当に友達関係になった。
その相手が目の前で嬉しそうに、真っ白なウエディングドレスを着て、新郎と一緒にキャンドルに火を灯そうとしている。
俺は拍手をしている。
俺の中に中学時代の出来事から今に至るまでが、一瞬にしてフラッシュバックする。
思わず言った。
「神戸さん、これからもよろしくね」
神戸…俺の片思いの相手、彼女、元カノ、敵、友達という経緯を経てきた女の子だ。
フルネームは神戸千賀子という。
これからは神戸ではなく、本橋姓となるそうだが、本橋さん、だなんてとても呼べやしない。
神戸は俺の目を真っすぐ見つめていった。
「ありがと。もちろんよ」
そう、彼女はいつも俺のことをキラキラした瞳で真っすぐに見つめて話しかけてくれた。
今もそうだった。
なのにその視線を逸らしてしまう俺がいた。
『あーっ、だから上手くいかなかったんだって、分かってるのになぁ…』
「どうかしたか?」
ちょっと斜めに俯いた俺に、村山が声を掛けた。
「いやいや、まぁ色々思い出しただけだよ」
思い出すこと12年前、中学3年生の時の出来事・・・
- フ レ ン ズ -
1
俺は、中学3年生だった昭和60年の夏休み前に、片思いしていた女の子と思いが通じ合い、初めて彼女が出来た。
彼女の名前は神戸千賀子。
彼女とは同じ吹奏楽部で、3年生になってからは更に同じクラスにもなり、親近感を抱いていた。
ただ中2の秋にある事件がなければ、俺も3年で同じクラスになったからと言って、そんなに神戸さんのことを意識することはなかっただろう。
事件とは、当時の吹奏楽部の部長と神戸さんの間で起きた頭髪を巡るトラブルだった。
トラブル処理の際、結果的に俺がいい人みたいになってしまい、それ以来部活では、神戸さん、そして神戸さんの親友、山神恵子さんからもよく話し掛けられるようになった。
そして俺は、2人の内、2年生の時に同じクラスで親しみやすかった山神さんのことを好きになったのだ。
だが山神さんには、神戸さんとトラブルを起こした先輩部長という彼氏がいる…。
だから好きになりつつも、手は出せなかった。
その一方で神戸さんは、俺が青天の霹靂で吹奏楽部に途中入部の分際で部長になった際、同期生で唯一年賀状をくれたり、時に話し相手になってくれて部活の運営方法とか相談したりしていた。
山神さんのことを好きでいつつも、告白は出来ない、神戸さんは屈託なく俺に話し掛けてくれる、そんな感じで中2の3学期を過ごしていたら、少しずつ自分の心の中に占める神戸さんの割合が増えているのが分かった。
決定的だったのは、先輩達の卒業式後、山神さんと前部長が抱き合ってる場面を見たことだ。
俺は心の中で燻っていた山神さんへの思いを断ち切り、別の女の子を好きになろうと決めたのだった。
そのタイミングで3年生になり、神戸さんと同じクラスになる。
気にならない訳はない。
日に日に神戸さんへの片思いの気持ちが強まる中、1学期修了直前に開催された林間学校をキッカケに、俺と神戸さんは夏休み直前に告白し合い、カップルになれたのだった。
だが実際にカップルになると、他人の目が気になってばかりで、思いの外喋ったりできず、とても付き合えている、彼女がいる、という実感が持てないままだった。
自分がオクテなのもあり、彼女が出来たらやってみたいと思っていたことは、何一つ実現出来なかった。
最初の内は、夏休み中に一度デートしてみたい、プールに2人で行ってみたいとか、夏を過ぎても日曜日には2人で出掛けてみたいとか思っていた。
そんなことが何一つ切り出せないまま、本当にカップルなのだろうかという日々が過ぎていった。
そして3学期の1月30日。
登校したばかりの俺は、何故か隣のクラスの親友、村山に廊下へ呼び出された。
「手紙、預かったんやけど…」
「ん?差出人は神戸千賀子・・・なんで村山から?」
「俺もよー分からんけど、下駄箱でお前に渡せって、頼まれた」
「ふーん…。なんとなく意味が分かるけど…。とりあえず、巻き込んだみたいでごめんね」
「俺もなんとなく中身の推測はつくけど、まあ、元気出せや」
俺は別れを告げる手紙だと確信して、ワザとその日は神戸さんの近くでは妙に明るく振る舞ってみた。
だが、いつもなら何してんのーって突っ込んでくれる神戸さんが、この日は全く無反応。
ますます別れの手紙だと確信した俺は、その日帰宅するなり、手紙を読んだ。
≪Dear 上井くん。これが最後の手紙です。今までありがとう。これからは恋人じゃなく、友達として付き合って下さい。
アタシは上井くんとカップルになれて嬉しかったよ。でもこれからはお友達関係に戻ろう。上井くんには、アタシよりももっといい彼女が出来るはずだよ。
でも、お互いをもっと理解し合うようにすれば良かったよね。半年間、上井くんなりに一生懸命、アタシみたいな女とちゃんと付き合おうと頑張ってくれたのに。
いつかまたお話出来る日が来たら、上井くんのことをどれだけ好きだったか、大切に思っていたか、話したい。でもこれからはお友達として、なんて書いたけど、そんなの無理だよね?そんな日はもう来ないよね…。だから、手紙でアタシの気持ちを書いておくね。上井くん、大好きだったよ。本当にありがとう、ありがとう≫
俺は、体内にある水分が全部涙として流れていくのではないかと思うほど、泣いた。
親に泣き声を聞かれたくないから、布団を被って泣いた。
一応夕飯までに涙は出尽くしたと思ったので、先に風呂に入って泣き腫らした顔をサッパリさせてから夕飯を食べ、木曜日恒例のテレビ番組をボーッと見ていたら、「ザ・ベストテン」が始まった。
そう言えば告白しあった日も木曜で、「ザ・ベストテン」をウキウキしながら見てたな…と思い出したら、出尽くしたはずの涙が夕食で補填されたのか、また溢れてくるのが分かった。
この日ランキングしていた曲、レベッカの「フレンズ」を聴いたら、溢れる涙が堪えられなくなり、再び俺は自分の部屋へ戻り、机に突っ伏した。
2
翌日、意地で登校した俺だが、すっかり無気力になってしまった。
授業は上の空。
休み時間は昼寝。
友達が体調が悪いのか?と心配してくれたが、俺は大丈夫だから…とだけ答えて、そのまま寝続けてた。
対する神戸さんは、俺という足枷が取れたからか元気に周囲の男子、女子と喋ったり笑ったりしている。
その光景がまた、俺の心に突き刺さり、フレンズの歌詞が頭をよぎった。
《 〽 いつも 走ってた Ohフレンズ 他人よりも 遠く見えて 》
先月、はにかんだ顔してお互いにクリスマスプレゼントを交換したのに…。
クラスマッチの打ち上げでは、初めて照れながら腕を組んでくれたのに…。
俺の頭の中は、後悔の念が渦巻いている。
きっと1月24日に上げた誕生日プレゼントに添えた手紙が、彼女の気持ちを壊したのだろう。
今までプレゼントを上げすぎだから今回は止めようかと思ったけど、誕生日だからやっぱり上げるね。
こんな手紙もらって喜ぶ女子、いや、人間はいないだろう。
しかし時を戻すことは出来ない、もはや元には戻れないのだ。
その日1日を無気力で過ごした俺は、家に帰っても無気力なまま、高校受験も近いのに、全く勉強する気にならず、部屋に閉じ籠って音楽やラジオを聴きながら、ベッドに横になっていた。
しばらくそんな生活を送っていて、毎日堕落していっている自覚はあったのだが、そんな俺にトドメを刺す出来事があった。
それは・・・
(次回へ続く)
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中3時代の人生唯一のモテ期を、自分をかなり過剰に美化した小説として、これまでに女の子を主役にして数本書いていましたが、今回からは私自身を主役に据え、ほぼノンフィクション小説を満を持して(?)スタートさせたいと思います(^_^;)
かなり長編になるかと思いますが、時々ブレイクタイムを設けながら書いていきますので、よろしくお願いいたします(^▽^)/