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小説「年下の男の子」-19
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第19章-1「5月4日」
昭和61年のGW後半は、3連休という破格の連休だった。
(筆者注・この頃は土曜まで仕事、学校があり、5月頭の祝日も今より少なかった)
その2日目、井田は朝から彼女・原田朝子とデートする予定にしていた。
前日に電話で決めたのは、駅で9時半に待ち合わせ、列車に乗って繁華街のデパートへ行き、その後、井田は自宅に帰らず、原田家へそのままお邪魔して一泊し、GW3日目も何処かへ出かける計画だった。
井田は母には、架空の同級生のハラダ君の家に泊まると言っておいた。
少し罪悪感があったが、何かあった際の連絡先は、ちゃんと実在する原田家の電話番号をメモして、母に置いておいた。
井田は着替えをちゃんと用意し、下着も新しいものに替えて、待ち合わせ時間より早く駅に到着するように、家を出た。
ワクワクしながら駅へと向かうと、なんと既に原田が先に到着していた。
「あれ?朝子〜」
「あっ、正史くーん!おはよっ」
2人はお互いに手を振り合った。原田は春らしいワンピースとカーディガンという服装だ。
「俺より早いなんて、反則だよ〜」
「だって、だって、早く正史くんに会いたかったんだもん」
とても井田より2学年年上とは思えない。井田は、やっぱり朝子は可愛いな…と思っていた。
「たった1日会わなかっただけだよ?」
「その1日が…心配だったんだもん」
「そうか、そうだよね。じゃあ昨日の件について報告しとくよ」
井田は昨日のグループデートについて、どんなことがあったか話した。
中でも、帰りに燈中から告白に対する返事を求められたものの、これまでの井田の思いを話したら、燈中はしばらく井田に対する思いは封印する、となったことには、原田も一番安堵していた。
「じゃあアタシも、しばらくは安心ってことだね」
だが、井田も原田も気が付いていないが、井田のことを好きな女子は、燈中以外にまだ2人いる。
井田がスケートを教えて、その優しさにキュンときた小谷純子と、何より原田の妹、裕子の2人が、井田のことを狙っている。
小谷は何も現状を知らずに純粋に井田のことを好きになったのだが、原田裕子は、姉の彼氏であることは承知の上で好きになってしまっている。
この日、原田家に泊まることになったのだが、裕子が黙っているかどうか、それはまだ2人にも分からないことだった。
「じゃあSデパートへ行こうか」
「そだねっ、じゃあ切符を買ってと…」
「あ、切符代…」
原田が、2人分の切符代を出してくれた。
「切符代くらい、俺も自分のは出すのに」
「いいの。ここは年上のアタシに任せなさい!って、言ったりしてね。実はいつもと違う所へ行くから、ワクワクしてるんだ、アタシ。今日はアタシの我儘でSデパートへ行くんだから、切符代はアタシが出すよ」
「そんなの、いいのに」
「ううん、出させて、ここは。たまにはアタシに甘えてよ」
「じゃあ本当に甘えちゃうよ」
「うん、いいよ」
そういって二人は改札を通ると手を繋ぎ、Sデパート最寄駅へ向かう列車を待った。
(朝子と手を繋ぐと、安心するなぁ…。年上の彼女の安心感かな?やっぱり彼女がいるって、嬉しいな)
井田は原田と手を繋ぎながら、幸せを噛みしめていた。
第19章-2
Sデパートへは1時間ほどかかった。
N高校へ行くためにいつも降りる駅で降りず、そのまま列車に乗り続けるのは、新鮮な景色だった。
井田は原田に、Sデパートに行こうねと言われていたが、Sデパートで何をするのかまでは聞いていなかった。
「ねえ朝子、Sデパートでのメインは何?」
「ふふっ、なんだと思う?」
「んー、GWだから、何か特別展とかやってるとか、全国駅弁祭りをやってるとか、スペシャルバーゲンやってるとか?」
「当たらずとも遠からず!最初は屋上でね、11時からT大付属T高校の吹奏楽部の特別演奏会があるの」
「え、T大付属T高校の吹奏楽部って、確か上手なんだよね?」
「そう。毎年全国大会に行ってるほどなの。そこの演奏が無料で見れるなんてチャンスはそうそうないから、見ようと思ってね」
「なるほど、じゃあすぐ屋上へ行かなきゃ、だね」
「うん、急ごっ!」
2人は手を繋ぎながら、エスカレーターの隙間を縫うようにして屋上へ急いで上がった。
ラッキーなことに、まだ何席か空いていたので、ギリギリ井田と原田は並んで座ることが出来た。
「俺、他校の演奏を聴くのって初めてだから、なんかワクワクするよ」
「でしょ?開演前の雰囲気って独特なの。まあ今は屋上だけど、ふつうは屋内だから、もっと緊張感があるんだよ」
と、朝子の解説を聞いていたら、吹奏楽部員が少しずつ楽器を持ってステージに現れた。
部員が現れると、屋上の開放的なステージとはいえ、徐々に緊張感が増してくる。
井田は初めて体験する他校の演奏会ということもあって、緊張感が増しており、繋いでいる原田の手を離さないように、ギュッと力を込めた。
原田は伊田の方を向くと、リラックス、リラックス、と小声で囁いてくれたが…。
しばらくすると、指揮者もいないのに、突然ドラムがスティックでカウントを取り、演奏し始め、徐々に他の管楽器も演奏に混ざっていき、曲が始まった。
(なんか聴いたことがある…)
井田はそう思った。
原田が横から、
「これは『シング・シング・シング』っていう曲だよ」
と、耳打ちしてくれた。
「へぇー、そんなタイトルの曲なんだ。これも吹奏楽部で出来るんだ?」
「そうだよ。カッコいいでしょ?ユーフォはそんなに目立たなないけどね」
「いや、でもこんなの演奏したらカッコいいって!」
井田は少年のように目を輝かせて、演奏を食い入るように見ていた。そんな井田を、原田は頼もしく見つめていた。
最初の「シング・シング・シング」が終わった後、もの凄い拍手に包まれて、改めて司会者と指揮者が登場し、次の曲を紹介してから演奏が始まった。
「吹奏楽って、楽しいね」
「でしょ?アタシも楽しさに気付いたら、練習も楽しくなったから、連休終わったら学園祭に向けて頑張ろうね」
「うん」
2人はずっと手を繋ぎながら、次々と演奏される曲を楽しんでいた。
プログラムもGW中のイベントということで、井田も聴いたことがある曲が沢山用意されていて、あっという間に時間が過ぎて行き、最後の曲が終わった。
だがお客さんは拍手を止めない。
「ねえ朝子、なんで最後の曲が終わったのに、拍手が止まないの?」
井田は吹奏楽部初心者なら素直に思う疑問を原田に尋ねた。
「これはね、アンコールを催促する拍手だよ」
「アルコール?」
「んもう正史くん、ワザと言ってるんでしょ。ア・ン・コ・オ・ル!もっと演奏聴きたいよ~っていう名残を惜しむ拍手なの。で、大抵は演奏する側も分かってて、1曲か2曲は、アンコール用の曲を用意してるんだよ」
「へぇ…」
「だから今も指揮者は引っ込んだけど、演奏する部員は残って、次の曲の譜面を準備してるでしょ?これはアンコールがあるって読めるの」
井田は、真面目に「アルコール」と聞こえただけなのにふざけてると言われて、ちょっとムッとしていたが、もう一度拍手に応えて指揮者が出てきた時は、井田も一緒にアドレナリンが急上昇するような感じだった。
指揮者が肉声で、それではアンコールとして・・・と喋っていたが、風に流されてよく聞こえなかった。
だが曲が始まると、これも井田が聴いたことのあるマーチだった。ただタイトルは、井田は分からなかった。
そのうちマーチが終わると、再び盛大な拍手が起きたが、ステージ上の部員も撤収に入っていたので、もうアンコールはないのだな、と井田は解釈した。
「良かった~。アタシ達もあんな演奏したいな」
原田は、井田に話しかけるような、しかし独り言のような感じで呟き、余韻に浸っていた。
「あの、最後のアンコールの曲はなんていう曲?俺、聴いたことあるけど、タイトルが分からなくて」
「アンコールのマーチはね、『星条旗よ永遠なれ』っていう題名だよ」
「あー、なんか聞いたことあるなぁ…」
「曲とか曲名は、その内自然と覚えていくようになるよ。吹奏楽部に入るまでは全く音楽なんてヒット曲ぐらいしか知らなかったアタシですら、自然と何曲かは覚えたもん。特に学園祭の体育の部でマーチを演奏すると、嫌でも覚えると思うよ」
「そうなんだね」
「じゃ、第一のお楽しみが終わったから、ランチしようよ!」
と原田は井田の手を引くように立ち上がった。
「ちょっ、朝子、急ぎすぎだって」
「何言ってんの、こんな3連休の中日、デパートでお昼のランチ食べるのは戦争なのよ!早く行かなきゃ、長時間待たされちゃうの!」
原田はそう言って、半ば強引に井田をレストラン街へと引っ張った。
「う、腕が…」
井田は呻いた。今は吹奏楽部とは言え、元々スポーツ少女の原田に腕を引っ張られたら、プロレスの関節技のように痛かった。
この先のデートも原田に振り回されそう、そう思った井田だった。
<次回へ続く ↓>
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