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小説「15歳の傷痕」-8
<これまでのあらすじ>
上井純一は中3の夏休み前に、同じクラス、同じ吹奏楽部の神戸千賀子と初めて両思いとなり付き合ったものの、半年後に上井に愛想を尽かした神戸から別れを告げられる。
その直後に神戸が同じクラスの別の男子に告白した場面を目撃し、ショックを受けた上井は、絶対に神戸とは二度と関わりたくないと思いながら、同じ高校に進学し、更に同じ吹奏楽部、同じクラスになってしまう。
更に上井が吹奏楽部に誘った同じクラスの大村が神戸に一目惚れして、江田島の合宿で告白する。
神戸は上井をフッたものの実は未練があることと、大村にどう接すればよいかを、上井の親友、村山に相談し、結局上井への未練を封印し、前へ進むしかないことを決断する。
上井は同じ中学から進学し、高校から吹奏楽部に入った伊野沙織のことを好きになり、何とか思いを告げようと思い始めるが……
ー ガラス越しに消えた夏 ー
1
文化祭が終わり、吹奏楽部の次の目標はコンクールにスイッチされた。
やはり10曲演奏すると、途中から飽きてきた生徒が喋り出し、最後は騒然とする中での終演となり、中学の時と違って、あまり気持ちの良いステージにはならなかった。
そして文化祭が終わると、期末テスト週間に入るので、部活も休部になる。
だが朝練や昼練は禁止されていないので、俺は朝も昼もバリサクを吹きたくて、いつも通りの列車で登校した。
朝練の時間に登校するとなると、列車の本数も多くないため、神戸千賀子と同じ列車になる確率も高かったが、もし神戸千賀子の姿を見掛けたら、俺はいつも宮島口駅の待合室で時間を潰してから登校するようにしていた。
(何時までこんな意地張ってんだか…)
と俺もたまに思ってしまう。
一生喋らないとか子供染みたこんな意地を張り続けるより、もう失恋して半年経つんだし、普通に喋れる関係性に戻ってもいいんじゃないか?と、たまに思うが、じゃあどうやって話し掛けるの?と聞かれたら、答えに窮してしまう俺がいる。
今朝も神戸千賀子と同じ列車になってしまい、俺は宮島口駅のホームをスタスタと歩く神戸とは距離を取って、ゆっくりした足取りで改札口へ向かったが、先を行く神戸の雰囲気が何となく遠目から見ても、違っていた。
急ぎ足だし、そして改札口を出たら、明らかに誰かを探している様子なのだ。
そのため俺は改札から出れず、ホームのベンチに座って、こっそり窓から神戸の様子を見ていた。
(ええっ!)
神戸が、誰かに向かって手を上げた。
その視線の先には、大村浩二がいた。
(なんでだ!)
2人は宮島口駅で列車の時刻に合わせて待ち合わせていたんだろう。
昨日まではこんな光景は見なかったから、昨日、2人に何かあったに違いない。
同時に、伊野沙織を好きになりつつあることで収まっていた、神戸に対する鬱屈した怒りが再び湧き上がるのを、俺は押さえられなかった。
(なんだ、あれは?神戸は真崎と別れた途端、次の男?俺がフェリーのデッキで必死に絞り出した一言は、全然アイツらに届いて無かったのか?)
怒りと悔しさを堪えながら2人の様子を見ていると、楽しそうに喋りながら高校の方へと歩き始めた。
これは、神戸にとって俺はもはやどうでもいい存在になったことの証だろう。
俺をフッてすぐ次の真崎に乗り換え、真崎ともGW明けにすぐに別れて、次の次の大村に乗り換えたんだ。
俺はこんな尻軽女を、中3の時、一途に思っていたのか?
今改札を出たら、俺は怒りのあまり大村と神戸に殴り掛かりそうな気持ちだ。そんな醜態は晒したくない。必死に宮島口駅ホームの自販機の缶コーヒーを飲んで時間を潰した。
もう少し待てば、次の列車がやって来て、多分その列車からは村山や伊野、その他の知り合いが降りてくるだろう。
だが俺は1人でいたい気分だった。
次の列車が来る前に改札を出て、1人で高校へ向かった。だが朝練に出る気持ちは失せていた。音楽室にはあの2人がいるからだ。
教室に着いても怒りが後から沸々と湧いてくる。
少しずつクラスメイトがおはよーと言いながら登校してくるが、珍しく俺が早くから教室にいることにビックリしているクラスメイトが殆どだ。
「あれ?おはよーミエハルくん。どうしたん?いつもブラスの朝練に出てから、ギリギリにクラスに来とるのに」
と声を掛けてくれたのが、同じ中学から進学した女子バレー部の笹木さんだった。彼女は今や、クラスの中心的存在になっている。
「あっ、笹木さん、おはよー。ちょっと眠くてさ、今朝はやめたんだ」
「うーん、アタシには眠いから朝練に出ないような顔には見えないぞ。眠かったら、アタシより早く教室には着いてないでしょ。むしろ遅刻ギリギリになるんじゃない?眠いよりも、何かがあったんでしょ」
「さ、流石同じ中学…。まあね、ちょっと頭に来る出来事があってさ、朝練はボイコットしちゃったんだ」
「頭に来る出来事?うーん、アタシには詳しくは分かんないけど、それでも中3からの同級生として、なんとなく察しが付くよ。きっと多分さ、しばらくはその子達の顔も見たくないほどだと思うけど、そのせいでクラスがギスギスするのも嫌だし…。よかったら、香織先生に相談して吐き出してみたら?」
「先生か…。その手もあるね。とにかくこのままだと自分が破裂しそうでさ。ありがとう、笹木さん」
「いえいえ。じゃあ相談料として、アイス一つね」
「あ、アイス?」
「ふふっ、冗談よ。同じ中学から来たみんなには、いがみ合ってほしくないだけよ」
女子はアイスが好きだな~と思いながらそんな会話をしていると、少し俺の心もほぐれたが、朝練を終えて仲良さそうに喋りながら教室へやってきた神戸と大村の姿が見えた途端、あっという間に俺の怒りが再燃してしまった。
大村は全く何も気にせず自席に座ったが、神戸は俺の表情を見て何かを悟ったのだろう、それまでの笑顔が消え、俺の顔を見ないように、俯くように自席に戻っていった。
俺は緩みかかっていた『一生神戸千賀子とは喋らない』という初心を、改めて固く己に誓った。
「はーい、みんなおはよう!今日も元気かな?出席とるよ~」
末永先生が、いつものように元気に教室に入ってきた。俺は朝練が長引くと、いつも末永先生と一緒のタイミングくらいで教室に着くのだが、この日は早くから着席していて既に落ち着いているようで、しかし表情が怒りに満ちている俺のことを、素早く察知されたようだ。朝の会が終わった後、末永先生に廊下に呼び出された。
「ミエ君、何があったん?顔付が尋常じゃないよ」
「先生には分かっちゃいますか。ちょっと今ここでは言えないです」
「じゃあ、昼休みに美術準備室にお出でよ。ゆっくり話を聞いてあげるから」
「分かりました。ありがとうございます」
姉御肌的な先生だと思っていたが、遂に俺が相談することになったか…。
2
「失礼しまーす」
俺はその日の昼休みに、初めて美術準備室を訪ねた。
高校では、美術、音楽、書道の三教科から一つ選択し、芸術の時間として授業を受けるのだが、俺は音楽を選択していたので、美術にはとんと縁が無かったのだ。
「おおミエ君、待っとったよ~。いきなり聞くのもなんだけど、今朝の怒りに満ちた表情は、何が原因だったん?」
末永先生はNHKの教育テレビで録画した、美術館の番組をビデオで観ていた。
「先生には、俺がどんな顔に見えたんですか?」
「そうやね…。とにかくやり場のない怒りを抱えてる感じだったかな。本当は何に対して怒ってるの?ひょっとしてアタシのクラス運営のことかしら?」
「まっ、まさか!そんなんだったら、昼休みにここへは来ませんよ」
「だよね、良かった。と、半分冗談だったけど、本当のところは何に対して怒ってるの?」
末永先生は、努めて俺をリラックスさせようとしながら、俺から話を聞き出そうとしていた。
「うーん…。実は俺、中3の時、同じクラスで同じ吹奏楽部だった神戸さんと付き合ってたんです」
「ほうほう。それで?」
「それが、私立の受験直前にフラれちゃって、フラれただけじゃなく、バレンタインの前日には、次の男に告白する場面まで見ちゃったんです」
「うわっ、それはキツイわね…」
「この高校を選んだのも、神戸さんと付き合ってる時に、一緒の高校に行こうねって言って選んだんです。でもそう決めた後にフラレたんです。同じ吹奏楽部にいたから、高校でも吹奏楽部で一緒になるのは仕方ないけど、絶対に喋らなきゃいいや、程度に思ってたんです」
「うんうん。ミエ君くらいの年だとそう思うだろうね」
「それが入学式の日、クラスまで同じだっていうのが分かって、俺、登校拒否しようかと思うほどでしたよ」
「うわっ、新入生がいきなり登校拒否したら大問題だわ。よく耐えて登校してくれたね」
「6組の親友のお陰です。村山っていうんですけど、アイツがいなかったら、立ち直れなかったと思います」
「友達の存在は大切だもんね。でも立ち直ったのに、また何かあったの?」
「フラれて半年たちましたし、一生喋らないとか言わずに、そろそろそんな子供みたいな考えは捨てて、同じクラス、同じ部活にいるんだから、友達として神戸さんと話とか出来るようになればいいのかな、と思ってたんです。でも今朝…」
ここで俺は今朝見かけた光景を思い出し、またイライラしてしまった。
「今朝なんだね、何かあったのは。だからあの般若みたいな顔してたんだ」
「般若みたいでしたか?…そうです。俺の気持ちを知ってか知らずか、同じクラスの大村と付き合い始めたのを見掛けたんです」
「大村君か…。確かに、神戸さんに言い寄ってるって気はしてたのよ、アタシも」
「先生、分かるんですか?」
「だって朝の会と掃除と学活くらいしか、みんなとは一緒の時間がないでしょ?その分、みんなの状態とか、全神経を集中させてチェックしてるんだよ。だから、大抵アタシの予感は当たるの」
「凄いな、先生は」
「凄いでしょ。って自慢してる場合じゃないよね。となると、ミエ君をフッて付き合った次の彼氏がいたのに、もう新しい次の次の彼氏を作ってるって、ミエ君には見えたわけだ」
「そうです。こんな尻軽女、俺の目の前から消えてほしいくらいです」
「まあさすがに、自分の担任してる生徒に消えろとはアタシも言えないけど…ツラいよね。自分の元恋人が、次々新しい相手と付き合うってのは。それでミエ君には、そんな傷を治せるような好きな女の子くらいはいるの?」
「いるようないないような…。でも好きになりかけの女の子はいます」
「だったらその子と付き合って、見返せたらいいよね。何か接点はあるの?」
「はい。同じ中学出身で、同じ駅を使ってて、同じ吹奏楽部です」
「それは付き合う条件にピッタリじゃん!応援してるわ。頑張れ、ミエ君!でも付き合えたとしても、節度は守ってね」
「当たり前ですよ!むしろそれは、アイツらに言って下さい。絶対大村が迫って、いけないことしますよ」
「まあまあ。その辺りは保健の授業とか、性教育の時間も2学期にあったりするから。彼らだってその辺りは守るでしょ」
末永先生は苦笑いしながら言った。
「そうならいいけど…。あーあ、俺、大村を吹奏楽部に誘ったりしなきゃよかったなぁ」
「ミエ君が誘ったんだね」
「そうです。部長に男子を増やしたいからって頼まれて…」
「だから、伊東、上井、大村っていう、出席番号2番3番4番が吹奏楽部に入ったんだね。最初、不思議だったのよ。なんでこんな連番でブラスに入るんだろうって」
「まあ入ってくれたのは嬉しかったんですけど、そのせいでこんな嫌な目に遭うとは思いもしませんでした」
「そうだね。でも人生なんて、一寸先は分からないものだよ。良いことが待ってるか、悪いことが待ってるかなんて、全部事前に分かっちゃったら逆につまらないじゃない?今回ミエ君は、思わぬツライ目に遭っちゃったけど、この先必ずいいことが待ってる。だってそうじゃないと、不公平だもの。ね、元気を出して、せめてクラスでは、怒りの表情を堪えてね」
「分かりました。先生に色々話を聞いてもらって、少しは落ち着けました。何とかいいことが起きるよう、頑張ります!」
「応援してるからね、ミエ君!」
俺は礼を言って、美術準備室を出た。
末永先生とこんなに喋ったのは初めてだったけど、本当に生徒みんなのことを観察してるんだなぁ。
でも先生もこれまでに、ツライこととか味わってきてるんだろうな。
だから一寸先は分からないとか、きっといいことがあるとか、不公平だなんて俺に言えるんだろうな。
そのいいことが、伊野沙織さんと付き合える…だったら、最高なんだけどな…。
と考えながらクラスに戻ったら、掃除の時間になっていた。
高校生にもなると、掃除の時間もなかなかスムーズには始まらない。
いつも末永先生か、副担任の白石先生が掃除始めるよ!と声を掛けないと、掃除が始まらない。
今日も白石先生がやって来て掃除が始まったが、巧みに逃げる生徒もいる。
楽しいクラスなのだが、掃除の時間だけはイマイチだ。
さて掃除するか、と思ったら、いつもはいるはずの大村と神戸がいなかった。
俺は掃除しながらまさか何処に逃げやがったのか、と箒で床を掃きながら探していたら、反対側の棟の廊下で2人で話ししている姿が見えた。
俺は怒りを通り越して呆れていた。
大村だけじゃなく、神戸まで掃除をサボるような人間になったのか。
(あんな奴等に怒るエネルギーだけでも無駄だ。もうこれからは無視。アウトオブ眼中だ)
もはやあの2人は別の世界にいったものとして、俺の中から存在を消すことにした。
掃除をサボるなど、今までの神戸には考えられないことだからだ。
一生喋らない、じゃなく、一生あの2人の存在を無視することに、俺は決めた。
(次回へ続く)
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