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小説「15歳の傷痕」72~モヤモヤ

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- 涙のトッカータ -

「確かに神戸さんがさ、大村と付き合うことに決めたって、2年前に俺に教えてくれた時、それでも心の底で本当に好きな、忘れられないのは上井だって言ってたのは覚えとるよ」

村山が神戸にそう言った。

「覚えててくれた?」

「うん…。そんなことがあるんかいな、みたいに思ったけぇね」

「だから村山くん達のお陰で、竹吉先生のお家で上井くんと仲直り出来たのは、本当に嬉しかったんだ」

「でも、今は違う感情が渦巻いとるん?」

「恥ずかしいけど、そうなの。上井くんを取られたような、変な気分」

「なかなか俺には分からん世界じゃなぁ…。大村という盤石な彼氏がおるのに」

「盤石というか…。束縛が強いのは村山くんも分かるよね?」

「ああ。ちょっとでも俺とか、俺に限らんけど神戸さんと2人で男子が話そうもんなら、凄い嫉妬した視線が刺さるけぇね」

「だから予備校もだけど、大学も同じ大学に行こうって言ってたんだよ」

「まあ、もし2人が目指す進路が同じならええけど、そうじゃなかろう?」

「うん…。彼はコンピューターの世界に興味があるから工業系の大学に行くって決めてるけど、アタシは工業系なんて全然やりたいことと違うし」

「なんか少しずつ、ズレてきてない?大村と…」

「そうね…。ちょっと亭主関白的な所が見えてきたというか。俺はこう決めたから、アタシも付いて来い、そんな感じなんだよね、最近は」

「そんな時に、忘れられない上井という幼馴染み…みたいなもんだよな、そいつに年下の彼女が出来た、と。そりゃ心が落ち着かんわな」

「アタシって勝手でしょ?自分でも嫌になる…。大村くんって彼氏がいるのに、元カレに彼女が出来て動揺してるんだから」

「でも神戸さんの中で、それだけ上井の存在って大きいってことだよね。それが友情なのか、恋愛感情なのか、だよね」

「アタシにも分かんない…」

村山と神戸の2人で話しながら歩いてきたが、村山の家に着いてしまった。

「まあさ、大村との関係も含めて、心の中を整理してみなよ。この先、大村とどう付き合うのか、上井とどう接するのか」

「…うん、そうする。ありがとね、村山くん」

「じゃあ、また…。元気出しな」

神戸千賀子は悩みながら、家路に付いた。

(こんな時、こんな悩みって、誰に相談したら一番いいんだろう…)


次の日の4時間目、俺は化学だった。

(早く終わんないかな〜)

文系の俺は理科が苦手で、中学時代に期末テストで9点を取ったことがあるほどだが、国公立大学を目指すには共通一次でどうしても理科から一科目を選択して解答しなくてはならない。

何を選べば良いか分からなかった俺を化学に誘ってくれたのは、山中だった。
誘われるまま化学を選択した俺だったが、これまで定期テストや模擬試験では、常に化学が足を引っ張り、志望大学の合格可能性判定はいつもCかDばかりだった。

この4時間目も、結局先生の熱意に付いていけず、途中からノートの端っこにプロレスの対戦カードを書いて時間を潰す有様だ。

「では今日はここまでにします」

先生、待ってました!と言わんばかりに、俺は急いでクラスに戻り、カバンを持って屋上へ行った。
いつもは化学の授業後に山中と駄弁っているのだが、山中も俺がダッシュするのを見て、何なのか察してくれたようだ。

屋上は何回か来ているが、昼に来たのは初めてだ。
他にもカップルがいるかと心配したが、今はいなかった。

ホッとして、俺はベンチを一つ確保した。

森川さんは4時間目が終わってないのか、まだ来ていなかった。

その内校内がザワザワしだしたので、もうそろそろ来るかな?と思っていたら、階段を駆け上がる音が聞こえた。

「ミエハル先輩〜、いらっしゃいますか〜!」

森川さんが凄い勢いで、やって来た。息を切らして、ゼェゼェ言っている。

「い、いるけど、どしたん、そんな走って…」

汗だくで俺の元へやって来た森川さんの姿を見て、思わずそう言わざるを得なかった。

「す、すいません、せ、先輩を待たせたり、しちゃって、ハァハァ…」

「もしかしたら、俺が先に来てるかどうか、心配だったの?」

「そっ、そうです、ハァ…。こんな時は、ハァ、アタシが、先に来て、ハァ、場所、取らなきゃ、ハァハァ…」

俺はそんな森川さんが愛しくなった。俺の中での森川さんの存在が、また大きくなった。

「いいんだよ、どっちが先だなんて。今日は偶々俺が早かったけど、森か……ゆ、裕子が先に来ることもあるでしょ」

「せ、先輩、そ、そんな、申し訳ない、ことを…ハァ…」

「まずは落ち着こうか。お茶飲みなよ」

俺は水筒からお茶を汲み、森川さんに渡した。

「す、すいません、せ、先輩…」

森川さんは一気にお茶を飲み干した。

「ふぅ…」

「でも、嬉しいよ。そんなに俺のことを思ってくれて。だけどこれからはそんなに走らないでもいいからね」

「ミエハル先輩、優しいです〜。アタシ、ミエハル先輩が彼氏になってくれたことが、まだ信じられないです」

「本当だよ。ここにいるじゃん」

「えっ…」

俺は森川さんの手を取ると、俺の心臓の辺りへと、導いた。

「先輩…。心臓のトクントクンって音が分かります…」

森川さんは突然のことに驚きつつ、ちょっと照れながら答えてくれた。

「ね、俺はここにいるよ」

「なんか、安心しました。ミエハル先輩の心臓の音に触れて…って、日本語変かな…」

「ううん、気持ちが伝わる言葉だったよ。落ち着いた?」

「はいっ!落ち着きました!」

森川さんは満面の笑顔を、俺に見せてくれた。そうだよ、この笑顔も堪らないんだ、俺は…。

「じゃあ、弁当、食べようか」

「はい、食べましょう…。先輩、すいません!」

「えっ、今度は何?」

「本当ならアタシが、先輩のお弁当も作って、先輩に食べてほしいんですけど、朝はバタバタしちゃって…」

なんと心優しい女の子なんだ、俺は感激した。

「ありがとう。でも、そんな無理しないでもいいんだよ。授業がある日はね。森…いや、裕子の美味しいお弁当は、今度デートに行く時にお願いするね」

「もう、先輩…。優し過ぎです。でも、今度先輩とお出掛けする時は、気合いを入れてお弁当作りますね!」

「うん。その時を楽しみにしてるね。じゃあ食べようか。頂きまーす」

「はい!頂きまーす!」

最初は2人が持ち寄った弁当をベンチで並んで食べていたが、森川さんがふと呟いた。

「夢みたい…」

そう聞こえた時に森川さんの横顔を見ると、本当に嬉しそうな表情で、弁当を食べていた。
その表情を見て、俺はまた幸せをもらっている気持ちになる。

(俺も夢みたいだよ)

暫く互いに黙ったまま食べていたが、黙ったままというのは味気ない。その内森川さんから声を掛けてくれた。

「先輩、あの〜、タコさん食べませんか?」

「タコさん?」

「ウインナーです。沢山詰めてきたので、先輩にも…。ちょっと恥ずかしいけど、お口開けてくださいね。はい。アーン…」

「うん、アーン…」

パクッ!ああ、なんて幸せな一時なんだ…。

「美味しいよ!森川さん…いや、裕子に食べさせてもらったら、苦手なものも食べれそう」

「ウフッ、先輩、早くアタシを裕子って呼ぶのに、慣れて下さいね」

「うん、ごめんね。裕子は苦手な食べ物ってあるの?」

「アタシ?アタシは…お魚が苦手なんですぅ。でもそれじゃいけませんね」

「俺も魚が苦手なんだ。骨があるのが面倒でねぇ」

「わ、先輩と一緒ですね!って、喜んでいいのかな?」

「今はいいんじゃない?もし…もしだよ?もし裕子と将来結婚するなんてことがあったら、その時は魚料理にも…挑戦して…」

とここまで話したら、既に森川さんは顔を真っ赤にして俯いていた。

「けっ、結婚なんて、そんな、恐れ多い、先輩と結婚だなんて…」

「かっ、仮の話!もしも、もしもって話だから、その…」

俺まで真っ赤になってしまった。

その内、昼ご飯を食べ終わった生徒が屋上へ遊びにやって来るようになった。

そうか、昼ご飯はクラスで食べて、その後遊びに来る場所が屋上ってパターンが多いのか。

と思って眺めていたら、大半はカップルと思しき2人組だった。何組かは、俺たちのことを、見慣れない2人だな?という目で見ている。

俺が屋上にやって来る生徒達を観察しているのも変だし、失礼だと思ったので、そのまま森川さんと他愛も無いをして、笑い合っていた。
どんな話をしてもニコニコしながら聞いてくれる、本当に心優しい女の子だ。

そんな俺たちを遠くから発見し、眺めている女子生徒がいた。


「まさかアネゴに、ミエハル先輩の事で相談する日が来るとはね…しかも先輩の引退後に」

「でも、アタシも一つ気になっていた部分はあるんだよ。コンクールの前日に楽器をトラックに積んでたら、ミエハル先輩が寂しげだったんよね。で、先輩にこれで引退だから寂しいの?って聞いたら、そうだって答えてくれたんじゃけど、アタシにはそれだけじゃないような気がしてさ。恋愛が絡んでたりするの?って聞いたら、曖昧だったけど、アネゴはやっぱり鋭いね、って言ってくれたんよね」

昼休みに屋上で、上井を確認していたのは、吹奏楽部の宮田佳子だった。
若本に午前中、廊下で遭遇した際に、昼休みに屋上を見てくれないかと頼まれたのだ。

なんでアタシが?何のために?と聞いたら、若本は上井の名前を出したのだった。

放課後になり部活の時間、宮田は若本に昼休みに屋上で見掛けた出来事を話していた。

「そうなると、アタシがコンクールの前の日に気付いた時は、ミエハル先輩は屋上で見掛けた彼女さんと、若本さんとの間で悩んでたってことになるよね。それに、アタシが何となく気付いたって感じなのかな」

「そうね…。ミエハル先輩に告白したのはアタシが先になるんじゃけど、コンクールで金賞を取るのが条件の、仮の告白だったの」

「仮告白?まだアタシも頭の中が混乱しとるけぇ、色んな事聞いちゃうけど、去年一度若本さんは、ミエハル先輩をフッとるよね?」

「うん。その時は…」

「大丈夫、大丈夫。その辺りは詳しく知っとるから。広田先輩からも聞いたし」

「そっか、アタシあの頃、孤立してたもんね…」

「まあ、夫婦漫才してたミエハル先輩と若本さんが急に喋らなくなったけぇ、みんなザワザワしてたもんね」

「で、気付いたら仲直りしとって、アタシ達もホッとしたんじゃけど、次は若本さんが、ミエハル先輩を好きになったん?」

「…うん。早く言うとね」

「一度フッた相手を好きになれる?」

「…そう言われると辛いけど、アタシが最初にミエハル先輩をフッた経緯って、アネゴも知っとる通りで、かなり酷いことしちゃってるんよね…」

「そうらしいね」

宮田はズバズバと物を言う。今の若本には、逆にその方が助かった。

「なのに、アタシがミエハル先輩に詫びを入れた後は、何事も無かったようにまた話したり遊んだりしてくれて…。なんて心の広い先輩なんだ、って思ったのが最初なんだ」

「基本的にミエハル先輩って、みんなが楽しいと、自分も楽しいって人だよね。だから悩みとか辛い事も沢山抱えてたって広田先輩から聞いたけど、アタシ達には全然そんな面を見せなかったし」

「でしょ?アタシが先輩を避けてた時も、ミーティングとかはいつも変わらないお茶目な話し方だったし。それで4月で部長からは降りたけど、コンクールまで吹奏楽部の出番には必ず調整して出て来てくれたし」

「文化祭なんか、凄かったよね。クラスの出し物で額に火傷したとか言って、火傷隠しに鉢巻巻いたら、余計に目立っちゃって」

「そうそう!懐かしいな、あの頃って。で、最後のコンクールは先輩を悩ませた上に打楽器からバリサクへ戻しちゃって、今更だけどごめんね、アネゴ」

「そんなこともあったよね。アタシ、課題曲も自由曲も、ティンパニはミエハル先輩が叩くのを前提にしてたから、バリサクに戻るって聞いた時は流石に混乱したけど…。でも合間を見て、アタシ達の練習も見に来てくれとったけぇ、その点は嬉しかったかな。1年生の子達が、文化祭でのミエハル先輩を見て、目がハートになった直後にバリサクに戻ったから、めっちゃガックリしとってね〜」

「そうなんだ…。あ、そっか。1年生はミエハル先輩は元々打楽器の先輩って思ってるから、なんで突然縁もゆかりもないサックスに?って思ってもしょうがないよね」

「若本さんも文化祭がキッカケで、ミエハル先輩の事が、より好きになったん?」

「今思うと、そうなる。クラスの出し物もあり、生徒会の仕事もあり、そしてウチラの演奏もありで、めっちゃ忙しかった筈、疲れてる筈なのに、合奏に現れた時は全力でドラム叩いたりしてたもんね。正直、格好いいって思ったんだ」

「で、コンクールはバリサクで出ることに決まって、1年ぶりにミエハル先輩が戻ってきたと…」

「うん…。年末のアンコンでも一時帰省してくれたんじゃけど、その時はアタシがミエハル先輩を避けとったけぇ、1年ぶりに等しいよね」

「そうだ、アンコンでソプラノ吹かんにゃならんから、一時帰省するって言ってたの、思い出した。その時は、ミエハル先輩と全然喋ったりせんかったん?」

「うん」

「なんでまた」

「アタシがミエハル先輩に黙って村山先輩と付き合ってたことが、凄い後ろめたくてね。合わせる顔がないと思って…」

「もう時効みたいなもんだからいいけど、先輩、苦しかったじゃろうね」

「そうなの。その事を思い出すと、本当にミエハル先輩には悪いことしたって思うよ…」

「でも、文化祭でミエハル先輩の頑張りを見て、気持ちが揺れたんじゃろ?」

「うーん、春先に仲直りさせてもらった時の言葉と、文化祭のドラムと、バリサクに戻ってからの練習を見て、が正しいかな…」

「確かにミエハル先輩って、練習スイッチが入ると、周りのことなんか見えなくなるくらい、熱心に練習するもんね」

「そうなの。その姿が格好良くて…。一生懸命に遅れを取り戻そうとして、汗を流してコンクールの曲練してるのを見たら、キュンとしちゃってね」

「うん、大体の流れは分かったよ。で、今の若本さんの気持ちはどうなの?」

「金賞取れなかったから、告白はしません、アタシは身を引きますからって先輩に言ったから、先輩は別にアタシを裏切って、今の彼女と付き合い始めた訳じゃないし、先輩は何も悪くないの」

「でも、諦めきれないんでしょ?」

「そうなの…。諦めるにはどうしたらいいかな、こんな時はどうする?アネゴなら」

若本はうっすら涙を浮かべていた。

「アタシなら…。」

<次回へ続く>


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