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小説「年下の男の子」-21

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第19章「5月4日」-4

「お邪魔します…あれ?誰もいないの?」

井田はデパートデート後に、原田家にやって来た。約10日ぶりだが、それ以上に久しぶりなような気持ちだった。

「うん…。お父さんは話した通り鹿児島、お母さんはパート、裕子はバレー部の練習だよ。お兄ちゃんは大学から帰ってこないしね」

ということは、今だけは原田と井田の2人きりだ。

「他に誰もいないのに、俺なんかお邪魔して良いの?」

「他に誰もいないから、堂々と上がれば良いのに。どうぞ、正史くん!」

先に靴を脱ぎ、家に入った原田が、手招きしている。

「じゃ、じゃあ、お邪魔します…。大丈夫?」

「当たり前じゃない。初めてじゃないんだから。まあその内お母さんや裕子も帰ってくると思うから、今は色んなことはお預け、ね?」

「色んなことって、何?」

「もーっ、正史くんは意地悪なんだから…」

原田はそう言うと、井田の肩に手を置き、唇を合わせた。

「…アタシだって、我慢してるんだもん。今はここまで、ね」

「今は…?」

「そう、今は…」

原田は少し含みのある笑顔を浮かべた後、風呂の準備を始めていた。

「ねぇ朝子、俺が出来ることは何かあるかな?」

風呂場に向かって井田は声を掛けた。

「洗濯物の取り込み…いや、女物ばっかりだからいいや。何もしなくていいよ。座って、テレビでも見てて〜」

女物の衣服に、思った以上に男としての自然生理現象が発生することを学んだ井田は、ありがたく遠慮した。
朝子の洗濯物だけならまだしも、お母さんや裕子のも干されているはずだからだ。

井田がテレビを点けると、日曜日だからか「笑点」が入っていた。とりあえずボーッと眺めていたら、風呂の準備が終わった原田が、今度は台所へ向かった。

「ねぇ、俺本当に座ったままでいいの?」

井田は原田ばかりが忙しく動き回っているのを見て、もう一度声を掛けた。

「うん、正史くんはお客さんなんだから、何もしなくてもいいの。テレビでも見てて。あ、夕飯は今から冷蔵庫にGW用に買っておいたもので作るから、待っててね」

「うん、分かった…」

家事をてきぱきとこなす原田を見ていると、なんとなく結婚したような錯覚に陥る。
まだ井田にとっては結婚は程遠く先の長い話だが、原田と結婚したらこんな風に家事をこなしてくれ、時々自分も手伝ったりして仲良く過ごせるのかな?と、テレビと台所を交互に眺めながら思っていた。

時が過ぎ、サザエさんが終わろうという頃だった。

「たっだいま~!あーっ、正史くん来てるの?」


第19章-5

朝子の妹、裕子が部活から帰ってきた。

「こんばんは~。お邪魔してます」

「この前の電話以来だよね!正史くん、元気にしてた?」

「ええ、お陰様で…」

「また余所行きの言葉使っちゃって!普通にお姉ちゃんと喋るように、アタシとも喋ってよ~。正史くんが礼儀正しい人ってのはもう知ってるから」

と、バレーの部活を一日こなしてきたとは思えない元気な裕子に圧倒されていると、

「もう裕子!正史くんを取らないでよ!夕ご飯が出来たから、手を洗ってきて。みんなで食べよ」

「やったー!お姉ちゃんが作ってくれてた~。もしお姉ちゃんと正史くんのデートが長引いて、帰ったらアタシ1人だったら、アタシが夕飯作らなきゃいけなかったから、助かるよ」

裕子が帰ってきて、一気に賑やかになった。年の近い兄弟姉妹がいるって、いいなぁと、改めて井田は思った。

「お姉ちゃーん、洗濯物、洗濯機に突っ込んでもいい?」

手を洗いながら、裕子が朝子に聞く。

「うん、いいんじゃない?今朝までのはお母さんが洗濯して干してくれたから」

「じゃあ遠慮なく入れちゃうね~。正史くんには刺激の強い、女の汗が染み込んだバレーボールのユニフォーム~♪」

「何を正史くんを挑発するような変な歌、歌ってんのよ!夕ご飯、上げないよ!」

井田は約10日ぶりに聞く姉妹漫談が楽しくて、頬が緩んでいた。

「えーっ、それは勘弁してよ。じゃあ静かに入れるから。…今日1日の女の魂が籠った、バレーボール部のユニフォーム…洗ってもらう時を待つのだぞ…」

堪えきれずに井田は噴き出してしまった。

「ギャハハッ!食べてる時じゃなくてよかった!裕子さん、面白過ぎる!」

「でしょ?もうあの子ったら、きょう正史くんが泊まりに来るからって、朝からノリノリなの。ねぇ裕子、バレー部の練習ももしかしたら早退したんじゃないの?」

裕子はハンカチで手を拭きながら、

「早退まではしてないよ~。そんなことしたらインターハイの予選メンバーに選ばれなくなっちゃうじゃん」

と言った。

「ふう、まだ裕子に良心が残ってて良かったよ。じゃあみんなで食べよ!」

テーブルには、朝子手作りの鶏の唐揚げ、ポテトサラダ、味噌汁、そしてご飯が並べられた。

「うわあ、朝子が全部作ったの?」

「ううん、お母さんが事前にある程度下準備してくれてて、アタシが作ったのは鶏の唐揚げだけだよ。お肉料理は何にしようかと迷ったんだけど、鶏肉が大量にあったからね」

「それでも高3女子で鶏のから揚げをイチから作るのは偉いよ。さすがだね!」

「えー、正史くんとお姉ちゃんの惚気話はこの辺りにしていただいて、そろそろ食べてもよいでしょうか」

と、場所的には井田の真正面に座っている裕子が、早く食べたいと訴えた。

「惚気てなんかないってば!もう裕子はなんでもアタシと正史くんのことを茶化すんだから。はい、じゃあ、食べよ!いただきまーす」

朝子の言葉をきっかけに、夕飯を食べ始めた。井田は早速唐揚げを食べてみた。

「美味い!唐揚げ美味しいよ!」

「正史くん、ありがと💕作ったものを褒められると、やっぱり嬉しいね」

と照れる朝子に、裕子が追撃する。

「お姉ちゃん、褒められる、の前に、好きな人にって言葉を入れなきゃダメじゃん!」

「裕子は一言多いのよ!ほら、足だってちゃんと閉じて座らないと、正史くんからスカートの中見られちゃうよ!」

「別に見られても大丈夫だもーん。ブルマ穿いてるし」

「そういう問題じゃないの!女の子としてね、ちゃんと…」

「お姉ちゃん、正史くんの前で喧嘩してる場合じゃないよ。美味しく食べなきゃ。ね!正史くん」

「は、はぁ…」

井田はすっかり圧倒されていた。だが、やはり年の近い兄弟姉妹がいるのは羨ましかった。

「ほら、正史くんが怯えちゃってるよ。お姉ちゃん、チューでもして慰めてあげなきゃ」

「なんで裕子の前でキスしなきゃいけないのよ!他人がいたら出来ないでしょ!」

「あっ、そういう言い方ってことは、2人はキスまでは進んでるんだ~。ヒューヒュー!」

「んもう、裕子!さっさと食べてお風呂入っちゃってよ!」

井田は再び噴き出さぬよう、必死に堪えていた。

「ところでさ、お母さんは何時頃帰られるの?」

井田は話題を転換しようとしてみた。

「お母さん?お母さんは、休日はコンビニに昼からパートに行ってるんだ。だから、8時過ぎになるかなぁ」

と、裕子が答えてくれた。

「メッチャお母さん、働いてない?確か前に泊まった時は、朝早くからスーパーの品出しに行かれてたような気がするけど」

「そうなの、ちょっと心配なんだ。お兄ちゃんが県外の大学で一人暮らししてるから、どうしてもお金が掛かるって言っててさ。だからアタシは高校出ても、県外には行かないようにしようと思ってるよ。お姉ちゃんはどう?」

「うーん…アタシは…進学か就職のどっちかを決めなきゃ、っていう段階だからね。お母さんの苦労を見てるから、もちろんアタシも出来る限り自宅から通える進路を選びたいとは思ってるよ」

朝子は少し下を向きながら、慎重に答えた。

「お姉ちゃん、卒業後に県外に出たら、まだ高校生の正史くんと逢いにくくなるよ?アタシが奪っちゃったら、どうするの?」

「ちょっと裕子、何を言い出すの!真面目な話してたのに、なんで正史くんを奪う話になるのよ」

井田はキョトンとしていた。

「もう、お姉ちゃんはやっぱり真面目だなぁ。冗談よ、冗談」

「冗談にしちゃ、キツいよ、もう。ご飯は終わったの?洗うから、お皿とか台所に持ってってね」

「あ、皿洗いとかは、アタシがやるよ!お姉ちゃんは作ってくれたんだから、後片付けはアタシがやるから」

「えっ、本当に?珍しくない?」

「珍しいなんて言わないでよ。アタシだって朝の食器は洗ってるじゃない。夕飯の食器もたまには洗うよってだけだよ」

裕子はそう言い立ち上がると、台所へ向かって行き、エプロンを付けた。

そして食べ終わった食器を洗う様子は、さっきまで食べながら冗談を飛ばしていた姿とは全然違い、真剣だった。

(裕子さんも出来るじゃん…。朝子は可愛いけど、裕子さんはかっこいい、かな?)

テーブルでは右隣に座っていた朝子が、いつしか井田の横に座っていた。

「ねぇ、正史くん」

「ん?」

「さっき裕子が、アタシが高校を先に出たら、正史くんを奪うなんて言ってたけど…。そんなこと、ないよね?アタシ達、ずっと一緒だよね?」

朝子は突然不安そうに、井田に告白してきた。

「ど、どうしたの?俺、朝子と別れる気なんか、全くないよ」

「本当に?」

「当たり前じゃん。もし高校卒業後、朝子が就職したら、OLの彼女がいるんだぜ!って自慢できるし」

「その言葉、信じてもいい?」

「大丈夫!1986オメガトライブに誓って!『朝子は1000%』だよ」

「うん!ありがとう、正史くん」

朝子はテーブルの下で、井田の手を握ってきた。井田も握り返した。

裕子は台所で洗い物をしながら、その様子を見て見ぬふりをしていた。

(正史くん、アタシだって、諦めてないからね…)


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ミエハル
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