小説「15歳の傷痕」83〜勘違い
<前回はコチラ>
<77回までのまとめ>
― 恋したっていいじゃない ―
1
9月9日金曜日の朝、俺は寝不足のまま登校するため、玖波駅にいた。
昨日、山神さんは神戸さんに電話して、なんで俺のことを避けるのか?と聞いてくれると言ってくれたが、果たしてどういう結果になるのやら、昨夜は悶々として寝付けなかった。
しかし今になって、俺が高1の初めから神戸さんに対して仕掛けていたガン無視という行為は、物凄く相手を傷付けるんだな…と改めて心に沁みた。
「ミエハルくーん、おはよー」
と、山神さんが俺を見付けて声を掛けてくれた。
「早いね、もしかして待たせた?」
「ううん、大丈夫だよ」
「じゃあ、駅に入りながら昨夜のこと、言うね」
山神さんは本当に電話してくれたんだ…。
俺と山神さんは、改札を抜けてホームへ向かいながら話した。
「まずね、チカちゃんに電話したら、懐かしいねーって話になっちゃってさ。女同士だから中々懐かし話が止まらなくて」
「そう言えばそうだよね。電車とかでも会ってないでしょ?」
「うん、会わないよね。まあ部活とか、チカちゃんの彼氏のこともあるし、アタシはグレてたし」
「ま、それは過去のこととして…」
「そうね。今はミエハルくんのお陰で、青春の忘れ物を取り戻してるところだから…」
「そんな大したことしてないよ、照れちゃうじゃん」
「そうそう、それでね、アタシは懐かし話が一段落した時に、やっと聞いたの。そう言えばまたミエハルくんと喧嘩してるの?って」
「あっ、そう言う切り口で聞いてくれたんだ?」
話がいよいよ核心に近付いた時に、広島行の列車が来てしまった。
「とりあえず乗ろうか」
どちらともなくそう言い、列車に乗り込んだ。
ベルが鳴り、ドアが閉まり、列車は玖波を発車した。
車内で山神さんは話を続けてくれた。
「それでね、喧嘩してるの?って聞いたら、喧嘩はしてないよって言うんだよ。逆になんでそんなことを聞くの?って言われたから、ちょっと話を作っちゃった」
「作った?え?どんな風に?」
「アタシが玖波に着いてホームに降りたら、ミエハルくんが涙を拭きながらホームのベンチに座ってた…って設定にしたのよ」
「あっ、それならほぼ事実だから、大丈夫だよ…」
「え?事実って?」
「昨日の帰り、玖波で降りたんだけど、突然神戸さんに無視された悔し涙でその場で動けなくなってさ。ベンチに座って気持ちを落ち着けようとしてたんだ。で、次の列車が来たタイミングで、人波に紛れて駅から出ようとしたら、山神さんに出会ったんだよ」
「そっかぁ…。ミエハルくん、ショックだったんだね」
「まあ、ね」
「でね、喧嘩はしてないって言われたからさ、アタシがミエハルくんにどうしたの?って聞いたら、チカちゃんに突然無視された…ってミエハルくんが答えたって言ったの。そしたらチカちゃん、ちょっと動揺してた。それは電話越しでも分かったよ」
「動揺…?」
「そう。だからチカちゃんに、こんな言い方は変だけど後ろめたいことがあるんだ、って思ってね。何があったの?って聞いたら、なかなか最初は言わなかったんだけど、ミエハルくんにやっと彼女が出来たのに、すぐ別の女の子と2人で帰ってたのを見たって言って、アタシの知ってる上井くんはそんな女をたぶらかすような男だったのかって、頭に来たんだって」
ここまで話したら、大野浦駅に着いた。宮島口駅まで半分を切った。
「なんだそれ…」
「ミエハルくん、何か思い当たる節はある?」
「うーん…。アッ!もしかしたらあの時かな…」
「あ、何かあるんだ?教えてくれる?」
「同じクラスの女の子。その子も玖波駅利用者なんだ。たまたま一人で帰ってた時、その女の子と信号待ちで出会って、その子も1人だったから、2人で色々話しながら帰ったんだけど…。ひょっとしてその子のことを言ってるのかも…」
「じゃあ、その子と偶々2人で帰ってる場面をチカちゃんが見て、ミエハルくんは彼女が出来たばかりなのに、なんで浮気みたいなことしてるんだ、って思ったのかもね」
「多分ね…。というか、それしか思い付かないし」
「ミエハルくんに確認じゃけど、その同じクラスの女の子とは、何もないんだよね?」
「うん。単なるクラスメイトだよ」
「分かったよ、ミエハルくん。今夜またチカちゃんに電話することになってるから、ミエハルくんはチカちゃんには、直接話し掛けたりしないでもいいよ。アタシがそう言ってみるから」
「えっ、そうなの?」
「うん、今日もしお互いに何か分かったら教えてほしいからって、電話することになってるの。ミエハルくんが玖波駅降りてからベンチに座って泣いてたって知って、チカちゃんも動揺してる訳だし…。だからさ、きょうN高の中で顔を合わせたら、可能なら単なる同じクラスの女の子で、って言えたらいいけど、きっと難しいと思うし」
「そ、そうなんやね」
列車は丁度宮島口に着いた。
「じゃあ山神さん、また今夜よろしく!」
「分かったよー!じゃ、またね!バイバーイ」
ドアは閉まり、次の駅へ向かって列車は走り出した。
(じゃ、高校に行くか…)
俺はN高生の群れにまみれ、歩き始めた。
2
その日の昼休みをいつものように裕子と屋上で過ごし、掃除の時間に教室へ戻ろうとしたら、その途中で大村&神戸のカップルに遭遇してしまった。
「おぉ、上井、久しぶり…」
「そうだね…。じゃ、また」
大村は声を掛けてくれたが、なんとなく横にいる神戸に気を使った感じだし、神戸自身も俺とは目を合わせないようにしていたので、大村にだけ一言声を掛けて、そのままクラスへ戻った。
今朝の山神さんの話だと、神戸は昨日俺が玖波で悔し涙を流していたと聞いて動揺していた、とのことだったが、今すれ違った際には微塵もそんな様子は感じられなかった。
それが演技なのか、本気なのか…俺には分からなかった。
一方で大村は、あまりに素っ気ない神戸の態度が、やっぱり気になってしまった。
「チカちゃん、上井をあんなにガン無視しなきゃいけないほど嫌いになったの?」
神戸は昨夜、山神さんから掛かってきた電話を思い出していた。
(アタシが玖波で降りたら、偶々ミエハルくんがベンチに座って涙を拭いながら落ち込んでたのよ)
(どしたの?って聞いたら、チカちゃんに突然無視されて原因が分からない、やっと仲直り出来たのに辛いって)
そこで理由は言ったが、山神さんがそれに対して言った、「ミエハルくんが女遊びするような男の子かどうか、中3の時に付き合ってたチカちゃんがよく分かってるんじゃない?」という言葉が、脳裏に焼き付いていた。
確かにそうだ。
いつも恋愛では一途に相手のことを思うのが、上井という男だ。
その分、失恋した後の立ち直りに時間が掛かるのも上井だ。
だが大村には山神さんとのやり取りを説明してもよく伝わる訳がない。だから建前は今までと同じことを言うしか無かった。
「だって…。彼女さんが出来たのに、別の女の子と2人で帰るって、おかしいよ。散々アタシ達のことを批判しておいて」
「批判って…まあ、俺のせいもあるけどさ、上井は内心面白く無かったとは思うけど、俺達に直接批判的な言いがかりなんか、上井が言ってきたことあったっけ?確かに上井はチカちゃんと喋らない期間が長かったけど」
神戸は自分でも変なことを言っていると思ったが、よく内心が整理出来ないため、と自分でも思った。
「この前、上井と一緒だったあの子が誰なのか分かんないのも一因だろうけど、もしかしたら単なる同じクラスの女子かもしれないよ?それで、上井のことだから、同じ方向の女子だし、帰りながら何か進路とかの相談に乗ってたのかもしれないし…」
「……」
神戸は、怒りが先に立って、そういう見方をしていなかったことに気が付いた。
(同じ方向の同じクラスの女の子か…。アタシ、そんな視点全然持ってなかったな…)
大村は6組に、神戸は5組に分かれる前に、大村が言った。
「今度、体育祭の学年練習があるじゃん。その時多分、いつもと同じなら、俺の6組から7組の女子を見てみて、この前上井と一緒にいた子がいないか、確認してみるよ。なんとなく後ろ姿とか髪型を覚えとるし。ま、上井に直接聞いてみてもええけどね」
「そ、そうね。その全体練習の時でいいよ。彼に直接聞くのは、止めて…」
「そう?来週になっちゃうけど」
「いいの。焦らないから」
「…ああ、分かったよ。じゃあまた放課後に、ね」
大村は神戸の態度に違和感を感じつつ、6組に戻った。
神戸は今夜また掛かって来る山神さんからの電話にどう応えようか、悩み始めていた。
3
6限目が終わり、放課後となった。
さあ、裕子が下駄箱で待っている…と思い、早々に教室を出ようとしたら、クラスのリーダー格の長尾君に声を掛けられた。
「なぁ、ミエハル…」
「ん?何…」
と答えるなり、肩を組まれてヒソヒソ声で聞かれた。
「ミエハル、彼女出来たん?」
絶妙に周囲には聞こえないボリュームだ。
「えっ、なんでナガさんまで知っとるん?」
「やっぱり噂は本当か…。なんかさ、最近お前、昼休みになると弁当持ってどっか行くじゃん。そこからちょっと女子がザワザワし始めて、誰とは言えんのじゃけど、俺に、ミエハルに彼女が出来たんじゃないか聞いてみてくれって言われてさ」
「クラスの女子が?そんなことを?」
「そうなんよ。ミエハルは、大谷とはある程度話してるじゃん。それ以外の女子とは殆ど喋ってないじゃろ?その、殆ど喋ってない女子からの依頼とだけ、言っておくよ。どうする?彼女が出来たって返事しとくか?」
「う、うーん…」
俺は滅多にない二者択一の問題に直面した。
本来なら、2年生の森川裕子という女の子と付き合い始めたと、堂々と言えばいいのだが、心のどこかで堂々と明らかにしたくないと思う自分もいる。
だからと言って、裕子以外の女の子をキープしておきたい訳ではない。
迷いに迷っている俺を見て、
「じゃあとりあえず、ハッキリとした彼女はいないって言っとこうか。ミエハル、こんな経験が少ないんじゃろ」
「その通り」
「女子って、よっぽどの時以外はハッキリとした答えは言わない方がいい、ってのが俺の持論なんよ。例えば1対1で答えを迫られているような時は、ハッキリ言わなきゃダメ。そうじゃない、今みたいな時は、ボカシておいた方がお互いのため。でもミエハル次第じゃけどな」
「いや、今はナガさんの経験に乗らせてよ」
「じゃあ、特定の彼女はいない…にしとく?」
「そうだね、そこは経験豊富なナガさんに一任するよ」
「分かった。じゃ、その女子には、上手いこと言っとくから。おっと、足を止めて悪かったな。待ってるんだろ?」
といい長尾君は左手の小指を立てた。
「ま、まあね」
「じゃ、そういうことで。上手くやってくれや」
「ありがとね」
俺は下駄箱に向かったが、女子がザワザワしているというのが気になった。
(俺がモテてる?まさか…だよな。2年半掛けて仲直りした女子にあっという間に嫌われるんだから)
下駄箱に着くと、後ろ姿の裕子が見えた。
靴に履き替え、そっと後ろから忍び寄って…
「ワッ!」
「キャッ!…んもー、先輩!ビックリしたじゃないですかぁ…」
裕子は俺の胸をポカポカと叩いてきた。
「アハハ、ごめんごめん。寿命縮まっちゃったかな?」
「縮まった~。もう!」
俺はポカポカしてくる裕子の左手を右手で掴むと、強引に手と手を繋いだ。
「あっ、先輩ったら…。誤魔化されちゃった。ま、いいか」
「どうする?今日は校門までにする?宮島口まで来る?」
「うーん、宮島口まで行くのは2日に1回にしてるから、本当は今日は行かない日だけど…。ミエハル先輩と長く一緒にいたいな。宮島口まで行ってもいい?」
「うん。いいよ、裕子さえよければ…」
「やったー!じゃ、宮島口まで一緒に…ね、先輩」
「うん、じゃあ行こうか」
と、俺は裕子と手を繋いで宮島口へ向かって歩き始めたが…
「裕子、たまにはルートを変えて、俺が田尻に降りようか?」
「え?先輩、いいの?遠回りにならない?」
「いつも裕子に広電代にバス代まで出させちゃってるのは悪いからさ、俺が田尻まで行けば、バス代だけで済むじゃろ」
「わ、それは確かに助かります~エヘヘ。じゃ、今日はちょっと違うルートで…。なんかそれだけで気分が違っちゃうな。ルンルンッ」
俺と裕子は向きを変え、広電の田尻まで一緒に歩くことにした。
裕子にはたまにはルートを変えようと言ったが、実際は、宮島口へ向かって歩き出した途端、目の前に大村と神戸がいたからだ。
山神さんが介入してくれているが、直接神戸とは話も何もしていない。
今夜山神さんが電話してくれて、明日の朝にまた電話内容を教えてくれることになっているが、今は関係が最悪なので近付きたくなかったのだ。
「ミエハル先輩!」
「んっ?」
「…アタシ、やっぱりミエハル先輩が大好き!」
「ど、どしたの?突然…」
「優しいし、アタシを守ってくれてるのが分かるし。先輩の彼女になれて良かった…」
裕子が噛み締めるように言った。
時期的に何故だか身辺がザワザワしているので、裕子にそう言ってもらえると、俺自身気持ちが落ち着いた。
「俺も、裕子が大好きだよ」
「えー?ホントかな?」
「あっ、そんなこと言うと、くすぐっちゃうぞ」
「あんっ、それだけはダメー!」
今は裕子という彼女との時間を大切にしよう…
<次回へ続く>