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小説「年下の男の子」-23

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第19章「5月4日」-6

裕子は脱衣場で制服と下着を脱ぎながら、ドアの隙間から見た朝子と井田の濃厚なキスシーンを何度も脳内で反復させていた。

(恋人同士だもん…、あれぐらいのキスは…、当たり前なんだよね…)

明日も着る制服は畳んで籠に置き、下着とブルマーは苛々しながら洗濯機にやや乱暴に投げ込んで、裕子は浴室に入った。

姉の朝子の彼氏だということを充分承知の上で、裕子も井田の事を好きになってしまった、そのことは裕子自身がよく分かっていた。
叶わない恋だと、頭では分かっているつもりだ。

だが、理性だけではどうにもならない感情が、裕子に芽生えていた。

(どうしたらいいの…)

とりあえずシャワーで全身を洗いながら、自問自答していた。

一方、朝子と井田は何度もキスを重ねた後、一旦抱き合う体を離した。

「朝子…」

「正史くん…」

「こんなこと、したら、俺、我慢出来なくなっちゃう…」

「…うん、アタシも我慢出来ない。出来ないけど、まだ裕子がお風呂に入ってるから、これ以上はお預け…」

「俺、これからはこの前の未遂も含めてまだ経験したことがないけど、いいの?」

「アタシも同じだよ…」

2人はモジモジと見つめ合いながら、会話していた。

「実はね、アタシ、正史くんと一緒にお風呂入ろうと思ってたの」

「えーっ?流石にそ、それは…」

「うふっ。勿論、お互いに大事な部分はガードして、だよ?」

「ガード?」

「そう。今日買った水着を着て、一緒に入ろうと思ってたの」

「水着?あっ、なるほど」

「アタシは、あのスカイブルーのビキニ」

「そう言えば俺に買ってくれた海パンって、どんなの?」

「見たい?」

「当たり前じゃん!」

「じゃあ持ってくるから、待っててね」

朝子はそう言うと、2階の朝子の部屋へと、海パンを取りに行った。
デパートでは結局どんな海パンを買ってくれたのか、お家に帰ってからのお楽しみと言って、朝子は教えてくれなかった。

しばらく井田は、天才たけしの元気が出るテレビをボーッと眺めながら、朝子を待っていた。
画面では、ビートたけしと松方弘樹が組んでリリースした歌を歌っていた。

「はい、おまたせ〜」

朝子がスポーツ店の包み紙にくるまれた海パンを2つ持って、2階から下りてきた。
包装からは、どんな海パンかは分からない。

「開けていい?」

「勿論!驚くかなぁ…?」

井田が1つ目の袋を開け、海パンを取り出した。

「お、なかなか格好いいじゃん!これは嬉しいな。ありがとう、朝子」

1つ目の海パンは、最近の流行を取り入れた派手な柄の海パンだった。

「これなら学校のスクール海パンより、絶対に格好いいよ!」

「本当?喜んでくれて良かった…。もう一つ、開けてみて?」

「うん。朝子が俺のために買ってくれたんだもんね」

井田が袋を開けると、思ったより小さな海パンが目に入った。

「ん?なんだろ」

そのまま取り出すと、それはいわゆる三角ビキニ海パンだった。

「えっ、何これ。こんな恥ずかしいのを、俺に穿けと?」

朝子は少し照れながら、コクンと頷いた。

「お、俺、これは恥ずかしいよぉ。あの、競泳の選手みたいな海パンでしょ?だってこんなの穿いたら、その、アレが目立っちゃうしさ、やっぱり…」

朝子は少し悲しげな表情をしながら井田に聞いた。

「アタシ、正史くんはバレー部で頑張ってたから、まだ体も引き締まってて、こんな海パンでも似合うって思ったの。でも、嫌だった?」

「うぅっ、そんな顔しないでよ…」

井田は熟考し、知り合いがいなさそうな遠くの海へ行く時は、この三角ビキニ海パンを穿いてもいいよ、と答えた。
途端に朝子の表情が明るくなった。

「良かった!だってね、絶対に正史くんに似合う海パンだもん、2つとも。1つはプールとか沢山人がいそうな所で穿いて、もう一つはアタシと正史くんと遠くのビーチへ行く時に穿いてね」

この朝子の表情を見たら、素直にウンというしかない。本当に自分より2歳年上で、中学校では女子バレー部の伝説的存在だったのかと思うほど、可愛くて甘えん坊な表情なのだ。
今は髪の毛を束ね、ポニーテール状にしているのも、余計に井田には『女の子』を意識させる。

水着騒ぎの後は、ジュースとスナック菓子で、テレビを見ながら他愛のない話をして、裕子が風呂から上がるのを待っていた。


一方、その裕子は、一刻も早く風呂から上がりたかった。
シャワーを浴びていても、浴槽に浸かっていても、朝子と井田の濃厚なキスシーンがフラッシュバックしてくる。

(覗き見なんかしなきゃ良かったんだ…)

これ以上風呂に入っていたら、お姉ちゃん達は何処かに消えて過激なことをしてしまう、せめてそれだけはやめてほしい、そう願って、裕子は早々に風呂から上がった。

タオルで濡れた身体を拭くのももどかしく、新しいブラジャーとパンツを身に着け、パジャマを着ると、勢いよくリビングへと戻った。

「あら裕子、早かったね」

朝子はスナック菓子を食べながら、裕子に言った。
2人はオレンジジュースを飲みながら、時々スナック菓子を食べ、ノンビリとテレビを見ている。
裕子はあまりに穏やかな光景が目の前に広がっていることに、却ってビックリした。

「裕子さん、まさか俺に気を使って早く風呂から上がったんじゃない?もしそうなら、ゴメンね」

井田もそう言った。

(アタシが風呂に入る前の、あの様子はどこに行ったの?)

裕子は戸惑った。だが裕子には2つの気持ちが発生していることに、裕子自身が気付いた。

(アタシはお姉ちゃん達が盛り上がって、もっと凄いことしててほしかったの?それとも、今みたいに穏やかな光景を願ってたの?)

裕子はバスタオルで髪の毛を拭きながら、

「お姉ちゃん、ノンビリしてても大丈夫なの?」

と尋ねた。
我ながら、変な質問だと裕子は思ったが、それぐらいしか今は言えなかった。

「え?うん、日曜の夜なんて憂鬱だけど、明日は休みだし、何より正史くんがいるし」

「そ、そう…」

裕子はとりあえず平静を装い、冷蔵庫から牛乳を取り出してきた。

「裕子さんが上がったから、今度は俺の番だよね。じゃあお風呂借ります」

井田はリビングに置いたままのカバンから、寝具と下着を取り出し、脱衣場へ向かった。

「タオルは籠から出して使ってね。脱いだものは今晩洗っちゃうから、洗濯機へ放り込んでもいいよ」

と朝子が言った。
朝子は何気なく言ったつもりだろうが、裕子はそのセリフにドキッとした。

(アタシ達の下着と正史くんの下着が、一緒に洗濯されるんだ?な、なんか恥ずかしい…)

10日前に土砂降りにやられ、急遽井田が泊まった時にも、井田の下着と朝子、裕子の下着はお母さんが一緒にまとめて洗ってくれているのだが、その時には全くなんとも思わなかった。
それが今夜は、何故か井田の下着と一緒に洗われるということに、急に恥ずかしさを感じてしまったのだ。

朝子はというと、自分の下着と井田の下着を一緒に洗うことを、何とも思ってないようだ。

ここが、既に付き合っている関係かそうじゃないかの違いなのだろうか。

朝子は井田を待つ間、喋ろうよと、裕子をリビングのテーブルに誘った。
裕子もモヤモヤしてはいたが、拒否する理由もなく、朝子の横に座った。

「H高校の女子バレー部はどう?今年は去年よりも上位にいけそう?」

「あっ、うん…。それなりに練習厳しいもん。明日も練習あるし。全然GWって気がしないよ」

「結局アタシも吹奏楽部に入ってるけど、体育、特にバレーボールは気になっちゃうんだなぁ。アタシの分も、頑張ってね、裕子」

「頑張るよ。頑張るから…」

「ん?どうしたの?」

裕子は、喉まで出掛かっていた言葉を引っ込めた。

「ううん、なんでもない。気にしないで」

朝子は不思議そうな顔をしていたが、深く聞いては来なかった。

裕子の喉まで出掛かっていた言葉は、

(頑張るから、春の大会でベスト3に入ったら、正史くんを1日貸して)

だった。

そんな朝子や裕子の気持ちを知らないまま、井田は脱衣場で服と下着を脱ぎながら、ジーンズまでは洗わせちゃいけないと思い、それ以外の衣服を洗濯機に入れていった。

その際、つい悲しい男の性で、先に入浴した朝子と裕子の下着が入っているのかなと、洗濯機の中を覗いてしまった。

そこには、昼間に水着の試着の際にちょっと水着からはみ出て見えていた朝子の純白の下着があり、もう一つ裕子が着用していたと思われる、薄いピンクの下着もあった。勿論下着以外の衣服も入っていたが、一緒に洗ってもらえることで何となく原田家との距離が近付くような気もし、正史は好奇心から朝子と裕子の下着を覗き見た自分を恥ずかしく思った。

(いかん、いかん。何してんだ、俺は)

そのまま井田は浴室に入り、一日の汗を流した。

その間、朝子と裕子はパジャマ姿で井田が風呂から上がるのを待っていたが、なんとなく気まずくて、会話が弾まなかった。

やっと裕子が朝子に声を掛けた。

「お姉ちゃん…」

「ん?なに?」

「正史くんのこと、どれくらい好き?」

「どれくらい…?そ、そうだね…、初めてアタシに出来た彼氏だから、何から何まで好き。大好きだよ」

「初めて彼氏かぁ、お姉ちゃんには。何から何まで好きだなんて、正史くんは幸せ者だよね」

「まあね。高3で初彼だから、遅いけど…。裕子は去年、あんなのに捕まらなかったら良かったのにね」

「…あんなのに捕まったから…、実はね、正史くんのことが、本当に素敵に見えるの」

裕子は秘めていた心を少しずつ朝子に開放し始めた。

「それって、まさか、宣戦布告?」

朝子はやっぱりかと思いつつ、敢えて少し微笑みながら答えた。

「何なんだろう、アタシもよく分かんない。お姉ちゃんにやっと出来た彼氏が、アタシも中学の時から知ってる子で、高校生になって凄い成長してて。家に2度も来てくれて、お父さんには会ってないけど、お母さんの心は掴んじゃって。あんないい男の子、いないよ…」

裕子は何故か涙ぐみながら、切々と朝子に喋り掛けた。

「裕子の気持ちもよく分かるよ。アタシの彼氏だけど、裕子の気持ちが揺れるのも…」

「ゴメンね、お姉ちゃん、アタシ、さっき、2人がキスしてるの、見ちゃったの」

朝子はビックリして、飲み掛けのオレンジジュースを思わず噴き出してしまった。

「えーっ?」

「だから、ゴメン、ゴメンね。見なきゃ良かったって後悔してるの。テレビで見るような、あんな凄いキス、目の前でお姉ちゃんと正史くんがするなんて、本当ならそれだけお姉ちゃんと正史くんは本気で付き合ってるんだって思って、アタシの気持ちは鎮めなきゃいけないんだけどね、アタシ、アタシ、ますます正史くんのことを…」

裕子は感極まったのか、泣き出してしまった。

朝子はキスしてるのを覗かれたショックもあったが、裕子が想像以上に正史のことを思っていることにも気付かされ、二重にショックを受けていた。

「と、とりあえず裕子、もうすぐ正史くんがお風呂から上がるから…。泣き顔なんか見せられないでしょ?部屋に戻りなよ。気持ちが落ち着くように」

「…そ、そうかもね。…うん。そうする。アタシは正史くんの前では元気な裕子でいたいから…」

裕子は泣きながら力無く立ち上がり、制服を持って、2階の部屋へと上がっていった。

その後ろ姿を見ながら、朝子は決意した。

(このままだと裕子に正史くんを奪われちゃう。今夜、正史くんと結ばれたい、絶対に)

<次回へ続く>

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