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第9話:ミーちゃんの奮闘記 〜生きるために戦うということ①〜

 無事に胃ろうの手術が終わり、注入も無事に行われていた。Nみさんは、胃ろうの注入の際に少し(?)看護師さんに文句を言うぐらいで、特に目立った問題も起こらず、順調に経過していた。


 胃ろうの注入には、栄養剤を使うのだが、これも問題なく経過していた。若干下痢気味になるのが問題点と言えば問題点だが、以前の食べれないことを考えると許容範囲だった。


カエル「本当にホッとしたのを覚えているよ。この栄養剤がなかなか決まらなくて退院できないこと もあるから。」


ミーちゃん「私も、うまくいってるって聞いてホッとしたわ。」


カエル「でも、退院してからが本当の始まりだったね。特にミーちゃんの奮闘は今でも覚えているよ。僕の中で”ミーちゃんの奮闘記”って思ったぐらいだから。」


ミーちゃん「まぁ(笑)。でも本当に”奮闘記”だったわ。」


カエル「Nみさんらしいよね(笑)」


 Nみさんは、その後も病院では、入院当初に比べると落ち着いて過ごしていた。得意の話術で、看護師さん達も感心していたようだ。


 Nみさんの知識や経験のほとんどは、驚くべきことに「書籍」と「伝聞」から来るものだった。圧倒的なのは、人から聞いた情報を頭の中で再現し、行ったことのない場所でも、まるで行ったことのあるかのように語ることだった。

 そしてその内容が、ほぼ現実とずれていないことがまた面白おかしくもあったのだ。


 やがて、Nみさんの術後も順調なため、退院の日取りが決定した。可能な限り早く退院できることを願っていたカエルたちは、本当に喜んだものだ。


カエル「入院ってね、どんなことであっても”退院できないんじゃないか?”って不安が付き纏うんだ。」


ミーちゃん「そうね。みんな高齢だから、基礎体力はそんなに高くないから。」


カエル「だからね、どんな人でもどんな病気でも毎回不安になってしまう。だから、退院が決まった時は本当に嬉しかったなぁ。」


ミーちゃん「カエルくん、少し涙ぐんでいたものね。」


カエル「本当に自分でもびっくりしたよ。」


 そんなカエルくんとミーちゃんの心配をよそに、Nみさんは何事もなかったように退院してきたのだ。


 仲の良いAさんは、シェアハウスの前でNみさんを待っていた。Aさんの表情もにこやかだ。車椅子専用の車両から、Nみさんが降りてくる。

 

 Nみさんは真っ先にAさんを見つけると「帰ったで」と、何事もなかったように伝えた。また、Aさんも、何事もなかったように「おかえり」と答える。


カエル「なんだか心配して空回りしてたのがバカらしくなっちゃったよ。」


ミーちゃん「そうね。全部ひっくるめて”ただいま””おかえり”って言い合える二人は素敵だなと思ったわ。」


 カエルは、Nみさんの車椅子を押しながら、彼女の部屋へと向かっていく。ミーちゃんもそれについて歩いていく。


 部屋に入った時、そこは入院前と変わらないNみさんの部屋があった。「やっぱ家がいいな」というNみさんの言葉に、またまたカエルは涙ぐんでいる。


ミーちゃん「あの時は本当に涙腺が緩んでたわね。」


カエル「本当にね。Nみさんの言葉が嬉しくてね。」


 ベッドに横になったNみさんと、しばらく話した後、疲れているだろうと思い、二人は部屋を後にしようとした。

 その背中に、Nみさんから「ありがとな」の声が飛んできた。思わず振り向いた二人だったが、Nみさんはすでにスヤスヤと寝息を立てている。

 カエルとミーちゃんは、なんとなく顔を見合わせて、クスッと笑った。


 その日の夜、いよいよシェアハウスでのNみさんの、胃ろうの注入が始まった。量にしたらコップ1杯半ぐらいのもので、大した量ではなかった。

 カエルもミーちゃんも、その後に少しでも口から食べることを試みようと思っていた。


ミーちゃん「いきなりつまづいたわよね。飲み込む力がどうとかよりも大きな問題があったわ。」


カエル「そうだね、これは本当に盲点だった。考えてみれば当たり前だったんだけど・・・。」


ミーちゃん「そう、まさかの”お腹いっぱい”ってことね。確かにNみさんの胃袋の大きさを考えたらそうだと思うわ。」


 そう、Nみさんは、朝昼晩の栄養剤の注入のため、胃の中がいっぱいになってしまって、満腹状態なのだ。これではどんなご馳走を用意しても受け入れてもらえるはずもない。


ミーちゃん「まずは”お腹が空いている”状態を作らなきゃならなかったのよね。」


 Nみさんも”食べたい”という気持ちはあるようだった。だけど、お腹いっぱいなものはどうしようもない。何日か様子を見たものの、状況は同じだ。


ミーちゃん「その上、Nみさんは痩せていったのよね。以前に胃ろうをしていた方は、栄養がしっかり入っていたから、むしろ太ったのよ。ところがNみさんはどんどん痩せていくの。」


カエル「そうだね。しかも、栄養剤が合っていなかったのか下痢もし出したんだよね。」


ミーちゃん「あれにはまいったわ。ずっと下痢をしているから、Nみさんもしんどそうで。」


カエル「ミーちゃんがお医者さんに説明して、栄養剤の調整をしたよね。体にあったものをなんとかしないとってね。」


ミーちゃん「何よりも食べることを諦めたくなかったから。だってお腹いっぱいだったり、下痢をしてたり、体調が良くなかったら、ご飯なんて食べたいと思わないもの。」


カエル「本当にそう思うよ。ミーちゃんの奮闘記が始まったわけだよね。」


ミーちゃん「なんとかNみさんに・・・ってね。必死だったわ。」



ーーー次回予告ーーー

 次回、いよいよNみさんとミーちゃんの奮闘記が始まります。「生きる」ということとは?

 この高齢者の「食べられなくなった時」というのは、今でもさまざまな議論を巻き起こします。延命治療であるとか自然ではないとか、とかく否定的な意見も多いようです。

 とある医療機関では「高齢なので対象ではない」といったことを言われたこともあります。


 何が正解なのかはわかりません。ですが、カエルもミーちゃんも「Nみさんも選んだ道」に寄り添って、必死に戦います。

 次回、生きることに命をかけた、Nみさんとミーちゃんの奮闘記をお届けします!!

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