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第8話:「手術」「胃ろう」
Nみさん・S病院・カエルのやりとりが、ほぼ毎日続く中、ついにその日がやってきます。そう、「胃ろう手術日」です。
カエルやミーちゃんは経験値の中で、どのような手術で時間はどれくらいなど、なんとなくわかっています。
カエル「この日、案の定Nみさんは大興奮だったんだよ。」
ミーちゃん「そうだろうと思うわ。いざとなったら怖いと思うし。」
カエル「そう、まさにその”怖い”がピークに達したんだと思う。手術の時間よりだいぶん早い時間に先生から電話があって。」
ミーちゃん「そうだったわね。」
カエル「何せ、当日の朝になってNみさんが”そんな手術セーへんわ”って大騒ぎで。”どうされますか?”って電話だったんだよ。」
病院からの連絡もごもっともだった。子供さんたちと関係性がない今、こういった手術などの決定権は、Nみさん本人にある。
もちろん、今回の入院に関しても、事前にご本人了承・同意のもと進んでいた。
だが、直前になって、Nみさんの「生きる気持ち」と「怖いという思い」が混乱してしまったのだ。
カエル「”とにかく今から病院に向かいます”って言って、Nみさんの元に駆けつけたんだよ。」
病院に駆けつけたカエルは、Nみさんの病室に向かう。そこには主治医の先生と看護師さんが、Nみさんを説得していた。
だが、Nみさんは一向に聞く耳を持たない様子。
カエル「本当にいざとなったら怖かったんだと思う。三十分ぐらいで終わる手術なんだけど、Nみさんにとったら一大事だもの。」
ミーちゃん「手術ということで、脳梗塞の時のことを思い出したのかもね。やっぱりNみさんに取っては怖いものだったと思うわ。」
カエル「そうだね。だから僕は主治医の先生にも看護師さんにも席を外してもらって、Nみさんともう一度話をさせてもらったんだ。」
主治医の先生と看護師さんに病室から出てもらい、カエルはNみさんのベッドの横の椅子に座った。
Nみさんは反対方向を向いて、押し黙っている。
カエル「ねぇ、Nみさん、手術怖い?」
Nみさんは黙って頷く。
カエル「怖かったら、やめてもいいんだよ。」
カエルの言葉にNみさんが少し驚いたようだ。
カエル「震えるほど怖い思いをしてすることはないんだ。確かに、Nみさんは今ご飯を食べれなくてしんどい思いをしているかもしれない。お孫さんの結婚式に出るために、この手術を受けなきゃって思ってくれているかもしれない。」
カエルは、ゆっくりとNみさんに語りかけている。
カエル「命のために頑張ることは、何もこの手術じゃないとできないわけじゃないと思う。それはNみさんが選んでいいんだよ。」
Nみさんは黙ってカエルの方を向いた。
カエル「手術をしてもしなくても、Nみさんが変わるわけじゃないんだ。僕もミーちゃんも花のみんなも、Nみさんの”生きかた”を応援しているよ。」
Nみさんは少し考え込んだ。どのくらいの時間が流れたかはわからない。Nみさんとカエルのいるその部屋だけ、時間が止まったようだった。
しばらくすると、Nみさんは「ありがとうな、やるわ」と答えた。
そのNみさんの目に迷いや怖さは見られなかった。
ミーちゃん「Nみさんは、今まで大事な決断を、ちゃんと自分でしてきた”戦うおばあちゃん”だからね。ちゃんと決めたんだと思う。」
カエル「そうだね。Nみさんは本当に強い人だと思ったよ。」
カエルは、Nみさんが手術に同意されたことを主治医に伝えに行きました。主治医がNみさんと話された時には、すっかり落ち着きを取り戻していて、はっきりとした声で「お願いします」と伝えられたのである。
カエル「それからは、あっという間だったね。病院のスタッフさん達も、大急ぎで対応していたよ。元々手術室も準備OKで、Nみさんを待っていただけだから。
カエルは、ストレッチャーに乗り換えて手術室に向かうNみさんの横を一緒に歩いていく。Nみさんは黙って、少し状態を起こして、進行方向をしっかりと見ていた。
やがて手術室の前に来ると、付き添いのカエルはそこから入ることができない。
カエル「僕に言えることはたった一つ”行ってらっしゃい”だけだったんだ。そしたらNみさん”ほな、行ってくるわ”ってちょっと近所に行ってくるような口ぶりで言うもんだから、思わず笑いそうになったよ。」
ミーちゃん「きっと、カエル君が心配そうな表情をしてたのね。そういうところ敏感な人だから。」
カエル「そうだったと思う。逆に気を使わせちゃったんだね、」
手術室に入って、三十分ほど待つと、Nみさんがストレッチャーで出てきた。麻酔が効いているのか、眠っているようだ。
主治医から、「成功しました」と報告があり、無事に胃ろうを造設できたのだった。
ーーー次回予告ーーー
「胃ろうの注入」そして「退院」へ