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第12話:Nみさんの願い 〜家族との距離〜

 お肉を食べてから、Nみさんの体調や体力が回復に向かうのかというと、そうではなかった。

 痰の量はますます増えていたし、胃ろうの注入を受ける時も、苦しそうな表情が続いていた。


ミーちゃん「それでも”お肉が食べたい”とか”あの店の大福が食べたい”とか、笑ってそう言うのよね。」


カエル「痰の吸引が終わると、ニヤッとしてそう言うんだからすごいよね。」


 そうやって「食べたい」と言っていても、実際に食べられる日は減っていった。


カエル「スタッフのみんなは肌で感じていたよね。Nみさんの命の火がだんだん小さくなっていっていることをね。」


ミーちゃん「そうね、私もそれは・・・なんていうか理屈じゃなくて感覚で感じていたわ。」


 それは人としての本能だったように思う。少しずつNみさんから、”生気”のようなものが抜けていっているのを、みんななんとなく感じていた。


カエル「ある男の子は、Nみさんの好きな歌を、ベッドの横で毎日歌っていたね。その歌の歌詞を大きな紙に書いて目の前に見えるように貼ったりね。」


ミーちゃん「みんな、必ず退勤する時に、Nみさんのところに寄って”また明日ね”っていうの。」


 それが気休めだと言うことは、みんなわかっていた。


カエルとミーちゃんは、そんなNみさんとの毎日を過ごしながら、ある決断をします。


 一度は試したものの会えなかった娘さんとの再会を果たしてあげたい。意を決してカエルはNみさんの娘さんに電話をします。


カエル「僕は本当に甘かったと思う。Nみさんの命が消えてしまいそうなことが、親子関係を修復するって、また勝手に思っていたんだ・・・。」


 Nみさんの命が長くはないことを、カエルは正直に娘さんに伝えた。いくらなんでも、最期の時となれば、二人の関係は修復するのだろうと考えてのことだった。


カエル「必死になって現状を伝えたんだけど・・・返ってきた言葉は”そうですか”だけだったんだ。」


ミーちゃん「カエルくん、呆然としてたわね。」


カエル「正直、耳を疑ったよ。なんで?なんで??って自問自答したよ。」


ミーちゃん「そうね。でも、Nみさんと娘さんにはもっと私たちが想像できないような何かがあったわよね。」


カエル「そうなんだ。僕は流石にそのことをNみさんに伝えられるわけもなくて、”ちょっと仕事が忙しくて来れないみたい”って誤魔化していたんだ。」


 カエルとミーちゃんは、娘さんのお店がSNS にアップしていた画像を印刷して、Nみさんの部屋に貼っていた。


 その写真を眺めるNみさんの目は、何をみていたのだろう?


 カエルの言葉を聞いたNみさんの言葉は簡単なものだった。


カエル「”そうやろな”だってさ。逆に僕が拍子抜けしちゃったよ。娘さんに腹が立っていたはずなのに、なんだか腹を立てていることがバカらしくなって。」


ミーちゃん「今思い返したら、それにはもちろん理由があったんだけど、あの時はそんなことわかるわけもないから、本当にびっくりしたわ。」


 それからもNみさんは変わらない生活を送っていた。相変わらず痰の量は多かったが、口から食べるのも諦めず、少量とはいえ食べることもできていた。


 カエルたちは、とりあえず娘さんとNみさんが会うことは保留して、毎日N みさんのそばではしゃいでいた。


 特にSNSの写真には、お孫さんらしき人も写っていて、”Nみさんに似てるんじゃない?”とか”娘さんも商売がうまくいっているのは、流石にNみさんの血よね”とか。


 男の子も、相変わらず毎日Nみさんのそばで、大好きな歌を口ずさんでいる。その様子をNみさんは微笑んで眺めている。たまに”下手くそやなぁ”と毒づきながら。


カエル「Nみさんは、娘さんとのことをどう思っていたんだろう?結局最期まで聞くことはできなかったな。」


ミーちゃん「そうね。私たちが軽々しく聞いていいようなことじゃないことに気がついたからね。」


ーー次回予告ーー

 Nみさんの命の炎は、確実に毎日小さくなっていく。そして、いよいよ最期の時を迎えようとしていた。


 次回、Nみさんの思いをお届けします。

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