第3話:シェアハウス花への移住
カエル:「Nみさんがシェアハウスに来ることになったとき、正直驚いたよね。」
ミーちゃん:「そうね。彼女が“施設”というものを徹底的に嫌っていたのは有名だったから。」
カエル:「でも、彼女が選んだのは“施設”じゃなくて、シェアハウス花だった。それが大きな違いだったんだと思う。」
Nみさんが「そろそろ施設に入らなきゃ」と口にしたのは、何度目かの転倒を経験した後だった。
朝方にトイレに行こうとして転倒されるため、下半身は汚染した状態で9:00を回って訪問介護員が来るのを待たなければならない。
携帯電話も持っておらず、固定電話はトイレから離れた場所にあったため、麻痺のある彼女がそこまで這っていくのは、非常に困難だった。
頻繁に起こる転倒と、それに伴う負傷は、彼女にとって大きなストレスとなっていた。それでも彼女は、一般的な特養や老健、住宅型有料老人ホームには一切興味を示さなかった。
ミーちゃん:「彼女が普通の施設を拒んでいたのは、自分の“自由”が奪われると思っていたからよね。」
カエル:「ああ、彼女にとって“フォーマル”なものは信用できない対象だった。特に、行政や既存の介護サービスには強い不信感を抱いていたよね。」
そんな彼女がシェアハウス花への移住を決めた理由は、とてもシンプルだった。
カエル:「覚えてる?『他の施設は嫌だけど、あんたのいるところなら行ってもいい』って言ったとき。」
ミーちゃん:「ええ。でも、その『あんた』っていうのがあなたじゃなくて、私のことだったのよね。本当にびっくりしたわ」
カエル:「そうなんだよな!僕じゃなくてミーちゃんだったのが、ちょっと悔しいけど(笑)。」
ミーちゃんは、Nみさんが自宅で介護サービスを利用していた頃から、長年彼女を支えていた訪問介護の管理者だった。彼女はどんな支援者にも厳しい態度を崩さなかったが、ミーちゃんだけは特別だった。
ミーちゃん:「彼女の心を開いた理由って、何だったのかしら。」
カエル:「たぶん、真正面からぶつかってくれたからだと思う。彼女の要求に応えるだけじゃなくて、ちゃんと自分の意見も伝えていたから。」
ミーちゃんは、Nみさんの要望をただ聞くだけでなく、時には「それはできない」とはっきり伝えることもあった。それが彼女にとっては新鮮であり、信頼を築くきっかけになったのだろう。
Nみさんがシェアハウス花に移る準備が進む中、カエルとミーちゃんのチームも動き出していた。彼女を迎えるための部屋の準備や、他の住人たちとの調整が必要だったからだ。
カエル:「彼女が移住してきたとき、他の住人たちがどんな反応をするか、正直ちょっと心配だったよ。」
ミーちゃん:「確かに。彼女の“強烈な個性”が衝突を生む可能性もあったから。」
しかし、Nみさんがシェアハウスに到着した日、その不安は少しだけ和らいだ。玄関先で「よろしく頼むわ!」と笑顔で挨拶する彼女の姿に、他の住人たちも自然と笑顔を返したからだ。
カエル:「初日は意外とスムーズだったよな。」
ミーちゃん:「そうね。でも、彼女が完全に馴染むまでには時間がかかったわ。」
最初の数週間、Nみさんは周囲との距離感を探るような様子を見せていた。それでも少しずつ、他の住人たちとの会話が増え、共同生活の中で自分の居場所を見つけていった。
カエル:「最初に仲良くなったのは、確かAさんだったよな。」
ミーちゃん:「ええ。あの人も自由奔放な性格だから、意気投合したのよね。」
Aさんは、Nみさんと同じく強い個性を持つ住人だった。二人は時に言い合いをしながらも、お互いを尊重し合う関係を築いていった。
ミーちゃん:「彼女がシェアハウスに来てから、少しずつ“問題児”というイメージが薄れていったのよね。」
カエル:「ああ、僕たちも、彼女の“生き方”を改めて学ばされたよ。」
Nみさんは、シェアハウスでの生活を「特別な場所」とは思っていなかった。ただ、「ここなら自分らしくいられる」と感じていたのだろう。それが彼女の心の安定につながり、周囲との関係にも良い影響を与えていった。
カエル:「彼女がシェアハウスに来てくれて、本当に良かったと思うよ。」
ミーちゃん:「ええ。彼女がいなければ、シェアハウス花の形は今と全然違ったかもしれないわ。」
次回予告
次回は、シェアハウスでのNみさんの暮らし、そして彼女が周囲に与えた影響について描きます。