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【たべもの九十九・む】ムラサキウニ〜海という大自然に抱かれる

(料理研究家でエッセイストの高山なおみさんのご本『たべもの九十九』に倣って、食べ物の思い出をあいうえお順に綴っています) 

1月は特別な月だ。
新年の始まりの月であり、私にとっては誕生月でもある。今年一年をどう過ごしていこうか思いを馳せる月となる。
新年の誓いを立てていてもいなくても、2022年の経験はきっとそれぞれに特別なことがあるだろう。誰にとっても良い年となりますように。

私にとって昨年始めた新しいことの一つがこのnoteで食べ物エッセイを書くことだ。50音順に綴る食べ物の思い出話。昨年中にすべて書けるかと思いきや「み」で終わってしまった。なので、今年もまた完結に向けて楽しく綴っていけることをうれしく思う。

2022年の最初のお題は「む」。
ムニエル、ムロアジ、麦チョコ、紫芋、ムース、麦とろ、むかご…むで始まる食べ物をまず書き出しつつ、それぞれのものから浮かぶ情景や思い出を掘り起こす。ムニエルに決まりつつあったところで、不意にムラサキウニを思いついた。同時に潮の香りも思い出された。

左バフンウニ 右ムラサキウニ

日本で食べられているウニはだいたいこのバフンウニかムラサキウニだ。

私はこのムラサキウニを海で獲って殻を割って食べたことがある。いや、正確には、海で獲れたばかりのムラサキウニを半分に割ってもらって、食べてごらんと受け取り、指で掬って食べた。そんな記憶がある。いつどこでだったろう。
その前後のことはまったく覚えていない。海で獲ったばかりのウニをそのまま食べたことだけ、そのシーンだけが残っている。

実はお寿司のウニは生臭かったり、薬臭かったり、えぐみを感じるものがあるので、正直あまり好きではなかった。けれど海から獲ったばかりの、おそらくは生きていたであろうそのウニの身(あの食べる部分は生殖巣なのだそうだ)は、海水の塩気もちょうど良く美味しかった。生臭さは一切なく、潮の香りをまとった濃厚なウニの味はとろけるように口中に広がった。それ以来、ウニが好きになった。


私は海なし県で生まれ育っているから、海はずっと憧れの対象だ。今でも。子供の頃に家族で海水浴に行くのは茨城の大洗海岸が多かった。海に行けるのは年に1回、多くても2回。当時は高速道路もなく、延々と下道をいく。母が朝ごはんにおにぎりを作ってくれ、早朝に車で出発する。陽がてっぺん近くになってようやく海辺の町に辿り着き、建物の合間から海が見えた瞬間の歓喜の気持ちといったら!

大洗海岸ではありませんが、夏の海!

「海だあ〜!」
海は広く大きく、夏の太陽に光り輝いて私をいざなった。もうあとは一刻も早く海に入りたいのである。駐車場に車を止め、海の家に居場所を確保すると、水着は家を出る時から中に着ているからすぐに脱いで水着になり、父と母を急かして海へと向かった。

5歳下の弟は、私と違って初めの頃は水を怖がったので私のテンションには同調しない。海に向かって真っ先に走っていくのは常に私であった。

太平洋の水は冷たい。けれど一度波に体当たりして濡れてしまえば体が慣れる。小学校時代の夏休みは毎日市営プールに通い「河童」の異名をとるほど水の中で遊ぶことが好きな子供だったので海でもその本領を発揮する。波と戯れたり、泳いだり、潜ったり。海と戯れることがただただ楽しい。

海に入った後のご飯はなんでも美味しかった。海の家でラーメンとかカレーとかおでんとかを食べていたように思う。かき氷も。それは我が家ではかなりの大盤振る舞いで、そんなことも非日常の風景として記憶に残っているのだろう。

海との関係は高校でさらに深くなった。高校に入って中学時代にやっていたバレーボール部に所属したところ、高校の運動部の練習は私にはきつすぎて早々に白旗を上げて退部した。その後に入ったのが生物部だった。
友達が生物部であったこと、生物の先生が好ましい人物であったことが入部した理由だが、一番は臨海実習があったことだろうか。

それは茨城の阿字ヶ浦海岸で行われた。砂地の大洗海岸と違って阿字ヶ浦はゴツゴツとした岩場が多かった。そこに水着の上にTシャツを着て、運動靴を履き、軍手を着けて水中眼鏡をかけて入る。
それまでの海は砂浜で波遊びしたことしかなかった。波に身を揺さぶられながら、恐る恐る足場を確かめて、徐々に海に入る。腰くらいまで入ったところで、先生からの合図で顔を水面につける。
と。

「なにこれ!」

そこにはこれまで見たことのない世界が広がっていた。
岩場は複雑な地形を作っており、幾種類もの海藻が揺れ、ところどころに砂地があり、大小様々な魚たちが泳いでいた。その自由で自然なことといったら!

それまでは、池の鯉とか、水槽の金魚とか、水族館の魚たちとか、人工的かつ限定的な環境の中で泳いでいる魚しか見たことがなかったので、顔を海面につけた途端に見えた魚たちが生きる別世界に、私はたちまち魅了された。

今回は話がどんどん食べ物から逸れてしまうけれど、海の話がしたいので続ける。海の中の世界に魅了された私は、その後シュノーケリングをずっと続けている。いっときはスキューバダイビングの資格をとって40メートルを超える深さや、夜の海にも挑戦した。

そして今は夏になるとシュノーケリングで野生のイルカと泳ぐ。伊豆諸島の一つ、御蔵島の周囲には野生のイルカたちが暮らしており、漁船に乗って島を周遊し、イルカを見つけると海に入って泳ぐ。そんなアクティビティをもう10年以上続けている。

イルカと泳ぐ


海の中でイルカと戯れ、海亀や魚影を目で追っていると、人間本位の視点が反転し、大いなる自然の中のほんの小さな一部である自分を感じることができる。野生の生き物とこんなに間近に触れ合えるのは海くらいなものだろう。

今年もイルカに会いに行くつもりだ。
定宿にしている民宿・二郎丸の地のものを使った料理も楽しみであるが、港以外は断崖絶壁に囲まれ、海岸のない御蔵島ではムラサキウニは獲れないので、食事にウニ料理が出されることはない。

★★★いつも読んでくださってありがとうございます!「スキ」とか「フォロー」とか「コメント」をいただけたら励みになります!最後まで、食の思い出にお付き合いいただけましたら嬉しいです!(いんでんみえ)★★★

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