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初体験の思い出

 まあいやらしい! 
 このタイトルとサムネで一体何を期待したんですか貴方達は! 
 今回はアレですよ。私が初めてアルバイトをした時の体験談を語ろうと思うんです。

 あれは高校一年生の夏休み――十五歳の頃でした。
 どうしても買いたいものがあった私は、生まれて初めてバイトの求人に応募したのです。そこはハンバーガーを有料で売りつつも、スマイルは無料で売るお店でした。
 よほど人手不足だったのか、割と面接でキョドっていたにも関わらず、あっさり合格を言い渡されたのを覚えています。
 私を面接したのはまだ三十代半ばくらいの店長で、

「じゃあ明日から来てね。うちは君と同年代の子もたくさんいるから、負けないようにな」

 と少し圧力を感じさせる言い方で激励してきました。
 彼のMBTIはESTJだったと思います。熱血漢で仕事ができて口うるさいところがあり、上昇志向の塊みたいな人でした。あまりにも口が厳しいので皆に恐れられてましたが、カラッとした性格なので嫌味なところはありませんでしたね。その場で激しくバイトを叱り飛ばしたら、あとはもうケロッとしているのです。とにかく後を引きずらないし、ちゃんと頑張っている人間のことはしっかり評価する一面もありました。何より表情は常に笑顔だったので、やはり熱血漢という言葉が一番しっくりきます。
 私とは正反対の気質ですが、この人のことは嫌いではありませんでした。彼が現場で目を光らせている間は、あらゆる不正も贔屓も消えるからです。店長は誰に対しても平等に厳しいのです。私は彼のそういうクリーンな部分は心から尊敬していました。
 MBTI界隈ではESTJとINFPは相性が悪いと言われがちですが、こんな風に懐くこともあるのですよ。

 ……なんていい話みたいに印象操作しましたが、私が店長をヨイショしている理由はもう一つあります。
 実はこのハンバーガーショップ、異様に店員が可愛い女の子だらけだったんですね。女性店員の平均年齢は二十代半ばくらいで、太っている人は一人もいませんでした。皆すらりとしててスタイルがいいし、少しだけいるおばさん店員も小奇麗な人ばかり。
 ぶっちゃけこの店長、女性のアルバイトは顔採用していた節があります。
 
コイツやってんな? と気付いた時は呆れると同時に、

(じゃあ私も可愛いって思われてるんだ?)

 と、はしゃぐ気持ちがあったのも確かです。……女心とはそういうものなのです。私が店長を嫌いじゃない理由は、これが大きいですね正直。どんなにガミガミ叱られても(でもこの人って私のこと可愛いと思ってるんだよなあ)と考えるだけで大体のことは許せましたからね。
 いきなり酷いオチが付きましたね。
 まあ接客を伴う仕事なので容姿は整っていた方が良いという事情もあるのかもしれませんが、それにしたって露骨すぎません? 一番綺麗だった先輩なんて近隣の男子高校生のアイドルと化して、レジ打ちの最中にナンパされてましたよ。

 さてそういうわけで面食い店長の厳しい指導の元、私はハンバーガーショップのアルバイトとしてデビューすることになります。
 担当ポジションは接客・レジ打ちを希望しました。
 元々人見知りなところがあったので、お客さんと接することで自分を成長させたいと思ったんです!
 というのは面接の時にでっちあげた嘘で、本当はポテトを揚げる時に腕を火傷しそうで怖いから調理担当は嫌だ、と思ったのが理由でした。
 
いや、だって半袖のまま高温の油が跳ね回る調理器具を扱うことになるんですよ……あんなの絶対やりたくないって思いましたね。
 そもそも私の好みなど関係なく女子は接客に回されがちだったので、店長としても都合が良かったのでしょう。

「じゃあ接客やってもらうけど、慣れてきたら調理も覚えてもらうからね」

 念押しされてから制服に着替え、初シフトに入りました。
 初日は平和に終わった記憶がありますが、数日後にイベントが起きます。
 なんと人生初の、走るゴキブリを厨房で見つけたのです! 
 初体験ですよ!
 なんで初めてかっていうと、私が住んでいるのは雪国なので、寒すぎて民家にゴキブリがいないんですね。学校やお店には生息しているのですが、まず人が住んでいるお家で見かけることはありません。
 ですから高速でカサカサ動き回るゴキブリを身かけた時、感動したのを覚えています。生理的な嫌悪感よりもレアなポケモンを見つけた時のようなワクワクが大きかったですね。これが噂のゴキブリか~みたいな。
 だから私は大きな声で、

「店長、ゴキブリいました~! どうすればいいですかぁ?」

 と聞いちゃったんですね。
 珍しい生き物を見つけてはしゃいでいる気持ちと、店内で異常を見つけたんだから店長に報告しないと! という職業意識から来る大音量でした。 
 ところが店長はしかめ面をして、

「バカっ、お客様に聞こえるだろ!」

 と叱りつけてきました。
 数秒遅れて私は「あっ」と自分のしでかしたことに気付きましたね。
 そ、そっか。ゴキブリが出るような不衛生なお店だってバレたら、お客さんが嫌がるのか。こういうのは見つけてもこっそり処理するべきなんだ。

「今度からゴキブリが出たら加藤さんがいらっしゃいました、と報告するように」

 店長はそんなことを言ってお説教を切り上げました。
 しかし私はこの後、無駄に思い悩むことになります。
 
 確かに売り上げのためにはゴキブリの出現は隠した方がいいんだろうけど、でもそれって不誠実なのでは……。
 ゴキブリが出るようなお店では食事をしたくない、と考えるお客さんの気持ちは当然だし、いっそ正直に打ち明けてしまいたい。このお店はあんまり綺麗じゃないんですよ、って教えてあげたい……。
 だけどそんなことをしたら自分を雇ってくれた店長に申し訳ないし……。

 などと絶対にアルバイト店員が考えるべきではない道徳的な問題について悩み始め、手が止まります。
 INFPが資本主義に向いていない理由がよくわかりますね! 
 さてご覧のように勤務中にどうでもいいことで思い悩むくらいですから、店員としてはポンコツです。トロいし気が利かないしぼーっとしてるので、しょっちゅう先輩に叱られてしまいます。なんか三十歳くらいのキツイ美人さんに目を付けられて、毎日ネチネチ怒られてましたね。
 たぶんこのお店で一番仕事ができないのは私なんだろうなぁ……と落ち込んでたら、なぜか私よりマシな扱いだったギャルが泣きながら退職したので、

「ん?」

 と首を傾げたのを覚えています。
 そのギャルは幼稚園から中学校までずっと同じだったので、性格はよーくわかってます。絶対ESFPだこの子、って感じの陽キャです。社会適合者そのものなのに、なんで私より先に泣きじゃくりながら辞めたんだろう……。
 あれ? あそこまで社交的な子ですら耐えられないくらい厳しい職場ってこと? マ?
 他にも中学時代に人気のあった不良っぽい先輩が、「店長ウザくね?」とたった数日でバックレ退職したこともありました。
 なんでしょう、スクールカーストが高かった人が全然このお店では通用しないという珍現象が起きてましたね。

 逆に大活躍していたのはY君でした。彼もやはり幼稚園から中学校まで一緒だった子なのですが、運動も勉強もイマイチなので学校では舐められてる男子でした。見た目と愛想は悪くなかったので虐められっ子ではありませんでしたが、二軍の下の方、パシリみたいな扱いでしたね。
 ところが彼は飲食業とはすこぶる相性が良かったようで、キビキビ動き回りながら調理をこなし、接客も完璧にこなしておりました。まだ十代なのにバイトリーダーみたいな扱いを受けてましたね。
 驚くと同時に、彼より成績が良いのにダメ店員と化している自分に、嫌な予感を抱いておりました。

 あれ? 
 もしかしてお仕事で要求される能力って、あんま学校の勉強とは関係ない?
 どっちかというと社交性、気の強さ、機敏さ、マルチタスク能力、理不尽な上下関係への耐性などが重要で、それらの能力がイマイチな私はあまり会社員適性がないのでは……?
 
 これ私の将来、大丈夫かなあと悪いイメージを膨らませていたのですが、見事にその予感は当たりましたね。数年後に会社員になった時、「あ、社不だわ私」と確信しましたもん。
 そんなわけで「早く目標金額を貯めて辞めたいなあ」とどんよりしながらアルバイトを続けているうちに、お気に入りの後輩ができました。
 年齢は私と同じくらい。いかにもぼーっとしたオタク君で、自分の殻に閉じこもっている雰囲気の男の子です。INFPかINTPのどっちかだったんじゃないですかね? すぐに同族臭を感じ取った私は、ニコニコと話しかけに行きました。
 彼はこわばった顔で目を泳がせながら、

「が、がんばってください」

 とズレた返事をしてきました。
 私は一発で彼を気に入りました。
 やはりこれくらい陰キャでコミュ障だと話しかけやすいです。
 私はIN型丸出しな人に「ま、ま、まふゆさんは普段何してるの? 僕はガンダムが好きで」みたいなことを言われると「かわいい~!」ってなりますからね。
 あ、念のため言っておきますが彼に恋愛感情があったわけではありませんよ。仲間意識と「先輩なんだから優しくしてあげないとね!」という謎の親分肌が理由でした。

 そうして私はオタク丸出しな後輩君に目をかけつつ、少しずつ接客にも慣れていきました。作り笑顔も板についてきた頃、その後輩君がミスをやらかします。
 彼が作ったハンバーガーをお客さんの待つテーブルに運んで行ったら、数分後に「ちょっと!」と大声で呼び出されたのです。
 え~なんか怒ってる? 私まずいことしたかなぁ……とビクビクしながら引き返すと、

「肉が入ってないんだけど」

 と野菜だけが挟まれたハンバーガーを突き出されました。
 えっ? ハンバーグを入れ忘れたハンバーガー? そんなのありえる?
 頭のおかしいクレーマーがイチャモンつけてるのかと思いましたが、このお客様は家族連れのちゃんとした身なりのおじさんです。
 何よりあのぼんやりした後輩君なら、この手の失敗をやりかねない雰囲気がありました。
 
私はお客様からヴィーガン仕様ハンバーガーを預かると、どもりながら厨房に駆け込みます。

「お、お、お肉が入ってなかったみたいです!」

 店長は「そんなミスありえるか?」と半信半疑でしたが、後輩君が「あ、入れるの忘れました」とのんびりした口調で打ち明けたので、一気に「マジか」という空気が流れました。
 ……しょうがないので店長と一緒に謝りに行きましたよ、もう。
 肉無しハンバーガーを作ったのは後輩君でしたが、彼はどこからどう見ても接客には向いてないですし、その商品をお客様の元に届けたのは私ですからね。

 大変申し訳ありません……調理中に不手際があったみたいで、あの……今すぐ代わりの商品を用意するので……本当にごめんなさい……。

 この時の私は我ながら名女優だったと思います。
 とにかく後輩君の尻拭いをしてあげたい! という一心で弱々しい声を絞り出したら、半ギレだったおじさんも「あーもういいよ」となって許してくれましたからね。
 INFPの糞雑魚オーラの有効活用法はこういうところかもしれません。
 つまり他人の同情を誘うのだけは得意と。
 店長もやっと私の使い道を見つけたのか、店外でクーポンを配る仕事をどんどん私にやらせるようになりました。

「こういうのは若い子がやった方が受け取ってくれるだろ」

 とのことで、私はせっせとお店の前で渋滞に巻き込まれている車のドアをノックして回りました。作り笑顔を浮かべて「ただいまお得なクーポンがありまして……」と差し出すと、大抵のドライバーが受け取ってくれましたね。特におじさんが運転してる車は狙い目でした。
 なんでハンバーガーショップでバイトしてるのにチラシ配りやらされてるんだろ? と不思議になることもありましたが、店内で先輩に監視されるよりも気が楽だったのは確かです。
 なんというか、周りに先輩がいるとパフォーマンスが下がるっぽいんですよね、私。たぶん緊張してダメになっちゃうんだと思います。
 誰も見ていない方がやる気が出てきてニコニコと愛想が良くなるし、根は小心者なので監視の目が無くてもサボったりしないし、とことんソロ作業向けの人格なんだと思い知りましたね。やっぱ会社員向いてなさそ~。
 
 さて後半はチラシ配りと化した落ちこぼれ店員でしたが、どうにか目標金額を貯めることができました。
 元々夏の間だけ働く予定だったので、夏休みが終わると同時に退職の準備を始めます。制服を洗って返却したり、色々な雑務をこなしていると先輩に声をかけられました。例の三十歳くらいのキツイ美人さんですね。
 うげっ! 辞める間際も何か小言を言ってくるのかなこの人? と身構えていると、

「あなた先月、セット商品の販売数で3位になってるから好きなメニュー選んで」

 と言われたので「へ?」となりました。 
 ほら、この手のハンバーガーチェーン店ってお客様から注文を取る時に、「セットで〇〇はいかがですか?」ってオススメするじゃないですか。
 で、自分が勧めた商品を実際に注文してもらえたら、ご褒美が貰える仕組みになってたようです。
 私は3位に入っていたので、上位特典として店のメニューをなんでも一つタダで食べていいと言われました。

(3位? そんなに売ってたんだ……)

 狐につままれたような気分で、てりやきセットを選んだ記憶があります。
 なんだ、ずっと自分を卑下してたけどちゃんと接客業で結果を出せたじゃないか、私すごい! 
 ――などと思うはずがありません。
 この件がきっかけで、私は自責の念に苦しむようになります。

 私のセット商品販売数が3位? なんてことだ、本当はお客さんが欲しがっていない商品をたくさん売りつけてしまった! こんな邪悪なことがあるだろうか! 本当は別の商品を買いたかった人や、お金に余裕がなかった人もいるかもしれない。それなのに私があまりにも弱々しい雰囲気を放ってたから、同情してセット商品を買ってくれたんじゃないだろうか。私は人の善意に付け込んだんだ……汚れてしまったんだ……。
 
 このように罪悪感を抱えるようになり、一人で涙し、しまいにはトラウマでしばらくハンバーガーが食べられなくなりました。とことん現代社会を生きるのに向いてない性格だと思いますね!
 よって私のバイト初体験は、

 私は資本主義社会に居場所がない

 という確信を得ることで終わりました。いやー、これこそが最大の収穫だった気がしますね。

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