2017年3月BIRDLAND JAZZ CLUB

2003年5月JAZZ STANDARD。あの日は雨だった。土砂降りだったかもしれない。JFKからのタクシーがミッドタウンのホテルの前に着いたとき、ドアの下に深い水たまりがあるのに気づかず、くるぶしまで濡れた。ホテルに荷物を置いて、すぐに地下鉄でクラブに向かい、地下鉄の事情がわからないから、いったん駅を行きすぎてすぐ戻ってきて、セカンドセットからThe Trioのセッションを聴いたのだった。そして小曽根さんや中村健吾さん、日本から来た仲間たちと午前2時過ぎまでバーで楽しく尽きない音楽談義。タクシーでホテルに戻って一睡もせず、朝のバスに乗ってJFKへ。そういえば、帰国便がSARS騒ぎで突然キャンセルとなり、代替便を探してJFKを右往左往したことを思い出す。まさに弾丸ツアーだった。若かったからできたのだろう。でもあのときのNEW YORKのまとわりつくような蒸し暑さを今でもはっきりとおぼえている。

2014年4月BLUE NOTE NEW YORK。地下鉄Eを降りて、ビレッジのホテルにチェックインすると、実は滞在最終日の予約がとれていないことがわかった。僕が最初にしたことは、NY在住の友人のアドバイスを頼りに、ホテルの予約をすることだった。その友人にヤンキースタジアムに連れていってもらい、NEW YORK vs BOSTON の試合を見た。結局、黒田が勝利投手になり、イチローが9回に出場という、忘れられない試合となった。この時期に、赤いスーツケースを持ち赤いラグビージャージを着て地下鉄に乗ると、鋭くにらみつけられることの意味をはじめて知った。毎日毎セットBLUE NOTE に通うものだから3日目には受付の男性に顔を覚えられた。滞在中は少し冷えた日もあったが、おおむねよいお天気だった。

2017年3月BIRDLAND JAZZ CLUB。入国審査に時間がかかるのではと心配していたが、KIOSK設置のおかげで、今までの中で最もはやく入国できた。地下鉄E を、7th avenueで降りると、傘をさすほどのこともない、しかし冷たい春先の雨が道路を濡らしていた。都市に降る雨の匂いがした。ホテルのフロントマンがひどく早口で、半分くらいしかわからなかったが、しかしプロ意識のある親切さでいかにもNYらしかった。NYはNYらしくなくてはならない。荷物を開け、シャワーを浴び、再び街に戻って7th avenueを10ブロック南下。Times Squareとたくさんのミュージカル劇場の間を縫いつつ44st.のBIRDLANDへ到着した。今回は今のところ、何もトラブルは起こっていない。ただ帰国する金曜日は雪の予報が出ていて、もしかしたら一波乱あるかもしれない。でも何も心配はいらない。小曽根さんの音楽を聴きに来るときにはいつものことで、それがまたジンクスなのでもある。ピアニスト小曽根真の行くところなにかが起きる。そう僕たちファンの身の上にも…。

お天気の記憶ばかりを書いた。しかし、いちばんよく覚えているのは、小曽根さんの奏でる音楽のことだ。同じセットリスト、同じ曲を聴いても、一音一音あらたに生命を吹き込まれる別の音。JAZZは対話する音楽だから、そして小曽根さんはなによりもそのことを大切にするから、NYの聴衆に対して発せられるピアノの音は、やはりここでしか聴けない。それを聴きに来る価値は十分にある。もうひとつ理由がある。いつも同じことを書いて恐縮だが、それは小曽根真という人格が、どこへ行っても変わらないということの確認ができることである。小曽根さんは、東京でも、神戸でも、宮崎でも、NYでもまったく変わらない人だ。日本語で話しても、英語で話しても、同じことを同じように話す。同じように人を受け入れ、同じように人を愛してみせる。やはりこのことは稀有のことなのである。語学力のせいもあるが、日本語と英語を話すときに人格まで変化するのはふつうのこと。地元とアウェイでは、人との接し方がかわるのはふつうのこと。年齢、立場、身分、性別、人種…それぞれの差を敏感に察知して態度を変えるのが、とりわけ日本人に多い所作だが、小曽根さんにはそういうとことがまったくない。では明るくオープンなアメリカ人気質かというとそんなこともない。とても繊細で心遣いがあり、相手がどんな立場であってもリスペクトの気持ちを忘れない人。それは聴衆や僕たちファンに対してもまったく同じである。そして自分と音楽にはとてもとても厳しい人。日本の外に出て小曽根さんに接すると、そのことがはっきりとわかる。音楽という普遍的な言語を獲得した人が、一様に普遍的な人格を獲得できるわけではないと僕は思う。しかし、小曽根さんはそれをなしえた稀有なひとり、かけがえのない人、そして真の音楽家なのである。だから、NYに滞在中、僕は小曽根さんの全セットを聴く。小曽根さんには、小曽根さんが何をしでかすかわからないから、心配で心配で、ただ見張ってるだけですとおこがましい冗談を言うのだが、これほど追いかけても追いかけても先に行ってしまう人はおらず、この17年間一度も失望させられたことがない。だから、また僕はNYにやって来たというわけなのだ。

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