春に
谷川俊太郎さんの訃報を受け止めきれないでいる。いつかはこんな日が来るとは思っていたが、ついに、と悲しくなっている。
学生時代、合唱部だったのだけれど、顧問の趣味なのか、歌う曲の8割は谷川さんの手がけたものだった。
「二十億光年の孤独」をはじめ「未来へ」「かみさまへのてがみ」「黄色い鳥のいる風景」…。
わかるけれどなんとなくわからない。わからないけどなんとなくわかる。そのバランスが印象的で、新しい譜面をもらうたびにわくわくした。
中でも私は「春に」という歌が特別に好きで。
「この気持ちはなんだろう」というフレーズから始まり、喜び、悲しみ、怒り、ときめき、いらだち、安らぎ。どこまででも歩いていけるような気持ちと、このまま佇んでいたい気持ち。そんな相反する気持ちを描く歌詞とやわらかいメロディー。
「春に」というタイトルからなんとなく思春期も思わせるこの歌は、自分や周りに対して期待したり失望したり、訳もなくイライラしたり、舞い上がったり、コントロールできない感情に振り回されていた若い私に寄り添ってくれるようだった。
そんなことを考えていたら、あるとき、教室の練習中、歌いながら言葉がエネルギーを伴って、腹の奥から、体のずっと奥から、地面から湧き上がってきた感覚になったことがあって。
わっと駆け抜けるエネルギーに「こんな風にごちゃごちゃでもいい。なにせ春だから」そう言われた気がして、歌いながら涙がじわりと出た。歌に自分を肯定されたと思った。
大人になった今、あの頃よりは自分のことがわかるようになったけれど、
それでもやっぱり時々全然わからない、手に負えないときもある。そんなときは「春に」を口ずさむ。全てを割り切らなくても、ごちゃごちゃで正反対の気持ちを抱えたままでも全然いいのだ。
…
合唱曲だけでなく、他の谷川さんの詩にも人生の一瞬一瞬で救われてきた。これから谷川さんの新しい言葉に出会えないと思うと悲しい気持ちになる。
それでも、谷川さんの言葉を大事に胸に抱えながら、歌っていきたいなと思う。
ご冥福をお祈りいたします。