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今日がいちばん若い。
「年下の子と仕事することになりますが、大丈夫ですか?」
ひと通り話し終えた後、念を押すかのように女性が口を開いた。和気あいあいとしていた空気が一瞬冷える。
「はい。もちろんです。
私は建築系の大学を出たわけではないので…」
何食わぬ顔で、問題ありませんと言葉を続ける。聖人が模範解答を話すかのような口ぶりで。
社会人とやらを10年もしてこれば、それなりのセリフはするすると出てくる。自分の意見が正しい!と信じて疑わなかった若気の至りを経て、今となってはカドが取れて丸くなった人かのように振る舞っている。
「みなさんに教わることばかりです」
嘘だ。正直なところ、ちょっとやりづらいな、と思っている。テンションの高い子ばかりだったらどうしよう。今の若い子と話が合うのかな…
などと不安にまみれながら、ニコニコとしてみせる。
「そうですか。
それでは来月から、よろしくお願いしますね」
私の心の声が彼女に届いたかどうかはわからない。もしかしたら気付いていたのかもしれない。
どちらにせよ、大した問題ではない。互いにそれなりの大人だからこそ、承知のうえで物事が淡々と進んでいく。これはよくあることなのだろう。
こうして、私は今の職場で働くことになった。
・
それから数ヶ月が過ぎた。
私は年下の子たちに教えられっぱなしだ。
ベテランの方からいただいた仕事であればその方に直接尋ねる。だが、なにぶん外出していたり会議やらなにやらで不在にしていることが多い。
そうなれば、若手の子たちに教えてもらったり、仕事を分けてもらったりする。
高めのテンションについていけるかしら!なんて心配していたのに、彼ら彼女らは落ち着いたちょうどよい雰囲気で話したり笑い合ったりしている。
むしろ、いい大人のおじさんがケラケラとしていることがあって、そうよね年齢なんて関係ないよね。と改めて自覚をする。
それに、若手と呼ばれる人たちはすごい。
体力や活気があることに加えて、柔軟性や吸収力もすさまじい。
仕事の処理能力はみるみる上がっていくし、ひとこと言って10個の事柄が伝わるような思考のしなやかさがあって。さらには、数ヶ月前までは学生の面影がまだ抜けないあどけなさがあったのに、季節がひとつ過ぎれば、垢抜けした丸の内(風)サラリーマン・ウーマンの姿に変身を遂げている。
若い力はすごい!
と、奮い立っていた。
・
考えごとをしていた帰り道。
ガタンゴトンと揺れる電車が心地よくて、ついつい電車を降り過ごしてしまった。
ああ、と思いつつ、まあいいか。と思って顔を上げると、見覚えのある人がいた。
就職する前、職業訓練校で一緒だった方。
でも、よく見ると違う。
まあいいか。と思いつつ、元気かな?とその人にLINEを送ってみる。
「〇〇さん、そっくりな人いましたよ~」
「あら!それはもうひとりの私ね!」
たわいもない会話を続ける。
母親ほど歳の離れた60代の女性。デザインにおいて信じられないほどのハイセンスな持ち主で、こちらは何度も腰を抜かしてきた。「ああ、できないできない!」とまわりを騙しておきながら、徹夜で仕上げてくる馬力と根性を持ち合わせている。
そんな彼女から
「若いんだから、色々チャレンジしてね!」
と言われて気付く。
いや、違う。
若さ、じゃない。
職場の若い世代の方たちと肩を並べて、
すごい!すごいなあ!と思っていたように、
60代の女性は私を若い世代と言って、
すごいなあと言葉を返してくれる。
でも70代の方がいれば、
60代のその女性にまだまだよ、というのであろう。
80代の方がいれば、
70代の方にこれからよ!なんていうのかもしれない。
「今日がいちばん若い、ですよ」
そう彼女に返信しつつ、
若さ、じゃない。
やるかやらないか、だ。
と、自分を奮い立たせた。