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いい夫婦っぽい、ふたり。


「いい夫婦の秘訣はなんだと思いますか?」

友人とふたり東京の街中を歩いていたとき、そう呼び止められた。

見知らぬ男女が近寄ってくるものだから、こちらはぎゅっと身構える。何かを売りつけられるのではないか、はたまた宗教の勧誘か、と。


小雨がふる肌寒い夕方。
中年男性のめがねがうっすらと曇り、若い女性の手はガクガクと震えている。おそらく数時間前からここで待機しているのだろう。

話を聞いてみると、朝に放送しているバラエティ番組の取材とのことだった。

彼らに贈るエールの気持ちと、インタビューって東京っぽい!と高まるミーハー心が「いいですよ」と応えるには十分すぎる理由だった。



「もうすぐ、いい夫婦の日ですね。おふたりの考える、いい夫婦の秘訣を教えてください」

冒頭の質問に戻る。

アラサー女性ふたり組に対して、独身だったらどうするつもりなのさ、という疑問がよぎりながらも、頭をひねり回答を考える。

考える。

「ヒケツ、ってなんだ??」

こちらが聞き返しそうになる。


友人が先に口をひらく。

「ごはんを一緒に食べる、ですかね」

え??さきほどの会話では旦那さんの帰宅が遅くて、ほとんど別々に夕食をとると言っていた友人が、投げやりに模範回答のようなことを言い出したではないか。


これは私も何か、それっぽいことを言わなくては…

「ケンカをする、とかですかね。よく会話をして」

自慢だが、結婚してこの方、夫とケンカをしたことがない(いや、忘れているだけかもしれない)。めんどくさいからケンカをしない、ではなく、ケンカに至らない、ことが多いように思う。幸いにも話し合いで解決してきたことばかりだ。

それなのに、咄嗟によくある夫婦っぽいことを口ずさんでしまう。


少しずつ回答を深掘りされ、また答える。

やんわりした嘘で始まったことにまた嘘を重ねる。それは、あちらが求めているような発言に、”応える”かのような、汚れのないキレイな夫婦像。


もっともっと、

いい関係を築くためには、秘訣があるはずなのに。


「ご協力ありがとうございました」


目的を果たし、その場を立ち去る。



「「秘訣ってなんやろね」」

ふたたび歩き出し、友人と言葉を交わす。何が本当で嘘かなんて、そんなことはどうだっていい。ただ、「秘訣」とやらを知りたい、と思った。



それから数日、ひとり考えていた。

私たち夫婦は、果たして”いい夫婦”なのか。

そもそも”いい夫婦”を語るには、共に過ごした時間が足りないのでは。
などと、頭の中をぐるぐるさせる。


「いってらっしゃい」

「いってきます」


「ただいま」

「おかえりなさい」


結局、こういう日々の繰り返しで、”いい夫婦”が出来上がっていくのかな。ありふれているけれど、こういうものなのかな。

できればもっと、オリジナリティーのある、わが家っぽいものがあればな、と欲がわく。


「あ、」


夫がするりとなにかを避けた。
2週間ほど前から玄関付近の廊下に鎮座された、巨大な宅配物。据え置きタイプの食洗機を置く台がほしいと思い、Amazonで購入した腰高の収納棚だ。

要るか要らないかをこの1年間悩み続けた結果、えーい!買ってしまえ~と勇気を振り絞ってポチっとした数週間前のこと。首を長くして到着を待っていたはずなのに、いざ受け取ってみたら、そこで達成感が生まれてしまう。結局、ダンボールにまだ密封されたままだ。

いつかやろうと思いながら、今じゃない、と先延ばしにする。頑なに触れようとしないその執念。


私が同居人であれば、さぞ不快に感じるであろう。


だが、夫は何も言わない。
言ったとすれば、荷物が届いてからの数日間、その巨大な存在感に「おお!」とびっくりする感情をあらわにしただけ。

その後、定位置にも慣れてきたのか、特にノーコメントだ。


そういえば、夫は細かいことは気にしない。

乾いた洗濯物の山が日に日に高くなっても、そこから必要なものだけを器用に取り出して身支度を済ませ、
サラダ用のドレッシングが見つからなければ、これは「グリーンサラダか」と言ってムシャムシャと何もかけずに食している。

その姿は、まるで悟りをひらいた仙人かのようで、尊敬、そのものだ。


そんな夫からみる妻は、

「おおらか」

らしい。


おそらく、これは夫の何かの勘違いと思われる。だが、その言葉を聞いて、気付いたことがある。

ふたりとも、適当、なのだ。

互いにこだわりポイントはあるにせよ、そこが似ているのか近しいのか、特に気にならない。それ以外は、まあ、適当にやっている。


えい!っと踏ん張ればこなしてしまえるような些細なことを、今日はちょっと無理そう。そんな気分じゃないし、を受け入れてくれる。いや、ほっとかれているのかもしれない。

どちらにせよ、
その適度な無関心に、私はきっと救われている。



秘訣、なんて大それたものはあいにく持ち合わせていない。

ただ、夫の思う「おおらか」な妻であり続けられるよう、

ぼちぼちと

今週末こそ、例の棚を箱から救出しキッチンにて役目を果たせることを願うばかりだ。



11/26追記:
結局、夫が棚を組み立ててくれて、キッチンがスッキリと使いやすくなりました👏
これでとうぶん「おおらか」でいられそうです。
(  ´ ▽ ` )~♪


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