となりの芝生は、秋の色。
窓をあけて、ベランダに出る。
住宅街にまぎれるこの家にも、ふわっと心地のよい風が吹き込む。
お日さまの存在感がまだまだ強くて、気づきもしなかったけれど、少しずつ季節が移りかわろうとしている。
「おぎゃぁ!おぎゃぁ!おぎゃぁ!!」
にぎやかで、ダイナミックな声が聞こえてくる。
お隣さんのお家からだ。生まれてまもないであろう、赤ちゃんの泣き声。
今日も元気だね~とこちらの頬がゆるむ。
1年ほど前のこと。
私たちよりも少し後に、引越してきたお隣さん。
「よろしくお願いします。」
と、ご挨拶にシャトレーゼのお菓子を持って来てくださった。
「私たちも最近越してきたばかりで…」
と、挨拶の品がまだ残っていたので、お菓子のお礼にお渡しした。
「ありがとうございます。ご挨拶に来て、まさかいただくとは。笑」
ははは!と互いに笑いあった。
やさしそうで、ぱっと明るい笑顔が印象的なふたり。
素敵だなあ、と思った。
夫婦二人暮らしで、年齢はおそらく同世代。
親近感がわいて、嬉しかったのを覚えている。
お話してみたいなと思いつつも、なかなかきっかけがないまま。
たまにゴミ出しの日に顔を合わせて、「おはようございます」と挨拶を交わすくらいの間柄。
お隣さんだし、変に気を遣わせてしまっては申し訳ないし…
都会のマンション暮らしは、こんなものなのかなあ。
と、特に深い話をするわけでもなく、月日が流れていった。
数ヶ月後。
外出先から帰宅するタイミングで、隣の奥さんとバッタリお会いした。
「あ、こんにちは。」
「こんにちは。今日も暑いですね。」
たわいもない挨拶を交わす。
変わらないあかるい笑顔。と、変わった姿。
あ、ご懐妊されたんだなあ。
体のラインを拾わないゆるやかなワンピースをまとっていても目立つお腹。その中にはこれから夢と希望に満ちあふれたいのちが宿っているのだと、彼女の姿をみて、感じとれた。
そしてまた、数ヶ月後。
隣の奥さんに会ってはいない。
けれど、赤ちゃんの泣き声が聞こえて、あの時のいのちが無事生まれたんだなあ、と赤の他人である私が、ふうっと安堵してしまった。
聞こえてくる、尊さ。
この世に生まれてきた奇跡のようないのち。
物思いに耽っていると、思わずうるっとしてしまった。
同時にこんなことも考えた。
1年前には同じ状況だった私たちとお隣さん。
今は、違う状況。
お隣さんは、3人家族(おそらく)で、私たち夫婦は変わらずふたり。
いいなあ、と思う。
家族が増えて、にぎやかで。
だけど、そこに
羨ましいとか、辛いとか、は今のところない。
お隣さん夫婦が子どもに恵まれた1年。
私たち夫婦が子どもに恵まれなかった1年。
それだけの違い。
どちらか一方が絶対に当選する!とか、もれなく両者にチャンスが!とか、そんな確率論の話ではない。
新しい生命がお隣さんにやってきた、という事実。
そこにある感情は、うれしい。
ただ、それだけ。
秋。新しい季節の始まり。
生い茂る緑が、黄色や赤色に染まっていく。
みずみずしい青さを手放して、次の季節へとすすむ。
あたたかい、声。
秋の色みたいに、ぬくもりのある贈りもの。
ありがたく受け取って、養分にして、
未来に気持ちを向けていく。
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