夜を想う、音。
最近よくショパンを聴く。
いつもなら、耳は空けておきたい。自然の音に耳を傾けたり、脳内でひとり討論会を繰り広げたり、もしくはなんにも感じず考えずにいたり、したいから。
意図的にラジオを聴いたり、言語学習をする以外では、極力脳を休ませることに注力している。
だが、暑さのあまり。脳があの音色を求める。
ひとつひとつが頭に響く。前からすっと入って全体にふわっと広がる。そしたら、何もなかったかのようにさっと消えていく。この一瞬の、快楽のために脳が心が欲する。
音には言葉はない。が、物語がある。
作曲者の想いや、時代背景。演奏する方の人柄やクセもそこに加わる。聴くだけでもいいし、動きや表情、パフォーマンスを目で愉しむのも、至福のひととき。
ピアノを10年、習ってきた。
と言うと、さぞかし立派な演奏をするのだろう、と思われるかもしれない。
その逆。まったく。これっぽちも。うんともすんとも。嘘でもなければ、謙遜でもない。秘密にしておきたい、ここだけの話。
月日がただ過ぎて、その間ピアノがあったりなかったり。
ぎゅっと固めたら1年に満たないくらいの濃度。それくらい人生への影響は少なくて薄い。ものにすることができなかった、苦い経験。
ピアノの音色は好きだ。深い世界に入って、白黒の鍵盤を色鮮やかに弾いてみせる。曲に合わせて、楽しげに、悲しげに、寂しげに。
そんな風になりたかった。のに、その白黒は、私には重すぎるただの物質で。弾けば弾くほど、無機質で真っ暗な世界に落ちていくようだった。
それでも、月日が経っていたのは
惰性、と思う。
なんとなく続けてしまった。気づけば10年経っていた。習い続ければ、成り行きで上達する、ほど世の中は甘くない。
初めての失敗?挫折?
今ならそう思う。けれど、当時そう感じなかったのには理由があって。
憧れが、あったから。
ピアノを弾く人へはもちろん、
ショパンへの強い想いがあった。その感情だけが私を引き留めた。
「ノクターン」
夜に鳴り響く、夜を想う曲。
優しさ、甘さ、艶やかさ。
それぞれの音が綺麗なまま、響く。そして消える。
この悦びに満たされて、気付く。
挫折や失敗も、この音の一部なのだと。
目を閉じて、心を無にして、音を吸い込む。
ふうっと一息つきながら、夜に浸る。
料理をしながら、ご飯を食べながら、眠りにつきながら。
日差しを浴びたあとは、体と心に潤いを忘れずに。