見出し画像

天使なんかじゃいられない。

ああ、やっちまった。

時すでに遅し。

先ほどまで心のうち側にあったはずの言葉。どうやら外に漏らしてしまったらしい。

道理で目の前にいる夫がポカンとしているわけだ。


疲れて帰ってきた夫に温かいお風呂とごはんを用意して、「おかえり」と出迎えたいとあんなにも願っていたのに。

“理想の妻”というは
いとも簡単に壊れてしまうようだ。



前々から夫の会話によく出てきた女性。

勤め先の事務をしている方。
自称コミュ症と謳っているとは思えないほどの立ち振る舞いで、ほいほいと社員たちのサポートに勤しまれている。自ら進んで出張先に出向いたり、お酒が飲めなくても社交の場ではワイワイと楽しめる気兼ねなさがある。
それに、天真爛漫で大おしゃべりが好き。

夫が話す言葉からそういう印象を受けていた。



1年前、大阪から東京に転勤でやってきた夫は、文化の違いに直面していた。

大阪では初めてのメンバーであっても、集えば「みんな飲み友!」というテンションで仕事や交流関係の輪を広げてきたにも関わらず、

東京では
”職場は仕事をするもの。急な飲み会はお断り。”
と大阪で築き上げてきた固定概念をくるりと覆されてしまった。


待て待て、「東京」という枠でくくるのには早すぎる。それに、時が経てば「今日一杯飲んでこうぜ!」となるかもしれない、と希望を捨てずにいた。

想定どおり、部下や同僚たちと打ち解けてはいったものの、“ワイワイ飲み会”はそう頻繁にはおこらなかった。

夫は再びカルチャーショックを受けた。



そんな中、気さくに話しかけてくれる事務員の方の存在は、さぞ心強かったのだろう。

職場のメンバーで、ゴルフを計画してくれたり、ランチの場を設けてくれたり…
気の利いた行動にきっと何度も助けられたのだと思う。

よく会話に出てくる彼女の存在を認識していたし、有り難い、という感情を妻目線からも抱いていた。



のに、



昨日うっかり。

「その女の話やめてくれる?」


と言ってしまった。



いつもニコニコ朗らかな奥さん。だったはず。
急に私の中に眠る女の本音がぐいと姿をあらわした。

たわいもない、会話の途中だったはず。

確か、夫が「⚪︎⚪︎さんも、CADオペしてたって言ってたよ」というセリフを聞いてから、私の中の天使じゃない私が飛び出してきた。

(※CADオペ=設計士の補助をするCADオペレーターという職種の略。)


なぜ、うっかり取り乱してしまったのか。

思い当たる理由は、以下ふたつ。


ひとつ。
妻が働き出したということをその女性に話しており、「奥さんなんの仕事してるんですか?」と問われ、「CADオペみたいな」と回答し、「私もCADオペしてました」というような会話が目に浮かんでしまったこと。

あああ、なんか嫌。

なんだろうね。ほっといてほしい、と思ってしまった私は心が狭い人間なのだろうか(きっと広くはない)。


ふたつ。
「私もCADオペしてました」と軽々しく答えられたこと。私はいくつかの職歴はあれど、住宅業界で仕事をしてきた。自分の知識不足とブランクを補うため、職業訓練校に通い必要なソフトの使い方を学び、今ふたたびその職種に就いている。
一方で、その女性は過去に建築関係や機械関係の職場にいたことがないと話す。それなのに、「CADオペやってました」と同じように言われたくはなかった。

あああ、なんか嫌。

私は心が広くはない。そのうえ、そびえ立つプライドがどうしても邪魔をしてしまう。



考えてみたら、発端がこの出来事だっただけで、

実はすこしずつ、嫌だな、とどこかで思っていたのかもしれない。



それは、その女性が夫にすこし気があるように感じたから、と思う。
もしかしたら、夫が中性的で話しかけやすい、だけなのかもしれない。けれど、どこか女の勘というものが、ざわざわしてしまったのだ。



ポカン顔の夫に、理由をふたつ伝えた。

そしたら、ふむふむと言いながらも、理解できないとでもいう表情でこちらを見ていた。

そりゃ、女のあれこれを夫が急に「そりゃそうだ!」なんて言い出したら、どういうことなの、と逆に不審に思う。ふむふむと言ってくれるだけで十分だ。


私も悪い。
夫には悪気がなくて、ついついなんでも話してしまっただけだから。


わかってはいる。

けれど、また似たようなことが起きれば、
私の中の女の成分がグツグツと湧き出てくるのだろう。

そして、

「その女の話やめてくれる?」


と何度でも言うはずだ。


ニコニコ朗らかな奥さん。
でも、天使なんかじゃいられないこともあるから。


いいなと思ったら応援しよう!