固形燃料とアジの干物
子供の頃家族で、千葉県の海に行った。私が子供の頃は、今のような予約サイトなんてなくて、電話帳で調べるか新聞に入っている広告を見るか、行き当たりばったりで宿を決めるか、今思えば本当に大雑把に宿泊先を決めていた。特に父親は、事前に調べることなくとりあえず千葉へと向かった。海で遊んだ後、宿を探すことになったのだが、お盆の時期と言うこともあって、どこもかしこも満杯だった。大人になってから思う事は、当日まで宿泊先も決めないで行くなんてありえないと思う。父親はいつもそうだった。あまり先を考えることをしない。今が良ければと言う感じだった。
周りがすっかり暗くなっても、宿泊先は決まらず、車を走らせて旅館を見つければ、一旦車を止めて宿の受付で行き、「今日泊まれますか?」と何度繰り返し聞いた。
もうあきらめかけたその時、一軒の旅館を見つけたのだが、時間も遅くなり、ここがダメならもう車中泊しかないと思ってたが、空室があるとの事でそこに泊まることが出来た。その日はもう、遊び疲れと宿泊できる安心感で、家族全員でお風呂に入ってすぐ寝てしまった。
翌朝、明るくなってみると、案外古い建物ということがわかった。だけど仲居さんの対応は良く、屋上にもプールがあった。朝から旅館の館内探検が始まり、妹と二人で歩き回った。1階の受付には大きなソファーがあり、今では、ほとんど見ることがないジュークボックスがあった。ジュークボックスというものを初めて見た。妹と2人でお金を入れて1曲かけると、レコードが勝手にセットされて大音量で流れる。なんて素晴らしいんだとあの時の感動は今でも忘れない。ちなみにその時に聴いた曲は、
サザンオールスターズ『いとしのエリー』
それからというもの、私達家族は、この旅館をすっかり気に入り毎年行くようになった。定番のジュークボックスで音楽を聴き、朝食が楽しみとなった。朝食の特にお気に入りは、固形燃料に火をつけてアジの干物を焼いて食べた朝食だ。昔はバーベキューなんてやらなかったので、焼いて食べるのがまるで、理科の実験ように感じた。固形燃料が燃え切ってから食べる熱々のアジがとても美味しかった記憶がある。あまり食べ物を食べれなかった子供の頃の数少ない美味しい味の思い出となった。
大人になって旅館に泊まり、毎回ではないが固形燃料を使った料理が出てくると、あの頃に泊まった旅館を思い出す。今はもうその旅館があるかどうかわからないけれど、私の心の中にはしっかりと存在している。旅館を思い出して目を閉じると、今でも固形燃料が燃えて、アジの干物が焼けるシーンを思い出す。