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この穴子、掛け布団にしてくれませんか? きたろう柳橋店で最高のすし納め。

 もう年末か、なんか今年は年末って感じがしないなあ。それは毎年こぼしている言葉だった。忙しさのせいか、歳のせいか、何にせよ一年の終わりを認めたくない防衛本能がそう言わせているのだろう。ガラガラに空いている名古屋高速を走らせ、ひとりごちる。

 今日はすしを食べる日、と決めていた。冬季休暇など関係のない職業のせいで、正月だろうがなんだろうが仕事に追われているのだが、せめて少しだけでも年末気分を味わいたくて僕は柳橋へとやってきた。

 車から降りると即座に身を切り裂くような冷たい風が体を襲う。寒い寒いと両手で自らを抱きしめると柳橋市場へと急いだ。

 年末の市場は大盛況。所狭しと人、人、人の群れ。皆が数の子やかまぼこ、ここぞとばかりの大トロなどを吟味している。そんな人たちを尻目に僕はすし屋を目指す。第一候補は「てるてる」だ。2枚付けのネタが有名なコスパ最高の店舗。

しかし嫌な予感はしていた。昼前のこの時間、そしてこの市場の盛況っぷりを見るに多分だけど混んでいるんじゃないかって。

 的中した。もうどうなっているかわからないほど混んでいた。いつもの場所に名前を書くボードがないが、探す気にならないほど人に溢れている。並んでいる人たちが食べている人をまだかまだかと眺めている。そんな中食べるのもなんだか気まずそうだった。また今度、平日の空いている日に来よう。

 すしへの気持ちが高まっている僕は口をへの字に曲げ、別候補へと歩き出す。お次は「サカナファクトリー」だ。独創的な海鮮丼が魅力の比較的新しい店だ。一度行ってみたかった。

 が、ダメッ!ここも恐ろしいまでの行列!え、これもどうなっているんだ。最後に並んでいる人は何時になったらお昼ご飯を食べられるんだろう。腕を組み行列を横目で見ながら歩く。困った。ここもダメか。外は寒いし、あまり並びたくないんだよな。

 するとひとつの店が目に入った。きたろう柳橋店。押しも押されぬ名古屋が誇る名店だ。そうか、そういやここがあったじゃないか。見る限りでは行列は無い。他は並んでいるのになぜか。

簡単な話だ。高いからだ。二千八百円と四千五百円のランチ。あと同じ値段くらいの海鮮丼。今日はそれしかないそうで。ちょっとランチにお寿司に行こう、というには勇気のいる値段だ。

 しかし今日はもう決めていたんだ。すしだって。すし納めするんだって。行ってやろうじゃないか。なに、金なら少しだけ……あるよな?あー、ある。大丈夫財布に入ってる。いけるいける。

「いらっしゃいませ」

 いかにも女将、といった風合いの女性に優しく手招きされ、僕はカウンターへと座った。店内は空いていて、そして静かだ。その静寂はまるで異世界に来たみたいだった。暖かなおしぼりで軽く手を拭くと頼んだ。四千五百円のランチを。 

ポケットモンスター やってしまった・頼んでよかった。があるとするならばまだ前者だ。しかしそのランチが運ばれてきた瞬間、不安は一気に消え去った。

 光り輝いてる。エビが、マグロが、いくらが。そのすしは全てが尋常じゃないオーラを放っていた。うまみの艦隊だ。山椒の葉が乗ったイカからぱくり。うまい、うまい!ねっとりとした白きうまみが舌と一体になって離れない。

うまみ艦隊。

 お次はエビ。これもたまらなくうまい。自然かつ濃厚な甘み、そしてこの歯応えよ。ばつんと弾けるその身が口内を暴れ回り、うまさを体へぶち込んでいく。

 声にならない喜びを得た僕はカツオ、中トロなどを次々と放り込み、脳内に快楽物質を生成し続けた。そんな中、職人さんから手渡しで一貫だけ乗った皿を渡された。

「こちら、ランチの穴子です」

 まるで王様のように立派な木の皿にひとつ鎮座するそれは、あまりに神々しく、三〇年もののウイスキーを思わせる重厚なタレがシャリの一粒一粒に絡み合っていた。

 崩れぬようにそっと持ち上げて口へと運ぶ。おお、おお、優勝だ。年末に私は勝利してしまった。なんて柔らかいんだ。それはまるで極上の羽毛布団。願わくばこの掛け布団で初夢を見たいくらいにふわふわと味蕾へと溶けていく。重厚なうまみなのにこんなにも優しく、柔らかい。

おおよそ考えられる人類史上最高のうまさ。

 そしてその夢心地はちょこんと乗ったわさびの爽やかな辛みでスッと醒めていった。ハッとする。これはもう食事ではない。穴子という名のアクティビティだ。

 すごく満足してしまった。当然ウニもいくらも全部うまかったのだが、穴子が圧倒的だった。今日は年末メニューで見当たらなかったが、どうやら通常のランチだと漬けマグロ穴子丼なんてものもあるらしい。そんなの、そんなの食べたら狂うんじゃないか?

 晴れ晴れとした気持ちで外を出る。頼んでよかった。そんな満足感を胸に真っ直ぐ駐車場へと歩いていった。また来年もおいしい毎日が送れるように、と心で強く願いながら。

行ったところ:柳橋きたろう 名古屋柳橋市場店
住所:〒 450-0002 愛知県名古屋市中村区名駅4-16-23
第二丸中センタービル
営業時間:11:00〜15:00 17:00〜22:00 月曜定休
支払い方法:現金、クレカ。paypayあったかな。ちょっとうろ覚え。
今回食べたもの:ランチの「究極の11貫」
今度行ったら食べたいもの:漬けマグロと穴子の丼

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緑川 悟
あなたのそのご好意が私の松屋の豚汁代になります。どうか清き豚汁をお願いいたします。