#08 リフト1日券が1万円越えのスキー場の顧客は誰なのか
日本のスキーリゾートのリフト料金は、海外のスキーリゾートに比べると安いことで有名なのですが、2023-24シーズン、とうとう日本でも1日券が1万円以上するスキー場が現れました。
ちなみにニセコではありません。日本で最も海外に近いリゾートと言われているニセコでさえ、年々少しずつ値上げをしていても、2023-24シーズンの全山共通1日券はまだ9,500円ですので、そのスキー場は一気に日本で最もリフト券1日券の高いスキー場となりました。
海外の高級リゾートのほとんどは1日券の値段が日本円にして1万円越えで、中には2万円越えのところもあるので、世界的に見るとまだまだ割安なのかもしれませんが、日本人の感覚からするとリフト券だけで1万円越えというのは衝撃的です。
では、リフト券の値段は何で決まるのでしょうか。
今回は予定を変更して、スキー場業界で今大きな話題となっている、
1万円超えのリフト1日券について書いてみます。
1.リフト券の値段は何で決まるのか
多くの日本人は無意識に、スキー場や遊園地やテーマパークなどの施設の入場料/利用料金は、その施設のハードウェアの金額(例、建設費や購入費や維持費)を来場者ひとりが使わせてもらうための一人当たりの負担分だと考えてしまっているのではないでしょうか。
たとえばスキー場でいうと、たとえば大規模でゴンドラの多いスキー場は、ゴンドラの建設費も高く、圧雪やコースの維持費も広大な分だけ高価であるから、リフト券も高くて、逆に小規模でリフト数の少ないスキー場はそれらが安いので、リフト券も安くて良い、とか。
このような”無意識のモノサシ”のおかげで、なんとなく「このスキー場なら予算内でも楽しめるんじゃないか」とか、まだ行ったことがないスキー場であっても想像ができるため、スキーホリデーの計画が立てられるのではないでしょうか。
そして実際に行ってみると、予想した通りリフト券の値段相応の満足度だったり、期待以下だったり、逆に期待以上だった、のいずれかだったと思いますが、そう思ったときに、いったい何を基準に「お値段以上」とか「割にあわない」とか思うのでしょうか。
つまり、リフト料金に対する最終的な評価は「払った金額に対して、どれだけ楽しめたか」なのではないでしょうか。
結果、評判が良かったり人気のあるスキー場は、規模や設備や雪質があまりよくなくても相場より高い料金が設定されていたり、逆にあまり人気のないスキー場は、規模や設備の割に割安なリフト料金が設定されていることがあるのではないでしょうか。
これは製造業的な価値(原材料の値段や製造コスト、つまりモノの値段)にお金を払っているのではなく、「満足した」とか「楽しかった」といった、形がなく目に見えない”コト”にお金を払っているのではないでしょうか。
同じことは日常生活でも多く、たとえば土地の値段は、人気商業地と過疎の村では同じ坪数であっても大きく異なりますが、それは便利で多くの人がほしい場所は価値が高いということです。
スキーリゾートではリフト料金以外にも、例えばアクティビティにも同じ傾向があります。1台100万円を超えるスノーモービルの体験と、機材のないプライベートレッスンでは、機材の価格的にはスノーモービルの方が高価ですが、実際には(一般的には)子供を預ってくれることの方が保護者にとっては需要も多く価値があることから、レッスンの方が高価です。
2.スキー場からお客様への意思表示
先ほどは「リフト料金はお客様(=市場)の評価(=価値)で決まる」という、料金は外からの評価で決まるという話をしました。
ただ、当然ですが実際にいくらでリフト券を販売するかはスキーリゾートの経営者/決定権者が決めます。
経営者が料金を決める際、まず赤字にならないような最低料金を、製造業的な方法である運営コストと予想売上高の差から算出します。
そして販売料金は、普通は最低料金にいくらか上乗せをした料金なのですが、この上乗せをどれだけするかの案は当然マーケティング(=競合他社の料金との比較や前年までの実績などが根拠)にて算出して、
その案を基に、最終的には経営者/決定権者が決めます。
ということで、私は、今回このスキー場の決定権者は:
「多くの地元(および日帰りできる商圏)の利用者にとっては、ウチのスキー場は1日に1万円以上を払うほどの価値は無いと思っているだろうけど、観光客、特に日本の良質で深い乾燥雪を滑ることを夢見て来日する海外客にとっては、1日1万円以上の価値があると思ってくれるはず」
と考えたのだろうなと思い、そこから:
「ウチのスキー場で滑りたいのなら、最低1日1万円以上は払ってほしい。それぐらいの価値はあるはずだし、それぐらい価値があると認めてくれるお客様に来てほしい」
という”意思表示”をお客様にしたのではないかと思っています。
「それって、このスキー場の経営者は『ビンボーな日本人なんて来なくていい』とでも思っているのか(怒)」
と思われる方もいるかもしれません。たしかに経営者がそう思っていても不思議ではない会社なのは事実なのですが(笑)、それでも、地元客向けの割安で滑られる選択肢として、格安のシーズン券や、〇〇枚綴りの割引1日券や、時間券などといった、シーズン中に頻繁に通えば採算の取れるリフト券もちゃんと残してくれていますので、地元客への意思表示は:
「地元や日帰りできる商圏の利用者向けには、シーズン券などは何回も来れば従来と大差ない割安な料金で滑られるので、是非、何回も来るような客になってほしい」
「もしシーズン券を買うほどの回数を通うつもりもなく、しかも1日券は高いというのであれば、残念ながらあなたはウチのお客様ではないので、来なくても構いません」
ではないかと思います(笑)
3.スキー場はリフト券の値上げにより売上を増やすことができるか
もし2023-24シーズンも、昨年と同等の来場者数であれば、
リフト券の値上げ分だけ増収になると思いますが、
値上げという方法で”お客様を選ぶ”スキー場であるという意思表示を
してしまった以上、既存のお客様の一部を失ってしまったことは確実です。
それでも、リフト券の値上げによるプラスが、お客様の減少によるマイナスより大きければ、スキー場の狙い通りに増収となります。
計算例
たとえばこのスキー場の昨年の来場者数が30万人だったとして、
そのうち1/3の10万人のお客様が値上げに反発して来なくなったとしても、
新規でたった1万人増えるだけで昨年と同じ収入になります。
*スキー場の収入 =リフト券の値段 x 来場者数(既存ー離反+新規)
*昨年のリフト券の値段 = 70
*今年のリフト券の値段 =100
① 2022-23シーズンの収入
=70 × 30万人=2100
②2023-24シーズンの収入
=100 x 既存30万人ー離反10万人+新規1万人=2100
ですので、私の予想は増収です。
本当にそうなるかは興味深いのですが。
実は私の知る限り、過去にスキー場がリフト券の値上げをしたケースの、
ほとんどが増収となっています。
1例だけ減収したスキー場を知っていますが、その大きな原因は、サービス内容や販売方法を、既存のお客様とエージェントの反感を買うようなものに変更してしまったことでしたので、基本、リフト券の値上げはほとんどの場合でスキー場の増収に結びつきます。
実際に私も10年以上前に、あるスキー場の運営をしていたことがあったのですが、そこでリフト券の値上げを敢行した結果は当然増収でした。
そして来場者も減るどころか増えたのですが、それは値上げした分を施設改修とサービスの向上に充てて、それをアピールできたことから、おそらく既存のお客様のほとんどがそのまま帰ってきてくれたのだと思います。
ですので、今回のこのスキー場も、リフト1日券を1万円以上にしたことに見合うほどの施設の改修とサービスの向上を実施して、よりお客様の利便性を高めることでお客様に値上げ分を還元してほしいものです。
書いていて内容が膨らんでしまったので、
今回はこの辺でひとまず終了いたします。
次回も「リフト券の値上げ」のトピックの続きを、
この値上げによりスキー場がどのように変わっていくかと、
この値上げがスキーホリデー産業全体にどのような影響を与えるか
という切り口で書いてみたいと思います。
今回も、またまた長い内容にもかかわらず
読んでいただき誠にありがとうございました。