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おそらく一般的ではない方法で人体の描き方を覚えた

前回の記事でこのように書いた。

そもそも自分の脳内イメージを凝らしてはっきり見ようとする「脳内イメージ凝視力」と「物理的な3D(立体)と陰影の法則」、そして「ざっくりの人体構造」、最低限この3つがあれば描ける程度のものしか私は描いていない。

絵描きの癖にガチ模写をしたのは生涯一度だけ

上記の中で「ざっくりの人体構造」と書いたが、おそらく人体構造の把握の仕方も他人様とだいぶ違う気がする。
なので、他人様の講座とかがなんとなく目に入る機会があると「え、そんなに色々やるの?」と不思議に思うことが多い。
私はそもそも一発描き多用マンなので人体も特別アタリもなく描いてしまう。
慣れてるポージングなら秒で描く。
ただし初挑戦の複雑ポーズだとその場で泥縄作業でジリジリと脳内3Dデッサン人形を回しながら描くことになる。
そういうジリジリした試行錯誤自体が私の脳内3Dデッサン人形の細部のディテールを更に私の脳内に刻み込んでいくことになる。
つまり、描きながら覚えて、脳内3Dデッサン人形のブラッシュアップをリアルタイムで行っているのだった。

現在はそんな感じだが、元々の大元を辿ると人体構造を強く意識したのは前回記事でも書いた生涯ただ一度きりのガチ模写をした当時の推し漫画家の絵である。
その時のガチ模写ももちろんだが、それ以前のなんとなく模写であっても「重心てこうなってるのか!」「立ち方で性格の違いも描き分けられるのか!」と目から鱗が何枚も落ちたものである。
そしてそれ以来実際の人間の人体をよく見るようになった。
(それ以前にも立ち姿で安彦良和先生の絵に衝撃を受けたのだが、幼少期では理解も模写もできるはずもなくただ「すごい」「上手い」しかわからなかった)

ここまでは絵師なら割と良くある経験だと思う。
だが、指圧やマッサージから人体構造を覚えた人間はあまりいないのではないかと思う。

詳しく書いても何も面白いことはないので結論だけ書くと、生育環境もあって実家が整体師の人と家族ぐるみでお付き合いがあり、結果私もマッサージが得意になったということである。

マッサージすると人体に触ることになる(服越しに)
そうすると例えば「肩甲骨から腕、胸筋から腕に向かって脇を挟んで前後に太い筋肉があるな」とか「脹脛の中にも筋肉の隙間があるな」とかまあ体感を伴って身体の各部位の形状を触覚的に実感込みである程度わかるようになる。
実際描く段になっても記憶の中の骨の触感、筋肉の触感などをヴァーチャルに思い起こしながら描いている。
そして実家の家業が肉体労働であったので、子供の時分に今は亡き父の上腕筋などの筋肉を何とはなしに見ていたのだが、描くときにはその光景を思い出したりもする。

あとは人体上達したい絵師なら当然の如く自分の身体のパーツを視覚的に観察したり触ってみたりして脳内に人体構造の情報を蓄積していくことになる。
その積み重ねで脳内3Dデッサン人形が徐々に形作られて行ったのだと思う。

そうやって人体構造を視覚と触覚の両面で覚えていった。
視覚的な観察には、推し漫画家の超絶デッサン力の再確認も含まれていた。
「推し漫画家が描いていたあのラインは、あの筋肉がこう捻られた時のこういう回り込みだったのか!」とその正確さに驚嘆しながら観察することもままあったものである。

余談になるがその推し漫画家の描いた立ち姿のひとつが、おそらくあまり描く人がいない「ジェンダーによる媚びを含まない素朴な女の子の立ち姿」だった。
だけどちゃんと女の子だった。
そしてちゃんと地面を踏み締めていることがすごくよく伝わってくる立ち姿だった。

男女の立ち姿の違いというと割と女子には媚びポーズが安直に割り当てられることが多い。
そういえばどこで読んだのか失念したが、プリキュアシリーズだったかのオープニングだかエンディングだかの主人公の走り姿が始め特別ジェンダーを感じさせない元気いっぱいの走りだったのが、後からくねくね媚び媚び走りになったと指摘している記事を読んだことを思い出した。
プリキュアシリーズは(というかアニメ自体を)見ていないのでよく知らないながら、へえ、と思った記憶がある。

私は「女性は抑圧されてー」とかそういうことはあまり言いたい方ではないが、「媚び」という感情に強い抵抗感があるため、走り姿のビフォーアフター画像を見た時ちょっと「うわぁ」とは思った。
それだけわかりやすく「媚び度急上昇」だったように感じたからだ。
ある意味これも私の苦手な「テンプレ」「鋳型」「ラベリング」感なのだと思う。
「女子はこうあるべし、これぞ『女!』」のような型枠にめられた感じが。

脱線したので話を戻すと、触覚を込みで覚えるという私の人体構造の覚え方はちょっと特殊かもしれないが、一方絵師の皆さんと同じく自分の身体のパーツの観察も多用した。
ただ、その時「構造やポーズの形」だけを見ていたわけではない。
例えば手の形を参考にしようとする場合、「力を抜いた手」「ほぼ同じ形なのに力がギュッと入っていることがよくわかる手」の違いを観察した。
立ち姿でもそうだったが、なんとなく立ってるのと地面にガシッと足をついたのでは、印象が違う。
ではその印象の違いはどこから生まれるのか、が私にとっては一番気になるテーマなのだった。

そして私が一般的な3Dデッサン人形を使う気にならない理由がここにある。
デッサン人形で脱力ポーズと力のみなぎったポーズをたがえてつけられるか?というとそうは見えないからだ。
要は、3Dデッサン人形は「大根役者の棒演技」になりがちなのだと思う。
そもそもアプリ上でデッサン人形動かしてポージングを勘案するより脳内デッサン人形を動かす方がダイレクトで早いしね。
そして描いているうちに朧げだった箇所もだんだんはっきりしてきて、描きながら脳内デッサン人形の細部を脳に刻み込んでいくのだった。

この、「一見すぐにはよくわからなかった難しい箇所がだんだん見えてきて理解できていく」ことが楽しいので、私は絵を描いている、とも言える。
なので、よくわからない箇所にぶつかってすぐデッサン人形起動したり資料を探しにネットの海に出るのはもったいない、と私には感じられるのだった。

そんなわけで私の人体構造の把握は視覚触覚体感併用での脳内3Dデッサン人形構築によるもの、と言えると思う。
たぶん、こういう絵師はあんまりいないんだろうな、とも思う。
プロなら締切重視で資料も使った方が早いとは思うけど、私は自分の楽しみのために描いているので、時間がかかろうと困ることはないのであった。

でもイラチだから秒や分で結局描いちゃうけどね。


人数が増えるとレイヤーも増えるので
いつもより手間はかかる
けどやっぱり下書きなしの一発描きなのであった

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