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同人活動中は子持ちと言えなかった。書き手の生活が見えるオメガバース子育てネタも苦手だった。ごめん。

こんにちは。
長年続けた同人活動を引退した碧鳥です。


ダサくて言えない

同人活動をやめた一番の理由は以前のようにアニメ等に没頭出来なくなったから。
でも、私の偏った価値観で同人活動中に既婚子持ちをオープンにするのはダサいと思っていたから、日常の些細な出来事を言えないのが不便だったというのもある。
・イベント後のオフ会の集合写真(ピースで星を作ったり)
・遠征先でカワイイ服を着た推しのぬい撮り
どれも汚い部屋着で子育てに追われる私には手が届かない世界になった。
同ジャンルの人たちがオフ会でカフェにいる時、私は床に這いつくばって娘の食べこぼしを拭いている。
埋まらない格差に絶望的な気分になってくる。
素敵な遠征コーデの自撮りがアップされたタイムラインで「子供服についたケチャップの汚れマジ落ちねぇ」とか言えない。悲しすぎる。
それに趣味という宝箱と日用品を入れる引き出しは別にしておきたかった。

育児日記は育児日記として読みたい

年齢を重ねてもBLを愛する貴腐人の方には伝わるだろうか?
オメガバースの子供ネタにリアルの生活感が出てしまう問題
私は書き手自身の子育て感が生々しく伝わってくる作風のオメガバース作品が苦手だ。覗いちゃいけない他人の家を覗いたようでいたたまれなくなる。
楽しい二次創作ライフ中に、推しカプの皮を被った他人のリアル子育てネタを見せられるとどんな顔をしていいか分からないの。(オリジナル作品のオメガバースならまだ平気)
有史以来存在する「作者がキャラに自己投影している問題」なぞどうでもよかったのに、子を持つ親目線が入ってくるのは恥ずかしい。何故だろう。
書き手の思想が強すぎて原作の面影がない二次創作が「オリジナルでやれ」と言われるように、二次創作オメガバース作品に書き手が体験したであろうリアル育児あるあるが反映されすぎていると「普通に育児エッセイで読みたかった…」と感じてしまう。
勿論これは私の個人的な意見であって、フィクションだからこそ生活感のある描写に心を掴まれる読者だっているだろう。
卓越した表現力でリアル子育てあるあるをキュンとする描写で作品に落とし込む作家さんも知っているから、単なる相性の問題かもしれない。
育児日記やエッセイそのものは共感出来るし大好きだが、息抜きをしたくて読んだ二次創作が作者の子育て体験(と思われる)ネタで構成されているのは、ケーキ屋で焼き肉の匂いを嗅がされるようで即逃げた。
育児云々は置いておいて、単純に書き手の生活がチラつきすぎて作品に集中出来なくなるのがイヤというのもある。
作品に集中してもらうため自分語りを控える書き手は多いし、オメガバースは特にリアルな情報を入れやすいジャンルだからこそ、むやみに血の通ったネタを織り込まないよう気を付けている作家もいるだろう。

終わるオタク

とにかく私は子育て中であることは言いたくなかった。
同人作品の中で他人のリアル子育ての匂いを嗅ぐのも苦手だった。
そのくせ時には匿名の世界で愚痴を吐きたくもなる。
PTAの招集多すぎだろとか、子供が全然宿題しないとか。
出来れば全然知らない場所ではなくて、お互いに存在は把握しているコミュニティで打ち明けてラクになりたい。
でも同人活動中のアカウントでは言えない。完全に自業自得だけど。
その些細な不自由さが積もりに積もって今に至る。
ダサいからとオープンにしなかった家族の存在が、年を追うごとにイヤでも人生の中心になっていく。
反比例するように、年齢が上がるにつれて30分アニメの視聴すら億劫になり、同人活動をする意欲は減っていく一方だった。
自由気ままな一人暮らしオタクの仮面を被る手間くらい同人活動の楽しさに比べたら些細なことだったのに、オタクとしての熱が冷めると共に、その程度のペルソナを維持することすら面倒になってしまったのだ。

ノスタル婆

イベント終了のアナウンス後に皆で拍手をする時の優しい一体感。
これで終わってしまうんだという切なさ。
また参加するぞという小さな闘志。
一時間後もしないうちには電車の中。
皆バラバラに散って日常に戻っていく。
永遠にオタクを続けられる人もいれば、歳と共に燃え尽きる私のような人もいる。
私の腐女子人生には遊園地のようなキラキラとワクワクが詰まっていた。
どうにかしてまたオタクに戻れないかと全力であがくほどには楽しかった。
続けられても、ドロップアウトしても、オタクだった思い出は褪せない。
過去、現在、未来、全てのオタクに幸あれ。

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