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吸い込まれに行った


まだ少女だった頃のある日、わたしは大きな雲を見た。
正確には最初は雲だと思っていたもの。
刻々と近付く夕暮れに向かって空の色が変わっていったからわかった。
くっきりと色を残しピクリとも姿を変えない。

雲じゃない。

「逃げた方がいいぞ!」と叫ぶ人。
みな血相を変えながら、てんでばらばらの方行に向かって走り出していた。とにかくもあの得体の知れないものから離れるために。

あれはなだらかな坂の途中にある、公園のあたりにいるはず。
人型の白い巨大な上半身は雲のように空にとどまっていた。
それからどこから聞こえてるんだろう、柔らかいバイオリンの音。
というかとてもクラシカルな音楽があたりに充満していた。
はっきりと、そして徐々に大きく。
少しピンクがかった夕方の中で、その音楽は懐かしくそして気味が悪かった。

わたしは走った。足がもつれそうになりながらとにかく走った。
写真館の横を曲がった所で幼馴染の友達と出くわし

「後でまたね!」と叫んだ。
友達は
「待って!!」と叫び返してきた。

後ってなんだ?自分で叫んでおいて意味がよくわからない。
後って後って…… 息切れしながらぶつぶつ口の中でその言葉を噛み砕き、わたしはみんなと反対方向に走っていた。

公園に向かって。
目も鼻も口も、腕まである真っ白すぎる雲に向かって。
捕まるならそれでもいいと思って。


そしてそこまで。
目が覚めた時、どうしてだかわたしは泣いていた。理由は全然わからないけれどね。

小学校6年生の秋。
40年以上が経ったのに、今でも鮮明に覚えている。
音楽に包まれながら少しずつ色の変わる空に現れた、巨人雲に向かって走ったその瞬間の光景を、今でも。


*
記憶にはっきりと残っている、どうにも忘れられない夢ってありますか?


#散文 #詩 #フィクションなのかノンフィクションなのか

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吉田 翠*詩文*
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