「倒産寸前の会社で働いています」 第十一話
7月
3回目面談
経営プランナーの庄司さんがやってきた。社長にその後の様子を聞く。
「その後、どうですか? 運賃の交渉には行かれました?」
「あぁ、行ったよ! 全部回ってきた」
「さすが、社長、やっぱりすぐに動いてくださったんですね」
「思ったことは、すぐにせんとあかんやろ」
「そうなんですよ、それがすごく大事なんですよね」
ここまでは、順調だ。が、
「それで、いつからどれぐらい運賃を上げてもらえるんですか?」
「…え?」
ここで、会話が行き詰まってしまった。ここからは、庄司さんの独壇場となる。
「すぐに運賃を上げてもらわなかったら、このままの赤字が続くんです。経費を削るより、運賃を上げて売り上げを上げた方が効果が大きいんですよ」
——なるほど、前に河野さんと飯田さんが、支出を減らせって話をしていたけど、どれだけ減らしても300万って言ってたもんな…。今の売り上げが2割増えたら、600万上がるもんなぁ。確かにそれは大きい…。できれば、の話だけど。
「今月からでも上げてもらわないと、どんどん資金は目減りしますよ。前にもお話ししましたが、2割上げてもらっても収支はトントンです。難しいのは分かってます。他の会社も見てきてるので。でも、これをしないと潰れます。もし、上げてもらえないのであれば、他を探す、とでもなんとでも言ってください。それでダメなら、本当に違うところを探す、ってやっていかないと、生き残れないですよ。どことも人手不足なのは一緒なので、相手もできる限り引き止めたいはずなんですよ。こうやって動いていかないと、どうにもなりません」
「…」
社長は何も言えない。庄司さんはさらに続ける。
「しっかり期日を切って、交渉してください。期日を切らないといつまで経っても、上に掛け合ってみます、とか、上が首を縦に振らなくて、とかなんとか言ってできる限り引き延ばしたりするんでね。そりゃ相手にとったら、運賃を上げるにしても、遅い方がいいんですから。それと、いきなり2割じゃなくても、数回に分けて交渉していって、結果1年後に2割とかでもいいですよ」
——1年もちまちま交渉を続けるって、そんな時間のかかること、社長はよーせんやろ…。
ここまできて、ようやく社長が喋りだす。
「いや実際、取引先回ってきて好感触のところもあったんやけど、うーんって言うところもあってな」
「そりゃそうですよ。向こうも安く動かせる方がありがたいんですから。値上げ交渉ができなかったら、そことは付き合いをやめて、他のところに行くことも考えないとダメですよ」
「確かに、そうやなぁ。もう一回聞いてみるわ」
「よろしくお願いします。来週、また来るんで、その時にまた進捗お聞きしますね」
この日は、この話がメインで終わった。庄司さんの言っていることは正しい。
庄司さんが帰った後、社長は
「やっぱり経営プランナーの言うことは違うな。プロやな」
と、私と羽田野さんに言う。
「そうですね。なるほど〜って思いました」
私も、素直な感想を社長に伝えた。前回来た時も思っていたが、運賃を上げることは考えもつかなかったし、ましてや経費を削るよりも効果が高いというのは思いもしなかったが、聞けば納得のいく話だった。
「もう一回、電話するかー」
社長はそう言って、少しやる気を見せていた。
数日後、事務所内で、社長は取引先に運賃交渉の電話を始めた。
「〇〇さん、先日の運賃の件なんですけど、いつから上がりますか?」
相手の答えは聞こえないので、なんとも言えないのだが、
「うーん、それじゃあうちも厳しいんですよねー」
と社長が言っているからには、あまり相手の反応は良くないのであろう。その後も、行った先の担当者に電話をかけていたが、
「その会議、いつですか?」
「上の人に直接連絡できませんか?」
「このままやったら、他のとこも探さないとあかんので」
というような社長の言葉だったので、思わしくないのは明らかだった。
私が知らんふりをして、自分の仕事をしていると、
「はー、あいつら、運賃上げるって言うてたやんか。ほんま、のらりくらりと」
と社長は愚痴をこぼしてくる。その日、事務所に私しかおらず、流石に無視できなかったので、
「そうなんですか…組織やから…やっぱりすぐには動けないんですかね…」
と、当たり障りのないことを返答しておく。
「ほんま、めんどくさいわー」
そう言って、社長は事務所を出ていった。
——いや、めんどくさいてなんや? あんたの会社やで?
自分の会社の命運がかかっているのに、たかが電話したぐらいでめんどくさいも何もあったものではない。
兎にも角にも、運賃の値上げは、暗礁に乗り上げそうな気配であった。
4回目面談
「その後どうですか?」
庄司さんは、開口一番聞いてきた。前回から本当に1週間での来訪だった。そんな短期間で何か進展するわけがない。
「いやぁ、値上げを早くしてって言うてるんですがね。なんか、のらりくらりとされてね」
ははっと、半分笑いながら、社長が答えた。
その時だった。庄司さんの空気が変わる。
「いや社長。それでもしてもらってください。前から運賃の値上げはとても大事だと言ってますよね。大手から直接仕事を受けてるとお聞きしていたので、できるはずなんですよ。実際、2次受け3次受けやったら、この賃上げの話はめちゃくちゃ難しい話になるんですよ」
——ほら、言わんこっちゃない…。最初に大きなこと言うから…。
うちの会社は取引先は大手もあるし、どちらかといえば皆、そこそこ大きな会社ばかりだ。だが、はっきりいって受けている仕事はその会社では受けないような、どこからか回ってきた仕事が多いのだ。それを2次受け3次受けと言わずしてなんなのか。
更に庄司さんは、
「2次受け3次受けでは、賃上げは厳しいです。直接仕事をもらえるところを探すしかありません。社長、最初に営業が得意とおっしゃってたんで、他の会社さんに営業に行かれてもいいかもしれませんね」
——いっやー、そんなことできるわけないやん。営業行ったことないのに…。
最初に大きく言ってしまったことが仇となって、庄司さんは無理難題を言ってくる。
「難しいのは分かってます。それでも何らかの手を打っていかないと。しかも早急に」
「…」
これ以上言っても無駄だと思ったのか、庄司さんは作成資料などについての話をし始めた。
——この再生委員会にお願いするのに、多分お金払ってると思うけど…。無駄になるかもしれんなぁ…。
私の正直な気持ちであった。
第十二話に続きます