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嫌なことがあったから髪の毛を切りに行く。

まったく上手くいかない。すべてがダメな方に流れていく

どうしていいのか、どうするべきなのか、自分のせいなのか、相手のせいなのか、会社のせいなのか、世の中のせいなのか、ちょっとタイミングが悪いのか。でもさ、結局ずーっと上手くいかないって事だけがデカデカと大きな顔をして困ったようにわたしを見てる。泣きたいほど困ってるのはこっちだよ。と思う。

仕事から離れても、自分の内側で「上手くいかない」っていう名前のもやもやが走り回ってる。わたしの身体のなかで走り回るから、わたしの内側の色んなところに当たって、わたしを削っていく。

いっそ川底に削られてまるまると転がる小石のように、わたしの中の硬い何かに削られてもやもやが小さくなればいいのに。
わたしの中の硬いものって何だ。

見上げる空もどんよりしてる。

薄めのくすんだブルーに、ちょっと汚い絵具バケツの水をこぼしたみたい。滲んで、マダラで、高いのか低いのかも分からない。空気だってなんだかこの頃もったりしている。マクスをずらして息を吸っても、ちょっとだけ冷えた空気に触るだけでぜんぜん爽やかでもない。

自分の向いてる方向と自分の歯車が噛み合わないとこんなにストレスを感じるものなんだと、大判のマフラーからはみ出して納まりの悪い髪の毛の束を見つめながら思う。

わたしの頭皮から生えてるお前たちは、西日につられて首をもたげる向日葵みたいに、どんなに外側に跳ねたところでどこにも行けないのに。

***

悪い気分に左右され初めて髪の毛を切ったのはいつだったっけ。

紙が詰まって石のように重くなった通勤鞄を肩にかけると、肩にかかったわたしの毛束たちが持ち手に巻き込まれてチクチクと嫌な痛みが頭皮を襲う。仕方なく髪の束を丁寧に開放してあげると、本当に何してるんだろう。という虚無感に襲われる。

こんなに上手くいかなくて、やるせないわたしには、鞄の持ち手に絡まる毛束の事など考えたくないのだ。

ぐちゃぐちゃに絡まりあった毛先を見て思う。
そこに絡まっているものはなんだろう。

そうしてまたわたしは、この椅子に座って、真っすぐ自分の顔を見ている。自分の身体からパラパラと落ちていくのはさっきまで自分の髪の毛だったもの。

一緒に落ちていくのはなんだろう。

自分の口からでるマイナスの言葉、激しい感情、口に出さなくとも頭の中で何度も反芻する鬱憤。それらは自分の心を守るものでもあるけど、同時に自分の心を知らぬうちに傷つけているのだと、わたしの髪の毛を切りながらその人は言った。

わたしを一番傷つけているのは。

***

落ちていく髪の毛や床に散乱した黒いかたまりを見ながら、さっきまでの自分が落ちていく。さようなら、そしてごめんね。

切ることは、断ち切ることが苦手なわたしは、時にこうして髪の毛を切ることが重要な意味を持つ。たくさんのものにしがみつき、しがみつかれて自分自身を見失ったわたしを、ハサミの音が少しづつ揺り起こす。

大丈夫。また生まれ変われる。

ドアを開けるとさっきよりも気温が下がっていて風も少し冷たくなっていた。軽くなった首にいつもよりも多めに空気が吹き抜けていく。

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