彼はなぜ信じなかったのか
印象に残っている男性がいる。
個人情報保護の観点から、どのような場所で、どのような経緯でそうなったのかは書けないが、さまざまな偶然が重なって、我々3人は熱いお茶を飲みながら雑談していた。我々3人は初対面で、「発達障害者である」という共通点を有していた。
3人はこんな顔ぶれだったーーどこか品のある細身のおば様と、丸みのあるボディに温厚そうな顔立ちの青年、それに、当時20代前半だった自分。
どういう話の流れだったか思いだせないが、青年がこんなことを言った。
「やっぱり、女性同士の関係ってドロドロしてるものですよね」
私とおば様は顔を見合わせ、そして笑った。
「私たちがドロドロしてるように見える?」
おば様の問いに、青年は「いや」と言葉を濁らせた。
「そういうわけではないですけど……一般論として」
「そんなの思い込みだよ思い込み。人によるって、そんなの。女とか男とか関係なく」
おば様は爽やかに言った。 私もおば様に同意だった。私は女子高・女子大育ちだったが、高校でも大学でも良い女友達に恵まれたし、その関係は今も続いている。「女同士のドロドロ」など経験したことがない。ドロドロした関係もあるところにはあるだろうが、少なくとも全ての女同士がそうであるわけはない。
しかし、青年は頑なだった。
「いや、でもやっぱり、女同士っていうのはドロドロしてるもんでしょう」
そのとき、心の底から、本当に心の底から不思議に思ったのを覚えている。
なぜ、当事者(女性)である私やおば様の声をまるっきり聞いてくれないのだろう。信じてくれないのだろう。そこまで頑なに「女同士はドロドロしてるもの」と信じ込む根拠は何だろう。
なぜそう思うのか、私は彼に尋ねるべきだったのだと思う。しかし残念ながらそのときの自分は「理由を尋ねよう」と思わなかったし、今さら尋ねることもできない。
彼のことを思い出すたび、私は彼の言動を不思議に思っていたのだが、最近、私のなかで1つの推測が生まれた。それは「彼は、女同士はドロドロしているものと信じていたかったのではないか?」という推測だ。
この推測は、今年の正月に私が経験したことに基づいている。今年の正月に、近しい親戚の1人が、いわゆる「Jアノン」の思想に染まっていることが判明した。母親に頼まれて、私は電話でその親戚と話をしたのだが、私が「Jアノン」的な思想の矛盾点をいくつか指摘しても、その親戚の考えは全く揺るがなかった。
このことを同棲中の彼に話したところ、彼は言った。
「正しいかどうかは、彼らにとって問題じゃないんだよ。彼らは、それが正しいから信じているのではなくて、信じたいから信じているんだから」
同じことが、「女同士はドロドロしているもの」と信じていた青年にも、当てはまるのではないだろうか。あの青年は「女同士はドロドロしているもの」と信じていたかった。もっといえば、女同士にはドロドロとしていてほしかったのではないだろうか?
そして、彼のような男性は、決して少なくないのではないだろうか?
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