医療機器 ユーザビリティ (3)
これまでの記事では、医療機器のユーザビリティエンジニアリングは、民生機器のユーザビリティエンジニアリングとは異なり、安全に関するユーザビリティを最適化する、即ち使用関連のリスクを可能な限り減らすことに特化しているということをご紹介しました。今回の記事では、どのようにそう位置付けられてきたのかについて少しだけご紹介します。
前の62366規格
元々最初の62366規格である「IEC 62366:2007 」は、安全性に関するユーザビリティに着目するというようなことを言いながら、一般の民生機器やサービスにおけるユーザビリティエンジニアリングの要素が比較的強く残っているもので、それが問題となっていました。
それを示す例として、「IEC 62366:2007 」では、評価可能な「Usability Goals」というものを開発設計段階から設け、総括的評価であるバリデーションでは「Acceptance Criteria」として、それを達成できたか否かを評価することを求めており、その「Usability Goals」は一般的なユーザビリティの3尺度である「効率」「有効さ」「満足度」の観点から設定されることが典型的だったことが挙げられます。
製造業者は、下記のような評価可能な「Usability Goals」を達成するか否かをユーザビリティテストで評価するようなことが推奨されていました。
まさに、一般的なユーザビリティの3尺度である「効率」「有効さ」「満足度」の観点が含まれていることが分かるのではないかと思います。
ユーザビリティゴールと安全性
「IEC 62366:2007 」では、そのような要件が含まれていましたが、そのような「Usability Goals (ユーザビリティゴール/目標)」を達成するということは、必ずしも医療機器に求められる「Use-Safety (使用における安全性)」を達成することにはならないということが、問題として指摘されていました。
Wiklund, M. E., Kendler, J., & Strochlic, A. Y. (2010) は、「Usability Testing of Medical Devices 」という本の1st editionにて、いくつかの例をあげてこの問題を具体的に指摘しています。
まずひとつの例として、「訓練されたユーザーの90%は、最初のトライで呼吸回路を正しく組み立てること」という目標があったとした場合、総括的評価において、15名の看護師の被験者のうち14名は成功し、15名の呼吸療法士の被験者のうち13名は成功したとしても、3名分が問題として残ります。そして規制当局である米国FDA等は、その残り3名で見られた使用問題について、根本原因を探り、追加のリスク低減策が必要か否かを判断するための試験後のリスク分析を製造業者が行うことを求めます。単に何名中何名が成功するかということは、デザインが有効であるかの検証にはならないのです。そして、その例を用いてWiklund et al. (2010)はこのように説明しています。
もうひとつ挙げられた例として、仮にあるメーカーが 30個のusability goalsを設定し、無数のユーザーインターフェイスの設計に取り組んだとします。しかし、もしその機器のアラームシステムに関する記述が無かったとしたら、その問題は見過ごされてしまうことになります。製造業者は、usability goals、評価方法、acceptance criteriaにおいて、どのようなユーザーパフォーマンスを対象とするか自由に決めることができました。それは、製造業者が独自のアプローチを確立することを求める品質管理の基本概念と合致することですが、製造業者は使用上の安全性に関する規制当局の期待とは独立した、独自のユーザビリティ基準を設定することが可能だったのです。そしてWiklund et al. (2010)は、そのようなIEC 62366:2007の問題について、このように結論付けています。
現在の62366-1規格
そのような問題提起もあり、62366規格はその後その点も含めて改定されて行くことになります。2015年の62366-1への改訂時には「Usability Goals」関連の記載は全て削除され、2020年のAmendmentでは残っていた総括的評価における「Acceptance Criteria」に関する記載も削除され、総括的評価の目的は、残留する使用関連リスクが受容可能なレベルにあるという客観的なエビデンスを集めることと定められました。要するに、医療機器に求められる安全な使用を重視する内容になっていったのです。FDAのHFEガイダンスに沿う形に改訂されて行ったとも言えるかもしれません。
まとめ
多くの民生機器で行われるような一般的なユーザビリティ尺度に基づく評価は、ユーザーフレンドリーな製品の開発に繋がるものであり重要なことですが、医療機器で求められる安全な使用のためのデザインを検証するものでは必ずしもありません。正しい使用がなされなければ危害に繋がったり、必要な医療行為が受けられなくなる可能性のある医療機器においては、使用関連リスクを考え、安全に正しく使用される製品を作ることが重要となります。
医療機器のユーザビリティエンジニアリングは、民生機器のユーザビリティエンジニアリングとは着目している観点が違うものであることを理解しましょう。
次回は
次回は、民生機器で行われるようなユーザビリティ評価が最新の62366規格では現在どのように位置付けられているのか、そして医療機器で求められる活動はユーザビリティエンジニアリングと呼べるべきものなのかについて考えたいと思います。
参考文書
Featherstone, R., & Shortt, N. (2020, September 29). 2020 amendments to IEC 62366 – implications for medical device usability engineering. Emergo by UL. Retrieved February 24, 2022, from https://www.emergobyul.com/blog/2020/09/2020-amendments-iec-62366-implications-medical-device-usability-engineering
IEC. (2014). IEC 62366:2007+AMD1:2014. Medical devices - Application of usability engineering to medical devices
IEC. (2020). IEC 62366-1:2015+A1:2020. Medical devices Part 1: Application of usability engineering to medical devices
IEC. (2016). IEC TR 62366-2:2016. Medical devices - Part 2: Guidance on the application of usability engineering to medical devices
JSA. (2019). JIS T 62366-1:2019 医療機器―第1部:ユーザビリティエンジニアリングの医療機器への適用 / Medical devices -- Part 1: Application of usability engineering to medical devices
JSA. (2020). JIS T 14971:2020 医療機器―リスクマネジメントの医療機器への適用 / Medical devices -- Application of risk management to medical devices
ISO. (2019). ISO 14971:2019 Medical devices — Application of risk management to medical devices
MHRA. (2021). Guidance on applying human factors and usability engineering to medical devices including drug-device combination products in Great Britain. Version 2.0.
U.S. FDA. (2016). Applying Human Factors and Usability Engineering to Medical Devices Guidance for Industry and Food and Drug Administration Staff.
Wiklund, M. E., Kendler, J., & Strochlic, A. Y. (2010). Usability Testing of Medical Devices (1st ed.). CRC Press.
Wiklund, M. E., Kendler, J., & Strochlic, A. Y. (2015). Usability Testing of Medical Devices (2nd ed.). CRC Press.