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医療機器 ユーザビリティ (2)

前回の記事では、医療機器のユーザビリティと民生機器のユーザビリティは異なると言われていることをご紹介しましたが、今回の記事では、それらの違いを明確にする2つの特徴について掘り下げたいと思います。

米国FDAのHFEガイダンス等もありますが、ここでは医療機器のユーザビリティエンジニアリング/ヒューマンファクターズエンジニアリングを定めた規格である「IEC 62366-1:2015 + AMD1:2020」の内容を踏まえながらそれらの特徴を見ていきたいと思います。

特徴1 リスクマネジメントに基づく活動

まず主な特徴として、医療機器のユーザビリティエンジニアリングは、リスクマネジメントに基づいた活動であることが挙げられます。医療機器のユーザビリティエンジニアリング/ヒューマンファクターズエンジニアリングを定めた規格である「IEC 62366-1:2015 + AMD1:2020」(※1)にはこのような記載があります。

(※1) 最新版である「IEC 62366-1:2015+AMD:2020」のJIS版はまだ出ていないため、日本語訳は仮の翻訳としてご紹介します。

The USABILITY ENGINEERING PROCESS is intended to identify and minimise USE ERRORS and thereby reduce use-associated RISKS... 
This International Standard describes a USABILITY ENGINEERING PROCESS to provide acceptable RISK related to USABILITY of a MEDICAL DEVICE.

このユーザビリティエンジニアリングプロセスは,使用エラーを特定して最小限にすることによって,使用に関連するリスクを低減することを意図している...この規格は,医療機器のユーザビリティに関連するリスクを受容可能にするためのユーザビリティエンジニアリングプロセスを規定している。

「リスクを低減する」「リスクを受容可能にする」といった言葉が出てきますが、それは民生機器のユーザビリティエンジニアリングでは、あまり聞かない話ではないかと思います。

元々、医療機器は法律によって、リスクマネジメントを実施し、安全性を確保しなければならないと定められています。例えば、日本では「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律 第四十一条第三項の規定により厚生労働大臣が定める医療機器の基準」(平成 17 年厚生労働省告示第 122 号)において、医療機器の製造販売業者等は、製造販売する医療機器について、危険性の低減が要求される場合、各危害についての残存する危険性が許容される範囲内にあると判断されるように危険性を管理し、合理的に実行可能な限り除去又は低減できるよう、適切な手段を講じるよう求められています。それがリスクマネジメントの基本要件です。

そして、その基本要件への適合は、医療機器のリスクマネジメントに関する規格である「JIS T 14971 医療機器-リスクマネジメントの医療機器への適用」またはその原典である 「ISO 14971  Medical devices-Application of risk management to medical devices」に基づき実施されたリスクマネジメントの内容を説明することとされています。その中で、「ユーザビリティに関するリスク」も適用範囲となっています。

最新バージョンである「 ISO 14971:2019 / JIS T 14971:2020」は、これまでよりも「使用関連リスク (use-related risks)」というものに着目しており、「意図した使用 (intended use)」における「使用エラー (use errors)」のみならず、「合理的に予見可能な誤使用 (reasonably foreseeable misuse)」も含んだ範囲でのリスクマネジメントを求めています。

医療機器の製造業者は、意図した使用における使用エラーのみならず、予見可能な意図しない誤使用も含め、使用関連のリスクを分析し、必要な低減策を施し、その低減策が有効であるかを見定め、残存するリスクが許容される範囲内にあると判断できるようリスクマネジメントするように求められています。

そして、それを可能にするのが、医療機器におけるユーザビリティエンジニアリング/ヒューマンファクターズエンジニアリングです。(※2)

(※2) FDAのHFEガイダンスでは予見可能な誤使用も可能な範囲で評価するように求めていますが、現在の62366-1では特に通常使用における使用問題を対象としており、対象範囲が限定されていることについて問題も指摘されています。

特徴2 安全に関するユーザビリティ

もうひとつ民生機器のユーザビリティエンジニアリングと医療機器のユーザビリティエンジニアリングの違いを説明するものとして、「IEC 62366-1:2015 + AMD1:2020」では「安全に関するユーザビリティ」という言葉で、医療機器のユーザビリティエンジニアリングの特徴を説明しています。

「IEC 62366-1:2015 + AMD1:2020」には、このような記載があります。

This International Standard strictly focuses on applying the USABILITY ENGINEERING PROCESS to optimize MEDICAL DEVICE USABILITY as it relates to SAFETY
この規格は,ユーザビリティエンジニアリングプロセスを適用して医療機器の安全に関連するユーザビリティを最適化することに特化している。

ここで言われる「安全に関するユーザビリティ」とは、何なのでしょうか。それに下記の注釈が続きます。

NOTE: SAFETY is freedom from unacceptable RISK. Unacceptable RISK can arise from USE ERROR, which can lead to exposure to direct physical HAZARDS or loss or degradation of clinical performance.
注記 : 安全とは,受容できないリスクがないことである。受容できないリスクは,使用エラーから発生することがある。使用エラーは,臨床性能の喪失又は低下を含むハザードにさらされることにつながる可能性がある。

上記のリスクマネジメントの話と関連して考えると想像がつくかもしませんが、この62366-1規格で定められたユーザビリティエンジニアリングプロセスは、安全に関するユーザビリティを最適化する、即ち、受容できないユーザビリティ関連のリスクを可能な限り減らすということに特化しているということになります。

ユーザビリティといえば、「効率」「有効さ」「満足度」の3尺度であったり、それ以外も加えた広範囲の定義で捉えたり、そのような民生製品のユーザビリティエンジニアリングを専門としてきた方々には、この「安全に関するユーザビリティ」というものは聴きなれないものではないかと思います。

では、医療機器のユーザビリティエンジニアリングでは、そのような「使用関連のリスクを低減する活動」以外のことは対象としないのかということになりますが、それについては次回取り上げたいと思います。実は62366規格自体も様々な経緯を経て現在の形になっていますので、それについても少し触れてみたいと思います。

まとめ

医療機器のユーザビリティエンジニアリング/ヒューマンファクターズエンジニアリング規格である「IEC 62366-1:2015 + AMD1:2020」は、簡単に言えば「使用関連のリスクを低減すること」に特化している規格です。それが、民生機器のそれとは異なると言われる背景なのかもしれません。

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