【アーカイブス#58】ジャクソン・ブラウンのトリビュート・アルバム *2014年4月
22組のミュージシャンたちが23曲のジャクソン・ブラウンの曲を取り上げて歌うCD2枚組のジャクソン・ブラウンへのトリビュート・アルバム『Looking Into You』が発売された。ジャクソンの歌が大好きなぼくとしては手に入れて聞かないわけにはいかない。
22組が歌う23曲とは、例えばドン・ヘンリーがブラインド・パイロットと一緒に「These Days」を、ボニー・レイットがデヴィッド・リンドレーと一緒に「Everywhere I Go」を、ベン・ハーパーが「Jamaica Say You Will」を、ルシンダ・ウィリアムスが「The Pretender」を、ブルース・スプリングスティーンがパティ・シアルファと一緒に「Linda Paloma」を、ジョーン・オズボーンが「Late For The Sky」をといったラインナップで、22組で23曲なのはどういうわけかライル・ラヴェットだけが「Our Lady Of The Well」と「Rosie」の2曲が収録されているからだ。
参加しているミュージシャンはジャクソンとプライベートでもとても親しい人たちや、深い繋がりがある人たちばかりのようで、意外な人物が登場しているわけではなく、参加者全員、それぞれのアルバムを聞いたりして、ぼくがすでにその存在を知っている人たちばかりだった。
そして期待に胸をふくらませて一曲目のドン・ヘンリーとブラインド・パイロットの「These Days」からアルバムを聞き進めていったのだが、1枚目の12曲全曲を聞き終えて、2枚目に移っても何だかピンとこない。どうしてなのかなあと考えてみると、どのミュージシャンもジャクソン・ブラウンのオリジナルに極めて忠実に歌ったり、演奏をしたりしていて、その枠というか世界からできるだけはみ出さないようにしているように思えるのだ。ギターやバイオリン、ピアノやリズムのパターンにしてもジャクソンのオリジナルをなぞっているようなところがある。
「できるだけオリジナルに忠実に、ジャクソンのもとの世界を壊さないように」という取り決めというか、暗黙の了解のようなものがあって、みんなカバーしているようにさえ思える。あるいはそれだけジャクソンのメロディ・ラインやコード進行、曲の構成が強力なのだということなのだろうか。
この連載記事の4回ほど前、去年の暮れに、ぼくは世界のさまざまな民族音楽のミュージシャンたちがボブ・ディランの歌をカバーしている『FROM ANOTHER WORLD a tribute to Bob Dylan』というボブ・ディランのトリビュート・アルバムのことを取り上げて書いたが、そのアルバムでは参加しているミュージシャンの誰もが自分たちの文化に昔から伝わる民族楽器を使い、自分たちの伝統的な音楽スタイルで、そして自分たちの歌唱法、自分たちの言葉でディランの曲を取り上げていたので、そのどれもがまったくボブ・ディランのオリジナルの枠の中にはまらないというか、大胆に逸脱しているものばかりだった。もしかするとぼくはジャクソン・ブラウンのトリビュート・アルバムを聞く時、頭の片隅にそのボブ・ディランのトリビュート・アルパムのことを思い浮かべていて、ジャクソンのトリビュート・アルバムの内容のあまりにものまともさ、正統派ぶりにちょっと肩透かしを食らったような感じになってしまったのかもしれない。
とはいえ、最初2枚のCDを23曲全曲さらっと通して聞いた時は、どうも物足りないなあ、みんな冒険しないなあ、お行儀がいいなあという印象だったが、何度も繰り返し聞いているうちに、最初はオリジナルの呪縛に囚われていると思えたバージョンも、それぞれオリジナルから離れた自分たち独自の世界を真剣に作り出そうとしていることに気づかされるようになった。
トランペットやマウンテン・ダルシマー、ビブラフォンや足踏みオルガンなどを使ったブラインド・パイロットにしかできないユニークなアレンジにのせてドン・ヘンリーが歌う「These Days」、ゆっくりと言葉をかみしめながら重く暗く深く歌われるルシンダ・ウィリアムスの「The Pretender」、マーク・コンがジョーン・アズ・ア・ポリス・ウーマンを迎えて歌う厳かで敬虔な「Too Many Angels」、完璧なメキシカン・ソングになっているブルース・スプリングスティーンとパティ・シアルファの「Linda Paloma」、ブルース・ホーンスビィがダルシマーを弾きながらマンドリンや、フィドル、ギターと一緒に歌う「I’m Alive」などなど、ジャクソンのオリジナルから離れてそのミュージシャンの魅力や個性が強く溢れ出し、聞き返すほどに味わい深さが増していく、アルバムの中のぼくのお気に入り曲も何曲も生まれた。
ジャクソン・ブラウンのトリビュート・アルバム『Looking Into You』は豪華見開き4面のジャケットに2枚のCDが収められていて、20ページのカラー・ブックレットにはそれぞれの曲のミュージシャンやエンジニア、録音スタジオのクレジットだけではなく、ボブ・シュナイダーやグリフィン・ハウス、カーラ・ボノフ、ショーン・コルヴィン、エリーザ・ギルキーソン、ヴェニスなど、アルバムに参加した8人のミュージシャンと1グループのジャクソンの歌についての、あるいはジャクソンとの出会いや思い出についてのコメントも掲載されている。
そしてジャケットやブックレットに使われている写真は、ジャクソンの1973年のクラシック・アルバム『For Everyman』のアルバム・ジャケットに使われたことでよく知られるジ・アビー・サン・エンシノ(The Abbey San Encino)で写真家のピート・ラッカーが撮影したものが使われている。
ジ・アビー・サン・エンシノはジャクソンが弟のセヴェリン・ブラウンと一緒に少年時代を過ごしたロサンジェルスの邸宅で、1915年から1925年にかけてジャクソンたちの祖父の印刷業者のクライド・ブラウンが、自分のお店兼集会場として手作りで建てたもので、今現在もセヴェリンはこの家に暮している。
アルバム・ジャケットに写っているピアノは、ジャクソンの父親のもので、家族や友人や仲間たちが集ってピアノが置かれているリビング・ルームで朝までジャム・セッションが繰り広げられる日もあったようだ。恐らく少年のジャクソンもこのピアノを弾いていたに違いない。
ジャクソン・ブラウンのトリビュート・アルバム『Looking Into You』は、日本ではあまり馴染みのないミュージック・ロード・レコード(Music Road Records)というレーベルから発売されている。これはテキサス州ダラスで天然ガスやブロパンガスの会社、エネジー・トランスファー・パートナーズを経営する、全米500位に入る大金持ち、フォーチュン500に名を連ねるケルシー・ウォーレンが2007年にテキサス州オースティンで活躍するミュージシャンのジミー・ラフェイブと一緒に立ち上げたレコード・レーベルだ。
ケルシーは大の音楽好きで、中でもいちばんのお気に入りは、大学生の時にアルバム『Late For The Sky』を聞いて完全に心を鷲掴みにされたジャクソン・ブラウンで、今もまわりからはジャクソン・ブラウンの歌なら何でもすべてそらで歌える大富豪として、みんなにからかわれているようだ。
ケルシーはチェロキー・クリーク・ミュージック・フェスティバルというチャリティーの音楽フェスティバルも主催していて、2011年にはそこにジャクソンが呼ばれて取りを務めた。そんな彼にとって自分のレーベルでジャクソンのトリビュート・アルバムを作るというのは、いちばんの夢だったのだろう。もちろん敬愛してやまないジャクソンやその歌を賞賛したいというのがアルバムを作った理由だろうが、同時にジャクソンの歌を歌う自分のレーベルのミュージシャン、ジミー・ラフェイブやグリフィン・ハウス、ケヴィン・ウェルチの存在、そしてミュージック・ロード・レコードというレーベル自体のことをより多くの人たちに知ってもらういい機会になればといいという思いもあったに違いない。
アルバム『Looking Into You』に収められている23曲それぞれのトラックのプロデュースは、基本的にはミュージシャン自身が行なっているものが多いが、トリビュート・アルバム全体のプロデューサー・クレジットは、タマラ・サヴィアーノ、ケルシー・ウォーレン、ジミー・ラフェイブ、そしてスコット・クラゴの4人の連名となっている。これだけ豪華なメンバーを集め、誰もが贅沢なレコーディングをしているというのは、やはりケルシィの財力に負うところがとても大きかったのだろう。
しかし大金持ちだからこんなすごいプロジェクトができたんだと冷笑的な見方をするよりも、ぼくはアルバムの内容はもちろんのこと、全体の丁寧な作り方、ジャケットへのこだわり、小さな気配りなどなどから、ケルシー・ウォーレンのジャクソン・ブラウンへの、ジャクソンの歌への愛がひしひしと伝わって来て、ある意味彼は正しいお金の使い方をしているのだと何だか妙に嬉しくなってくる。
アルバム・ジャケットが開かれたドアで、その奥に古いピアノが見えていて、アルバム・タイトルが『Looking Into You』というのも、このアルバムがどんなものなのかということを正しく雄弁に物語っている。
そして最初にも書いたように、この2枚組はさらっと流して聞くのではなく、何度も何度も繰り返し、真剣に聞いてみてほしい。
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