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憧れてんでしょ


◇◇

優しい世界なんて大っ嫌い。そう言ってスマホをベッドに放る彼女は、本当は誰よりも優しさに飢えている。優しさなんてインターネットに求めるから悲しくなるんだよって、今は滅多にSNSを使わない彼が呆れている。寂しくなくなったらやめる、彼女はいつもそうこぼすけれど、SNS向いてないよ、冷静にひとこと助言をした彼には、素直にそうだよねと返す。


向いていることとやりたいこと、どちらを選ぶべきなのか。ここのところずっと難しい顔をしている彼に、彼女が言う。夢がありすぎて困ってるの、羨ましい。青いね、才能があるからこその悩みって感じ。彼より先に「普通の人間社会」を選んだ彼女が知った顔をする。それって諦めじゃないの?顔をしかめたままで彼が問う。諦めじゃないよ、選択なの、いつかわかるよ。吹けもしない口笛をヒューヒュー鳴らしながら彼女は爪を塗る。


◇◇


憧れてんでしょ〜♪憧れだけでしょ〜♪
彼女は時たま妙な歌をつくる。
すいすいと洗濯物を畳みながら口ずさむ、スキップするような軽くはずむ歌。さっき彼女と小さく言い争った彼は、逃げるようにシャワーを浴びに浴室へ消えた。最近の彼女は、泣かない。彼と喧嘩をしても泣かない。妙な歌をつくって歌って、ケロッとしている。さっきの口論も、過去に何度も聞いたやりとりだった。


「汚い社会に出るのが嫌だ、今すでに良いものに良いと評価がくだされない日々が耐えられないのだから」
「そう思うのならば才能で勝負すればいい、あなたは才能があるし努力もできるでしょ」
「才能や努力よりも、どーせいちばん声の大きい人が勝つ」
「そうかもね」
「君が嫌っているSNSだってそうじゃん」
「そうかもね、でも」

でも、と彼女が言いかけたところで彼は苛立った様子で立ち上がった。分かってくれると思っていたのに、小さく言い捨てて浴室に消えていく彼の背中に、彼女がつぶやく。
「でも、本当に良いものは時間がかかったとしてもいつかは良いと評価されるし、声の大きさだって才能のひとつなんだよ、私も数年前までは信じてなかったけど」


◇◇


「どうして別れないの」
数日前に部屋にやってきた彼女の友人は言い放って、彼女はあまりにもはっきり言うのねと困ったように笑った。
「羨ましい、彼のことが。彼の才能を尊敬してる」
「昔の自分を見てる感覚になるってこと?」
「似てるけど、たぶん違う。もともと夢の種類が違うんだと思う」
「夢の種類」
「私の【夢】は、夢みるくらいタダでしょって軽さの夢だった。それが自分の実力では届きそうにないことも薄々知っていて、努力をする覚悟もない、ほんとうの【夢】だった。でも、彼の【夢】は彼の選択次第で現実になりうる、だからこそ不満ばかりでそこにとどまり続けてるのが見ていてもどかしい」
「ふーん」

しばらくの沈黙のあと、友人は言う。
「そんなに彼のことが好きなんだ」
「好き、だけど、もっと別のところに執着してる。私ができなかったこと、彼ならできるからって夢を託してしまってる、いけないって分かっててもそうしちゃう。でも仮に彼が夢を諦めても、違う選択をしても、それはそれで安心してしまうと思う」
彼女はかなしい顔をした。いつかSNS向いてないよ、と彼に言われた時のような、納得と諦めと得体の知れない悲しみの混ざった顔だった。


◇◇


今朝、彼と彼女はまた小さな口論をした。
皿を洗いながら彼女がいつかの妙な歌を歌っている。
憧れてんでしょ〜♪憧れだけでしょ〜♪

きっと彼女はSNSをやめられないし、彼はこのままなかなか新しい一歩を踏み出せない。平行線は歪むと交わって絡まる。本当に困った人たちね。にゃあん、と一度だけ鳴いてみると、彼女はわたしに初めて気づいたような顔をして、そして目を細めてわらった。



#チーム午前二時 、12月20日


チーム午前二時:2020年12月3日、夜中に思いつきで突如発足。部員一人。夜中に起きている人は誰でも入部可能。フィクションもノンフィクションも雑談も日記もハッピーもネガティブも全部。内容も設定もブレブレ。クリスマス付近までは毎日投稿の予定。あくまでも予定。




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