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2021年ノーベル生理医学賞予想

10月4日から11日は、一年で最も「科学」にスポットライトが当たる一週間になるのではないでしょうか。そう、ノーベル賞ウィークです。初日は生理医学賞。生意気にも今年は受賞者の予想をしてみようと思います。

※以下敬称略

ノーベル賞とは

ノーベル賞について、いまさら説明はいらないかもしれませんが、少し復習。ノーベル賞は最も歴史のある科学賞の一つで、対象分野は生理学・医学、化学、物理学、文学、平和、(経済)です。一度に受賞するのは最大で3人で、原則故人には送られません。賞金は約1億円を受賞者で分け合うことになります。

生理学・医学賞の受賞分野を眺めると、おおむね臨床・個体レベルよりと基礎・細胞レベルよりの分野が交互に選ばれていることに気づきます。去年がC型肝炎ウイルスの研究、つまり臨床よりが選ばれたので、今年は基礎よりを中心にノーベル生理学・医学賞の予測をしていきます。

◎ 小胞体ストレス応答の解明に対して

森和俊Peter Walter

小胞体ストレス応答とは、細胞内で不良タンパク質が小胞体に蓄積したときに、それを処理するために起こる細胞の応答です。小胞体ストレス応答が正常に作動しないと、パーキンソン病などの様々な疾患の原因となってしまいます。

小胞体ストレス応答研究の黎明期には、森和俊Peter Walter両者が壮絶なデットヒートをくり広げていたそうです。ガードナー国際賞やラスカー医学賞、生命科学ブレイクスルー賞など数々の賞を共同受賞しています。ライバルから盟友、みたいな感じでいいですね。

ちなみに森和俊京都大学教授は、京大生の間ではモリカズさんと呼ばれて親しまれています。生命現象をただ体系的に教えるのではなく、どの研究者がいつどうしてその現象を発見したのかをドラマチックなストーリーで科学史風に教えるという、独特な講義を展開される先生です。ブルーバックスで本も出版されているので、ぜひ手にとってみてください!


◯ エピジェネティクス機構の発見に対して

Charles David Allis, Howard Chaim CedarAharon Razin, (Michael Grunstein), (Adrian Bird)

エピジェネティクスは、細胞が分裂後にDNAの延期配列変化をともなわずに情報を伝達する機構です。ヒストン修飾とDNAメチル化が有名です。この分野の波及効果は極めて高く、近代の生命科学の基礎を築いているといっても過言ではありません。iPS細胞が初期化する機構や、細胞がガン化する機構など様々な分野でエピジェネティクスが関与していることが知られています。

以上のようにエピジェネティクス機構は極めて重要な発見である一方、この分野の草分けには多くの研究者が関与していて、ヒストン修飾とDNAメチル化だけに絞っても受賞者を3人に選ぶことは大変難しい作業になります。一方、ノーベル賞受賞候補者が溜まりに溜まって大1渋滞状態なので、ヒストン修飾とDNAメチル化を別々に受賞分野に選ぶ余裕もないのではないかと思うので、なんとか3人選びました。候補者の高齢化が進んでいるので、この分野の受賞は目前だと思われますが、この分野は化学賞の可能性もあるので対抗扱いにしました。

まず、ヒストン修飾機構の発見に対しては、Charles David Allisの受賞が最有力だと考えられます。ヒストン修飾の発見者です。同じくヒストン修飾機構の解明に大きく貢献したMichael Grunsteinも、ラスカー基礎医学賞をAllisと共同受賞しており、有力候補であることは間違いありませんが、3人の枠に入れるかどうか...

続いて、DNAメチル化の発見に対しては、Howard Chaim CedarAharon Razinをあげました。両者はDNEメチル化による遺伝子発現制御機構の解明に大きく貢献しており、これまでにガードナー国際賞やウルフ賞などを共同受賞しています。DNAメチル化が集中する領域であるCpGアイランドを発見したAdrian Birdも有力ですが、人数の関係でここでは除外しました。もしDNAメチル化だけで受賞者が選ばれることになれば、Birdも入ってくるかも。

▲ PI3K/AKT/mTORシグナル伝達経路の発見に対して

Michael Nip Hall, Lewis Clayton Cantley, Stephen Staal

PI3K, AKT, mTORはいずれもセリン・スレオニンキナーゼ(タンパク質などにリン酸を付与する酵素)で、栄養シグナルに応答して細胞周期など様々な細胞現象を調節するシグナル伝達経路を構成します。どのキナーゼもガン治療の重要な標的とされています。

Michael Nip Hallは1993年にmTORのクローニングに成功し報告しています。ちなみにGeorge LiviもHallとは独立にmTORのクローニングに成功しましたが、論文出版がHallよりも5ヶ月遅れ、ラスカー医学賞はHallの単独受賞となっています。研究期間を考えれば5ヶ月なんて誤差みたいなものですが、このわずかな差が受賞者に選ばれるかどうかを分けるようです...

続いてLewis Clayton Cantleyは1985年にPI3Kを発見しました。mTOR発見の8年前のことです。ガードナー国際賞をHallと共同受賞しています。

最後にStephen Staal。実はこの方、主な受賞歴がなくWikipediaの記事もない、超大穴です。AKTは1991年に3つのグループによって独立に発見された、と書かれている文献もあるのですが、よくよく調べるとこの記述は正しくありません。AKTがキナーゼとして同定されたのは確かに1991年ですが、実はその4年前の1987年に発ガン遺伝子としてStaalがクローニングに成功してるそうです(Manning and Toker, Cell, 2017; ここから原著にも飛べます)。ノーベル賞は最初の発見者に賞が与えられる傾向が高いと言われているので、AKT発見に対して賞が贈られるとすればStaalが選ばれるのではないでしょうか?2016年に講演をしていた形跡があったので、まだご存命、と信じています。もしStaalが受賞すれば、個人的には超胸アツ展開!

△ TRPチャネル発見による感覚メカニズム解明に対して

David Jay JuliusGerald Mayer Rubin

TRPチャネルは温度、機械刺激、痛み、酸-塩基や様々な化合物といった様々な物理化学刺激よって活性化するイオンチャネルです。このチャネルは物理化学的な刺激以外にも、GPCRの活性を電気シグナルに変換する役割も担っており、細胞が環境を認識するための窓として働く分子です。神経疾患など様々な疾患の原因であるともいわれています。

TRPチャネルは、ショウジョウバエの光受容応答変異株の原因遺伝子としてRubinらによって発見・命名された遺伝子です。その後、JuliusらによってTRPVがクローニングされます。これはカプサイシンによって活性化する性質をもちます。唐辛子が辛く感じるのもTRPVの仕業です。このTRPVが熱感覚や痛覚の原因因子であることが判明しています。

✖️ mRNAワクチン開発に対して

Karikó KatalinDrew Weissman

COVID-19パンデミックに対する切り札とまでいわれるmRNAワクチン。従来までのワクチンと異なり、mRNAを筋細胞に取り込ませ、細胞にスパイクタンパク質を生産させることで免疫を誘導します。

冒頭でも述べたように、今年は基礎よりの内容が受賞する可能性が高く、またmRNAワクチンの効果の検証も終わっていない中、今年のノーベル賞の受賞内容に選ばれる可能性は低いと思っています。ただ、現在進行形で世界がパンデミックに立ち向かっているというこの状況下、コロナ研究を盛り上げようという意図でいつものルーチンが崩される可能性があり得なくもないので穴として選びました。

KarikóWeissmanは最初からコロナウイルスのワクチン開発を目的としていたわけではないことは有名ですね。RNAの基礎研究から転じて様々な疾患への応用を試みている最中にパンデミックが発生。現在、mRNAワクチンが他のワクチンに比べて極めて効果が高い可能性が示唆されています。基礎研究の重要性を説く上でも、いつかノーベル賞を受賞して欲しい研究です。今年のラスカー医学賞を共同受賞しています。

ノーベル賞受賞発表

最後に、ノーベル賞に対する思い出を少し。京大理学部に入学した直後、ノーベル物理学賞を受賞した益川さんの講演がありました。そこで益川さんは、ノーベル賞ばかりが取り沙汰されるようでは日本はいつまでたってもノーベル賞後進国なままだ、とおしゃっていました。確かに、ノーベル賞以外はほとんど報道されませんもんね。一方で、多くの人にとって科学に触れる貴重な機会でもあるので、そういう意味ではノーベル賞報道は今後も大々的に取り上げられて欲しいなとも思いました。個人的には、日本人以外が受賞しても報道して欲しいですね。間違っても『今年は日本人受賞ならず』なんて見出しにはして欲しくはないものです。

今年の生理医学賞発表は10月4日18時半頃の予定です。私はYouTubeで生配信で楽しもうと思っています。当たってたらほめてください...

https://www.nobelprize.org/

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