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風音「ずっとそこにいたんだね」(6日目)

数日前に「日記読みました、御殿場行こうかな」と連絡をくれた長野のYちゃんが、本当に来た。

仕事終わりに高速に乗ってきたそうで、深夜1時過ぎに到着。「りんごを持ってきました」と秋映をくれた。noctarium内を案内していたら、鈴木さんとすぐろさんがまだ起きていたので紹介し、二人にもりんごをお裾分けする。おいしいですね、とりんごをかじる二人と、楽しそうに館内を歩き回るYちゃんを見ていると旅と日常の世界線が混じっていって不思議な気持ちに。

翌朝。天気は今日も雨。Yちゃんが「二日目の日記に書いていたパン屋さんに行きたい」ということで、山口屋さんへ歩いて行く。

マウント劇場の傘。かわいい

前回売り切れていた塩パンが今日はこんもりとカゴに盛られていた。同じお店に何回も通えるというのは長期滞在のいいところ。

初めて見るタイプの塩パン
早起きして炊いたクリーム!
前回は気が付かなかった英語の掲示

外のベンチで食べるには寒くnoctariumへ戻る。滞在中何度も歩いた道だけれど、人と歩くと「あ、見て」「あれはなんですか?」と自分では見過ごしていた看板やお店に気付かされる。

いつも空いていたバイク屋さんのシャッターの絵が見れた
いろんなところに富士山
これはなんだろう。

肉屋さんに寄って御殿場の生ハムも買う。朝ごはんを食べていると、鈴木さんも部屋から出てきた。御殿場で何をしてきたか、今日は何をするのか、長野のいいところを三人で話した。

もりもり朝ご飯。シャインマスカットは長野からのお土産。生ハムと一緒に食べた

旅感を味わうために電車に乗ってみたい、ということになり、特に行き先を決めずに御殿場駅へ。交通ICカードが使えたので、適当な駅で降りるのもいいね、ととりあえず沼津行きの電車に乗り込む。(長野は改札で交通系ICカードが使えないので、そういう電車の乗り方はできない)

車窓からの景色は曇り空で、山や雲が近く見える様子を見せられなくて残念。

なんだかんだと喋っていたら終点の沼津に着いた。港方面に歩く。狩野川の青さを見せたかったけれど沼津も雨で、川はかなり増水していた。

たまたま渡り舟に乗れたのはかなりの幸運だったみたい

看板やらお店やらに足を止めながら歩いていたら、すでに駅到着から30分以上経っていた。

路地の奥に「奥」という店が

このペースでは到底港にたどり着けないと気づく。

「この旅程、どう?」
「ダメかも」
「だよね、バスに乗ろう」

とバスで港まで移動。海鮮をお腹いっぱい食べ、またバスに乗って駅まで戻る。

向かいあって魚を食べながら、「会うのは一週間ぶりだけど、見たことのない顔をしています」と言われる。

駅のスーパーで、お土産にするんだとYちゃんは静岡のみかんを買っていた。

夕方の電車は高校生たちで賑わっていた。沼津から御殿場までずっと乗っている子たちもいて、そういえば私も高校生の頃は30分くらいかけて電車通学をしていたことを思い出す。

車窓から富士山らしきものが見えて「アッ」と声が出た

御殿場駅を降りると、雲が晴れてきてきて、マウント劇場の前の道の隙間から富士山が見えた。

Noctariumに戻ると、ちょうどすぐろさんと鈴木さんも帰ってきたところだった。「富士山、見えましたね」「見えましたね」と話をする。約一週間の滞在で、ようやく見えた富士山。やはりうれしい。

すぐろさんが、駅前の駐車場の屋上に富士山が見える場所があるとみんなを案内してくれる。

!!

昨日のご飯会は、御殿場が地元という方がほとんどだったけれど、鈴木さんの「御殿場の推しポイントはどこですか?」という問いに誰も「富士山」とは答えなかった。

「ずっと当たり前にそこにあるから」
「富士山は御殿場だけのものじゃないから。ほかの地域からも見えるし。みんなのもの」

御殿場に来れば当たり前に見られるだろうと思っていた富士山。滞在中は初日からずっと雨で、見えても下半分。「今日も見えないな〜」と毎日富士山があるであろう方向をぼんやりと見ていたので、くっきりはっきり空に浮かぶ山肌が、なんというか、これは言葉で説明するのは野暮かもしれない。初日から見えていたら、こんな気持ちにはきっとならなかった。

一足先に長野に帰るYちゃんを見送ってから「Gotemba apartment store 」へ。

途中、建物と建物の間に富士山が見えて何度も立ち止まってしまう
ずっとそこにいたんだね

滞在中に読もうと思っていたくどうれいんさんの「日記の練習」はあと半分くらい。木苺カフェオレを注文して、ページをめくる。

店主のもりやさんに「旅人の方ですよね。今日が最終日ですか?」と声をかけられる。MAW滞在期間中は、いろんなところね「旅人の方」と呼ばれたり紹介されたりするのでおもしろい。

名前を聞かれ、「風音です」と名乗ると、「あぁ、長野の方ですよね。私、長野の善光寺が大好きで。お話したいと思っていたんです」と言われる。

「長野に好きなバンドがいて。ネオンホールって知ってますか?」
「え、私もバンドしてて。ネオンで練習してます」
「そうなんですね。追っかけをしていて、あのあたりは何度も行きました。バーバラさんが好きで。何食べてもおいしいですよね」

そこは私の好きな定食屋さんで、「私も好きです」と答える。長野に引っ越したばかりの頃からよく行っているお店。遠くに行きたいと思って来た御殿場で、私の生活圏の話が出る。どこにでも行けるような、どこに行っても同じような気持ちに。

岩手県が出身だと話すと、「じゃあ宮沢賢治はお好きですか」と聞かれる。好きです。

「いいですよね、私はこの歳になってから初めて読んだんですが、もう文学はこれだけでいいんじゃないかと思うくらいで」

そこから、普段の仕事の話と、zineを作っている話をする。

「お仕事のほかにも本を作られていて、文章を書くことがお好きなんですね」と言われる。

これはライターをしているというと本当によく言われることで、いつも曖昧に「わからないです」「たぶん」と答えていたけれど、今日はするっと「好きです。そうなんだと思います」と答えていた。

「そうですか。全部いいところですね。岩手に長野に」

と言われ、なぜかちょっと泣きそうになる。「ほんとうに」とだけ言う。御殿場も楽しかったです、と伝える。

「いいなぁ、長野。権堂のアーケードを歩きたい」

権堂のアーケードというのは、私が長野の家から仕事場にしているオフィスまで歩いて通るアーケードのことで。遠く離れた御殿場で、こんなにうっとり「権堂のアーケード」とつぶやく人がいる。数日もしたら私は当たり前にそこを歩くだろう。

このお店をはじめてから、しばらく長野には行けていなくて、というもりやさん。長野の話ができてうれしかった、と満足げに微笑んで、「じゃあ、ごゆっくり」とお店のキッチンへ戻っていった。

閉店ギリギリまで本の続きを読み、お店を出る。スタッフの方に、「また」と小さく言われて、そうか明日で帰るのかと実感する。

最後のご飯会はエジプト料理。ポシャリ?といういわゆるB級グルメ品らしい。普段はワインショップと食品問屋を営んでいるというゲストシェフの鈴木さんが、20年前にエジプトで食べた料理だそうで、定期的に無性に食べたくなっては家族に振舞っているそう。誰かの旅の思い出の味を、みんなで食べる不思議。

まこぱさんにzineを渡そうとして、「思ったんだけど、まだ旅が残っているでしょう。何かあるかもしれないから、あとで郵送してください」と先にお代だけいただく。まこぱさんは顔だけ出して「また〜」と帰っていって、そのあっさり感が逆にまた会えるんだろうなという気になれてよかった。

初めて見る方がいて、御殿場の聞くと美容師さんだそう。すぐろさんがかつて飲食店を経営していた建物で、美容院をしているそう。滞在中、いろんな人が「昔、すぐろさんのお店でバイトしてて」と言っていた。

「旅先で髪を切ってみたい」という思いもあり、「明日って予約できますか?」と自己紹介もまだのまま聞いていた。「12時ならいけますよ」と言われ、予約を入れてもらう。(結局名乗らないままだった気がする)

ほかにも市役所の職員の方とその後輩たちもいた。後輩のお二人は「旅人とのご飯会がある」としか聞かされずに来た、というので、「私が旅人です」と変な自己紹介をする。

ご飯のあとはりゅうのすけさんチョイスの映画「Dead man」をみんなで観る。見終わってから、またみんなで輪になって映画の話やら御殿場の話をする。新たなおすすめ情報が出てきて、「初日に教えてくださいよ〜!」と鈴木さんが笑う。一週間というのは、長いような短いような、でも「また来よう」と思うのにちょうどいい期間な気がする。

深夜に食べた振る舞いサンドイッチ

一週間過ごしたこの部屋で眠るのも、日記を書くのも今日が最後。おやすみなさい。

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