町田有理「よそ見するモビリティ」(6日目)
朝、目覚めるとX(旧Twitter)に4日目の日記を読んでくださった方からコメントが届いていて、富岡村誌は県立中央図書館のデジタルライブラリーで閲覧することができるようだとわかる。ホストの小田さんがその方に電話をかけてくださり、お礼を伝える。「シェアサイクルがあるよ」とおすすめいただくほどまでには、裾野市は広い。けれども6日目は、かづみさんとゆらこさんのプランに便乗して、ホストの小田さんが車に乗せてくださったおかげで、充実した“よそ見“をすることができた。
まずは、246沿いにあるWOVEN CITYを外から見学。この区画の中には学校もでき、区画内でコミュニティが完結するようになるのではないか、という話を聞いて、「それなら『何にもしない合宿』が取り入れられそうですね」と言うと、既に関係者の方々の視察があったそうだ。街にはやがて発明家が住み、プロジェクトが終われば彼らはまた、別の街へと移り住むのだという。そのうちの何人かはゆくゆく、移住先に『何にもしない合宿』を広めたりするのかもしれない。
パノラマロードを走って須山地区に入り、かねてから詣でたいと思っていた須山浅間神社へお参りする。徒歩10分ほどの距離にある渡邉製麺で、氏子総代でもある渡邉さんから、「すやまうどん」や須山ライオンズクラブについてのお話しを伺うことができた。富士山の地下水と昔ながらの製法で作られた麺はモチモチで、一度にまとめて茹でて余っても、冷蔵庫で2〜3日保存できるそう。もう今日も含めて2日間しかない、としんみりしかけていたけれど、旅後が俄然、楽しみになる。
富士美野で4人、地域づくりについて話をしながらとろろ汁定食を食べた後、1日目におすすめいただいたヘルシーパーク裾野に立ち寄り、富士山が見えると評判のお風呂に浸かる。富士山は見えなかったけれど、雲がない時の写真を見たら思っていたよりも迫力があった。帰るバスを待つ間に休憩室で寝転がりながら、WOVEN CITYのコンセプト動画を見る。「目の前にいる自分以外の誰かを幸せに」という豊田佐吉の言葉に、「謙虚に世に処することが肝要」という須山浅間神社のおみくじの言葉が重なる。
「モビリティ」という言葉には「感動する」「心が動く」という要素があるから、トヨタ自動車はこれから、クルマではなく「ヒト・モノ・情報のモビリティ」を目指すのだという。
ふうん、そうか。ならばなぜビデオの中のモビリティは、どれも一方向だけを向いて決められた道の上を走っているのだろう、と不思議に思う。
数年前に私は身体的な理由から、よほどの非常事態でない限りは車を運転をしないと決めた。毎日目的意識だけを頼りにハンドルを切り、前だけを見なければならなかった過去があり、徒歩やゆるゆると走らせる自転車で、よそ見できている今がある。裾野では「ワンチャンある」という言葉をよく聞くけれど、前だけを見て走る道を脱線する喜びについて考えたり・伝えたり・活かしたりするワンチャンに恵まれたのかもしれない。
だから、遊園地のコーヒーカップのように毎日乗り合ってクルクルと道を回転しながら景色を見せてくれるモビリティ、老若男女さまざまなひとが歩く速度でしか走れないモビリティ、乗客の体調や気分を察知して寄り道をしてしまうモビリティだって、モビリティの可能性だと思う。
車が自動運転になったら、もう一方向だけを見て走る必要はない。
それぞれの道をよそ見しつつ、まっすぐ遊動的に走れるようになるだろう。
ヘルシーパーク裾野から徒歩20分かけて最寄りのバス停へ。17時前の最終バスに乗って裾野駅に戻り、いわ瀬で深煎りの緑茶「すその」を買う。お茶がなぜお”茶”と呼ばれるのかに始まり、温度計を必要としない美味しい緑茶の淹れ方などを教えていただいた。とにかく自分が美味しいと感じる色をお客さんにお出しすること、ぼーっと至福のひとときを持つことが大切だそうだ。舌の上を巡るとろみあるコクが、緩やかな時間に連れて行ってくれる。
夜19時過ぎの御殿場線で、ゆらこさんに御殿場のMAWホストさんたちの拠点でもあるマウント劇場へ連れて行ってもらう。御殿場の空はそこだけぽっかり雲が割れていて、十五夜の満月が浮かんでいた。6日目を振り返りつつ、ほかのお客さんが持ち寄られた月見団子を頬張りながら『リバー、流れないでよ』を観た。
上映後にお客さん同士が話し合うのを、ふかふかのソファに心地よくもたれながら聞いていて、映画と映画館は会いたい物語に会うべくタイムスリップさせてくれるモビリティだと思った。
極論、物語を乗せて走るものは皆、モビリティだと言えるだろう。
自分はどんなモビリティとして走っているのか、と考えることは、アーティスト(旅人)としてのよそ見の仕方を方向指示してくれる。
これからも、よそ見しながら旅したい。
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